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5-7. 残された現場

 ギルドに到着した途端、カエデは急にエイルの後ろに回った。


「受付には行くな、怪しまれる。

 素知らぬ顔でそのままダンジョンへ向かえ。

 人があふれかえっている故、自然でいれば気付かれることはない。

 ……余計な行動は取るな」


 そう言うと彼女は再び右手が刀に触れた。

 一旦警戒心を解いてくれたとはいえ、完全にはエイルを信用していないようだ。

 彼女はかなり用心深いタイプの人間なのかもしれない。


 でも、エイルは抵抗する気は毛頭なかった。

 まだ脅されている立場とはいえ、カエデが体験したことを聞いてしまえば誰だって同情するだろう。

 だからエイルは、全力で彼女を助けたいと考えていたのだ。



 建物の中に入ると、エイルは言われたように自然を装ってダンジョンの入り口に向かった。

 カエデは離れないよう、左手をエイルの肩に乗せて後に続く。

 その手は力強かったが、思ったよりも冷たかった。

 

 受付の方を何気なくちらっと見た時、いつも居るはずのリコリスの姿がなかった。

 今は休憩に行っているのだろう。

 彼女が居れば絶対に気付かれ、最悪カエデと衝突しかねない。

 ただでも今のエイルは緊張のせいで汗だくでおどおどしてしまっている。

 この時ばかりは、リコリスの不在に思わずホッと肩を落とした。




***




 なんの問題もなく、2人はworld Cに入った。

 なんの準備もなく入ったため、本来なら凍え死ぬところだった。

 でも今日world Cに潜入した際用意しておいたヒートポーションの余りが、エイルの懐に入っていた。

 だが2本しかないため、2人で分けたら一時間くらいが限界だ。


 そのことをカエデに伝えると、彼女は小さく舌打ちした。


「……仕方あるまい、さっさと行くぞ。

 急ぎであることには変わりないからな」


 そう言うとカエデはエイルを早く発見場所に連れて行くように促した。




 そうしてそそくさと2人は現場に到着した。

 来たときにあった氷の壁は跡形もなく消し飛んでおり、そこにあった痕跡すらない。

 エイルが魔法で吹き飛ばしたから当然のことではあるが。


 代わりにあったのは、ぽかんと不気味に開いた洞窟の入り口だけだった。


「……ここでカエデさんを見つけたんです」


 エイルは洞窟の入り口で立ち止まった。

 

 カエデはエイルにそこから出ろとジェスチャーした後、その場で下駄を何度も鳴らして地形を確認した。

 だが思ったような感じではなかったらしく、今度は近くの壁面に向かった。

 そしてペタペタと壁の手触りを何度も確認し、エイルが本当に目的の場所に連れて行ってくれたのかを見極めていた。


「……この感触、記憶がある。

 爆発のせいで地形が変わってしまっているが、確かに小生はこの場所を歩いた。

 恩に着る、約束通りそなたを信じよう」


 カエデは振り返ることなく、左手で壁の位置を確認しながら奥へと歩きだそうとした。


「うっ……」


「カエデさん!」


 カエデはさっき開いてしまった傷口を抑え、しゃがみ込んでしまった。

 エイルが慌てて駆け寄って手を伸ばそうとすると、カエデは突如エイルの手を払い除ける。


「触るな!!」


 恐ろしい形相で睨まれたせいで、エイルは反射的に後ずさりした。


「ここまで連れてきてくれた事には感謝する。

 だが貴様と馴れ合うのはここまでだ、早々に立ち去るがいい」


「でも、怪我をしたあなたをここで見捨てるわけには……!」


「はぁ……そなたは人が良すぎる。

 冒険者は十人十色だ、善意でやったのに恨みを買うことは珍しいことではない。

 さっさと逃げるがいい、さもないと斬るぞ」


 カエデは警告するかのように、刀を抜いた。

 だが刃を向けるようなことはしない。

 これ以上、エイルを巻き込みたくないようだ。


「ですが、仲間は5人居るんですよね?

 万が一怪我をしている人がいたら、人手が多いに越したことはないんじゃないですか?

 ただでも私にはあなたを爆発に巻き込んだ責任がありますし……」


「……」


 エイルが見守る中、カエデは後ろを振り向いた。

 僅かに肩を落として、小さく息を漏らしたように見える。

 そう時間が経たないうちに、彼女は呆れた声で返事をした。


「……時間が惜しい。

 せいぜい小生の足を引っ張るようなことをするな」


 カエデは刀をしまうと、洞窟の奥の暗闇に溶け込んでいった。

 エイルは大慌てで携帯用のランタンを取り出して、そそくさと灯りをつけた。

 そのまま、カエデを速足で追いかけた。




 灯りはそこまで明るくなかった。

 いや、洞窟の中が暗すぎるだけなのかもしれない。

 照らされているのは足元と、すぐ目の前のカエデの背中だけ。


 それ以外は黒一色で、暗闇がこちらを侵食してこようとしている気がする。

 そう考えると思わず、ランタンを握る手の力が強くなった。



 カエデはそんな中、下駄の音と壁の感触でどんどん進んでいく。

 傷口が痛むらしく、時々足を止めていた。

 しかしエイルが手を差し出す前に再び歩き出してしまう。


「あの、大丈夫ですか?」


「……」


 カエデは後ろを振り返らなかった。

 構ってほしくないらしい。

 心配だが、本人が拒絶してしまうのであればどうしようもない。

 エイルは俯くしかなかった。






 突然、カエデの足が急に止まった。

 そして何かを嗅ぐような仕草をし始める。

 エイルがつられるように息を大きく吸ってみても、特に何にも匂わない。

 対してカエデは、血相を変えて急に走り出してしまう。


「ちょっ、カエデさん!?」


 エイルは大慌てで彼女の後を追った。

 だが暗すぎるせいで、スピードを上げることはできない。

 2人の距離は、どんどん広がる一方だった。



 やがて、遠くから彼女の声が聞こえてきた。


「あぁ……そ、んな…………」


 その時、嫌な匂いがエイルの鼻についた。

 これは……血の匂いだ。

 カエデは多分この匂いを感じ取って慌てたのだろう。

 足がもつれない範囲でエイルも走ると、開けたところに出た途端に思わず足を止めた。



 暗くてよく見えないが、そこには死体が転がっていた。

 頑張って遠くを照らしてみると、そこで亡くなっているのは5人。

 そのうちの一人を、カエデは抱えていた。


「そ、ソフィア……なんで……

 どうして……そなたが…………」


 よく見ると、カエデが抱えている女性の腰には鈴が付けられていた。

 ソフィアだけではない。

 ここに転がっている、全ての死体にだ。


 つまりここで死んでいるのは……

 カエデの、仲間だ。


「い、いやだ……こんなの、信じない……

 頼む……起きてくれ、皆!」


 恐る恐る調べてみると、彼女達の体には何者かに斬られた傷がある。

 多分全員、襲われた際にやられたのだろう。

 それが致命傷になったのは明白だった。


「カエデさん……」


 彼女は肩を震わせて、友の亡骸を強く抱きしめていた。

 悲痛な声を必死で抑え込んでいるが、それでもあふれ出ている。

 両目に巻かれた布は、徐々に湿り始めていた。

 エイルはこれまで何度も拒否されたが、それでも彼女に手を差し伸べようとした。




 その時だった。

 奥から、動物の唸り声が聞こえてきた。

 エイルが慌ててその方向を照らすと、反射して輝いた目が複数現れる。

 数は10体を優に超えていそうだ。


(まさか、血の匂いで魔物が引き寄せられた……!?)


 こちらはエイル以外に、怪我を負ったカエデしかいない。

 逃げることはできるだろうが、そうするわけにもいかない。


 魔物の狙いは、恐らくカエデの仲間。

 彼女達を置いていけば、確実に餌食になる。

 少し時間を置いて戻ったときには、もう跡形も残っていないかもしれない。

 それだけは、許せない!


「来るな……」


 突然、カエデが亡骸をゆっくりと地面に置いた。

 そしてふらふらと立ち上がり、刀に手を掛けた。


「来るな来るな……うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


「だ、ダメです!!」


 カエデは泣き叫びながら、魔物の方に向かって走ってしまった。

 そして暗闇の中から、耳を塞ぎたくなるような音が聞こえてくる。

 カエデの怒号、魔物の悲鳴、肉を斬る音と刀が空を切る音……

 それらが、奥で何が起きているのかを物語っていた。


(このままじゃカエデさんが危ない!

 助けないと!)


 その時、ランプの光が消えてしまった。

 どうやらオイルが切れてしまったらしい。

 慌てて他の光源を手探りで探すが、それと同時に急激な極寒に襲われた。


(うっ……まずい……ポーションの効果が切れた……!)


 寒すぎて、エイルはその場に蹲るしかなかった。

 全身の肌が痛くて、すぐ凍傷になりそうなほどだ。

 必死に何とかしようと考えたが、思考回路が鈍って何も思い浮かばない。

 そもそも、体を動かすことができなかった。


(い、いやだ……!

 こんなところで……目の前の人を助けられずに……死ぬなんて!)


 近くで、魔物の足音が聞こえる。

 それはゆっくりと近づいているのが分かる。

 でも、目の前は真っ暗で何も見えない。

 一応何とか剣を抜いたが、どこを狙えばいいのかすら分からなかった。


「――グガァァァァ!!!」


「っ!? しまった!」


 魔物の声は背後から聞こえてきた。

 凍える中必死に振り返ったが、気配と音から間に合わないのは何となくわかった。

 エイルは頭が真っ白になってしまって、どうすればいいのか分からなかった。


 その時、誰かに体を掴まれた。

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