5-8. ストロベリークォーツ劇団
時はエイルが誘拐された後まで遡る。
アインツからカエデが逃げ出したことを知ったパナサーは、大慌てで看護師に彼女を探させた。
その間アインツはアクアマリン騎士団に通報し、2人を捜索してもらうように手配していた。
一方、ロバートは自力で病院付近でエイルを探していた。
「……くそっ! あの鬼人、足が速いな!」
自慢の足で至る所を駆け回ったが、痕跡すらない。
まるで霧となって消えたかのようだ。
裏路地はもちろん、ゴミ箱などの人が隠れられそうな場所も全て探した。
なのに一切見当たらず、完全にお手上げだった。
「カエデってヤツ、あの体じゃあ遠くまでいけないはず……
なのにどうして見つからない!」
ロバートは自分の髪の毛をがっしりと掴んだ。
ここまで手ごたえがないとなると、もう騎士団に任せるしかない。
これからのことを考えるにしても、ここでイライラしていても仕方がない。
彼は苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、渋々病院へと戻った。
入り口の待合室を通り過ぎ、カエデのいた病室にロバートは入った。
そこには、全身真っ黒なアインツが腕を組みながら天井を見ていた。
「……あぁ、帰ってきたのか。
どうだ、何か手がかりでも見つかったか?」
ロバートは首を横に振った。
アインツはそれを見て、まるで予想通りだったかのように再び天井を見た。
そして大きく息を吸って、そのままハァと言いながら吐き出した。
「騎士団の方は?」
「とりあえず、誘拐事件として扱ってくれるらしい。
今頃警備隊が2人を探しているところだろう。
まあ、お前が手がかりを得られないとなると期待しすぎない方が良さそうだ」
2人の顔に影が差した。
その時、ルイが突然病室に入ってきた。
どうやらアインツが隙を見て、今回のことを知らせたらしい。
ルイは下を向きながら、2人の元へ歩み寄ってきた。
アインツはそんな彼に、いつもの調子で話しかける。
「……どうだった?」
「エイルの耳飾りを頼りに追いかけようとしたが、駄目だった。
そのカエデという人、僅かな魔力を察したのかエイルからそれを奪ったみたいだ。
見つけたのは、これだけだ」
そう言って彼は、エイルが普段身に着けている蝶の耳飾りを2人に見せた。
ルイは平常を装っているが、声が少し震えている気がする。
普段の接し方から、ルイはエイルを我が子のように可愛がっているのは明白だ。
一体どれほど心配しているのか、想像に難くない。
そう思うと、真っ白になりかけていた頭が少し鮮明になった。
3人はしばらく、その場で各々過ごしていた。
会話は一切ない。
今の状況で唯一の希望は、まだ帰ってきていないパナサーしかいない。
そのため、ただ彼女を待つ他なかったのだ。
そんな気まずい空気の中、病室の扉がゆっくりと開いた。
そして入ってきたのは、見知らぬ人物だった。
「――ごきげんよう、ブルーレースの可愛い子ちゃん達♡」
ワインレッドをベースとした、貴族の女性のような舞台衣装。
紫色の長い髪に、フリフリとした帽子。
そして整った綺麗な顔に、美しい厚化粧。
そんなすごく派手で個性的な、長身の男性だった。
その後ろには、白髪の無邪気そうな男性とパナサーがいる。
ロバート達は状況についていけず、唖然としていた。
代わりに、その風変りな男性はハッと両手で口を覆った。
「あらあら、ごめんなさい!
私ったら、初対面の人に挨拶を忘れるなんてね。
……改めて、初めまして!
私はカミル・グッタス、ストロベリークォーツ劇団の団長よ」
「……は?」
ロバートは思わず声を漏らしてしまった。
アインツとルイも、驚いて目を見開いている。
3人は余計に現状を把握できなくなり、一斉に頭がパンクし始めた。
そこで助け舟を出してくれたのは、パナサーだった。
「カエデちゃんのことを知らせたら、兄さんがすぐに飛んで来てくれたの。
副団長のルドルフちゃんと一緒にね。
大方の事情は全部説明しているから、心配無用よ」
彼女が話している中、ルドルフと呼ばれた青年は「はーい♪」と言ってにこやかに手を振った。
彼は劇団の中でも大物の舞台俳優で、この都市でるどの名を知らない人がいないほど有名だ。
イケメンで演技が上手な上、戦闘力もずば抜けていると聞く。
そんな彼が目の前にいる事に、3人は更に驚くしかなかった。
そんな中、ルイが小さくつぶやくように言った。
「……君にそもそも兄がいるなんて初耳だ。
それも、劇団のトップとはね」
「まぁ、可愛い坊や!
いつも妹がお世話になっているわね、うふふ。
この子ったら、恥ずかしがって私のこと皆に言ってくれないのよ!
お兄さん、困っちゃうわ」
「……僕は子供じゃない」
ルイはフードを深く被り、そっぽを向いてしまった。
対するカミルは渋い顔をするパナサーの背後に周り、てを彼女の肩に置いてニコニコしている。
それだけで、この兄妹がどんな関係なのか粗方の想像はついた。
その様子を見ていたアインツがわざと咳払いをした。
「劇団のお偉いさんが、わざわざ兄妹仲を見せつけるために来た訳じゃないだろう?
俺達に何か用か?」
「あら、そっちのブラックボーイは生真面目なのね?
ごめんなさい、ついいつものノリでやってしまったわ」
カミルは少し申し訳なさそうにパナサーから離れた。
だが眩しいような笑顔は崩さなかった。
「実はカエデちゃんはね、仲間と一緒にworld Cに潜っていたのよ。
でも見つかったのは彼女だけなのよね?
だったら行き先に心当たりがあるわ」
「……仲間のところ、か」
ロバートがそう漏らすと、カミルは嬉しそうに頷いた。
「そうそう! 話が早くて助かるわ!
カエデちゃんも真面目で仲間思いだから、100%間違いないわ!
でも、流石の私達でも具体的な場所までは分からないのよ。
そこで、1つ私から提案」
カミルは3人に向かって、人差し指をピンと立てた。
彼はどんな真面目な時も、明るく振舞うようなタイプらしい。
一切表情を変えず、カミルは声を低くして話を続ける。
「……私の部下があなたの仲間に手を出したのは、本当に申し訳ないと思っている。
でも、だからこそ一時的に手を組まない?
私としても、カエデちゃんの安否が心配なの。
あなた達も人手が欲しいんじゃないかしら?
お互いに悪くない話だと思うんだけど」
「……」
アインツは複雑な顔をした。
あのカエデという人物は只者じゃない。
エイルが誘拐される時、アインツが魔法の準備しているのを察したからだ。
しかも彼女の挙動……恐らく目が見えていない。
だとすると、肌感覚だけでアインツの目論見を理解したことになる。
もし既にダンジョンに入っているのなら、冒険者の資格のないルイは連れて行けない。
そんな状態で、自分とロバートだけで彼女を制することは可能だろうか?
手加減さえしなけば問題ないだろうが、エイルを巻き込んでしまえば元も子もない。
だとしたら、カミルの提案を飲むのはありだ。
彼の言い方から察するに、カエデは独断で行動しているのは間違いない。
裏切る心配はないだろう。
「……そうだな、互いにメリットがある提案だ。
お前達と一緒に行動すれば、運がよければ説得だけで済むかもしれない。
だったら俺達に断る理由はないな」
カミルは嬉しそうにうんうんと頷いた。
アインツの判断を待っていたルイとロバートも、そっと胸をなでおろす。
パナサーも心なしは嬉しそうだった。
「そう来なくっちゃ!
じゃあ私が直々……と言いたいのだけど、あいにく私は冒険者の資格を持っていないのよね。
そこで、我らが副団長の出番!
ルドルフちゃんが私の代わりに同行してくれるわ。
大船に乗ったつもりでいなさい」
「アハハッ、初めまして!
今回はよろしくね!」
ルドルフは楽しそうにアインツに握手を求めた。
しかしアインツはその手をただ眺めているだけだった。
「お前一人だけか?」
「うん、そうだよ!
あー……もっと人手を貸してくれると思ったのかな?
あんまり人が多すぎるとさ、部下が足手まといになっちゃうんだよね。
チームで潜っても、うっかり仲間が弱すぎて殺しかけちゃうこともしょっちゅうだし。
なるべく戦闘控えているのにねぇ」
「あぁ、なるほどな。
最高戦力を最大限に生かすためというわけか。
それが慢心でないことを願うばかりだ」
アインツは少し不気味に微笑むと、ルドルフの手を握った。
そして少し激しめに互いの手を上下に振らされた後、手を離した。
アインツがロバートの方を見ると、ため息交じりに了承の意を示した。
そしてポシェットの中身の確認を始め、ダンジョンの潜入準備を始める。
次にルイの方を見た途端、ルイはアインツに思いっきり抱き着いた。
「お、おい!」
アインツは彼を引き剥がそうとした。
だがかなり強い力でしがみつかれているのが分かった途端、抵抗を止めてしまった。
ルイは何も言わないし、顔はアインツの体に埋めていてよく見えない。
でも、エイルを無事に連れ帰ってほしいと切に願っている。
そんな気持ちがなんとなく、彼の体から伝わってきた。
周囲の目がすごく気になる。
大人が大人に抱き着かれるなんて、恥ずかしくて仕方がない。
だが何年振りかの抱擁は、とても温かいものだった。
「……はぁ」
アインツは少し顔を赤らめながら、ルイの頭に優しく手を乗せた。
「必ずエイルを連れて帰るから、もう離れてくれ」
そう言って優しくなでると、ルイはゆっくりと頭を上げた。
その寂しそうな顔を見たのは、アインツが学校に入学した頃に見た時以来だった。
<<人物紹介>>
名前:カミル・グッタス
性別:男性
年齢:「レディに年齢を聞くなんて失礼よ?」
種族:ヒューマン
所属:ストロベリークォーツ劇団 団長
特徴:ちょっと変わった、優しいお兄さん?




