5-6. 脅されながらの協力
カエデはそそくさと裏路地を歩いて行った。
本当は走り出したいみたいだが、流石にこれ以上傷が悪化するのはまずいと分かっているようだ。
彼女はちゃんとエイルが着いてきていることを時々声を掛けて確認しながら、進んでいく。
(さっき目が見えないって言ってたけど、凄い……
まるで見えているみたいにぐんぐん進んでいっている……)
その秘訣は、どうやら彼女の下駄みたいだ。
カエデは時々立ち止まり、足踏みしてカランカランとわざと音を立てる仕草をしていた。
あくまで憶測だが、カエデは反響音を聞いて周囲の地形などを確認しているらしい。
どんなに聴覚が優れている人でも、こんな芸当ができるのはほんの一握りだろう。
「カエデ、さん……?」
エイルが恐る恐る呼ぶと、カエデは歩きながら振り返った。
さっきまでの強い殺意は感じられない。
だが警戒心は解いていないらしく、腰にささった刀から手を離そうとしなかった。
「えっと、その……
ダンジョンで、何があったんですか……?」
「……」
カエデは黙ったまま前を向いてしまった。
これは教えてくれそうにないなとエイルが諦めかけた時、彼女から小さなため息が漏れた。
そして渋々、ボソボソと話してくれた。
***
カエデの所属は、都市でも有名なストロベリークォーツ劇団という演劇集団らしい。
でも彼女は女優というわけではない。
鋭い感覚と戦闘力を買われ、役者の護衛をしているそうだ。
時にはスタントマンを引き受けたり、戦闘シーンの指示出しをすることもあるとのこと。
1週間前、団長から頼みごとをされたそうだ。
world Cに希少で美しい宝石があり、舞台衣装に使いたいからそれを取って来てほしいと。
こういうことはよくあるので、カエデは二つ返事で了承した。
そして今日、仲間と一緒にその宝石を取りに行った。
いつものように皆で談笑しながらworld Cに入ろうとした。
その時、仲間の一人が突然あっと声を上げる。
「鈴、置いてきちゃった……」
「ありゃ、それは大変!
良かった、予備持って来ておいて。
……はい、無くさないでね?」
カエデととても親しい親友、ソフィアは仲間に鈴を手渡しした。
その鈴はカエデが敵と味方を簡単に聞き分けられるよう、独特な音色が鳴るように作られている。
カエデと親しい人物は、みんな持っている代物だ。
「そんなものがなくとも、敵味方の判断はつく。
心配しすぎだ」
カエデは皆に聞こえるようにわざと愚痴をこぼした。
一瞬皆黙ったが、ソフィアはいつもの明るい声色で彼女の手を握った。
「もう! それくらい分かってるよ!
でも、明確に区別できた方が安心して戦えるでしょ?
これはカエデが本気で戦えますようにって、皆からの願掛けだよ!
……ささ、宝石は洞窟の中でよく見つかるらしいよ!
さっさと入ろう!」
「はぁ……全く……」
カエデは仲間達の配慮に呆れながらも、なんだか嬉しくなった。
その胸の温かさを噛み締めながら、皆と一緒に石扉を潜った。
洞窟の中にも魔物は潜んでいる。
だからカエデ達は周囲を警戒しつつも、宝石を探しにどんどん深くへ進んでいった。
そんな中、カエデはある違和感を覚えた。
「どうしたの? カエデ?」
「……近くに複数人潜んでいる。
しかもこちらへの殺意がある」
カエデの感覚では恐らく、5人は居たそうだ。
対する彼女らは6人。
別に不利な状況ではなかった。
だがカエデ達が臨戦態勢を敷いた途端、突然何かが投げられる音がした。
――キィィィィィン!!!
「ぐ――あ――っ――!?」
とても甲高くて大きな音がその場に鳴り響いた。
耳の良いカエデにとって、とても深手だった。
彼女は両耳を抑えながら、思わずその場に蹲ってしまった。
――何も聞こえない。
さっきの音のせいで麻痺しているのだろう。
でも、乱戦は始まっている。
血の匂いがするから分かる。
「み、皆! 無事か!?
近くにいるなら触れてくれ……!」
だが誰も触れてくれない。
音がない以上、周囲がどうなっているのか一切分からない。
もしかすると、仲間が傷ついているかもしれない。
だったらどんな状態だったとしても戦わないと。
カエデは刀を手にしながら、恐る恐る立ち上がった。
その時、背後から剣のようなもので刺された。
「――っ!? 貴様ぁ!!」
カエデは今までの感覚を頼りに、背後にいるであろう敵に向かって刀を振り下ろした。
直後強烈な鉄臭い匂いが鼻についたから、恐らく相手は致命傷を負ったはずだ。
カエデはそう思い、刺さった武器を体から引き抜いた。
「ぐっ……!」
激痛が走った。
血が滴る感覚がする。
重傷であるのは何となくわかった。
でも、肌で感じる殺意は未だに消えない。
まだ聴覚が戻らない中、意を決してカエデは叫んだ。
「卑怯者め! 小生はここにいるぞ!
どこからでもかかってくるがいい!!」
ここまではっきり言えば、仲間が近づいてくることはないだろう。
そう判断し、カエデは向かってくる相手に刀を振り落とした。
……ざっと、5人斬ったところだろうか?
やっとカエデの聴覚が戻り始めた。
その時には既に彼女はボロボロで、相手に斬られた傷が至る所にあった。
「うっ……」
カエデは体のバランスを崩し、近くの壁面に寄りかかった。
辺りは静まり返っている。
乱闘は完全に終わったようだった。
「み、みんな……どこにいる……?」
仲間の名前を一人一人呼んだが、誰も返事をしない。
近くに人がいるはずなのに、気配も音も何も感じない。
皆が付けているはずの鈴の音もだ。
「ソフィア……どこだ……?
頼むから教えてくれ……
声が出ないなら、鈴を鳴らしてくれ……
音が小さくても構わない……
お願いだ……こんなところで一人にしないでくれ……」
カエデは藁にもすがる思いで、重たい体を引きずりながら壁伝いに歩き出した。
皆どこかに避難していて、いつか必ず自分を見つけてくれることを願って。
***
「……そうして必死に歩いていたら、突然向かいの壁が爆発した。
小生はその時吹き飛ばされ、頭を打ったのが事の次第だ」
「――」
どんな言葉をかけていいのか分からなかった。
大変だったね――いや違う。
ごめんなさい――確かに謝らないといけないが、それもなんか違う。
同情するよ――それは論外だ。
カエデの体験が想像以上に残酷すぎた。
目が見えない中、敵に襲われた上に気がつけば仲間がいない。
どんなに怖かったのか、すぐにわかる。
あんなに警戒して敵意を露わにしていたのも、納得できてしまう。
……でも、やっぱり素直に謝らないと。
「えっと……その爆発は、私のせいです……
すみません……
その魔法の練習をしていたら、想像以上に威力が高くて……
あなたが壁の反対にいたのに気付かなかったんです……」
「……」
カエデは何も返さなかった。
だがその代わり、ずっと刀に触れていた右手をだらんと降ろしてくれた。
エイルの謝罪を、真摯に受け取ってくれたらしい。
声色からエイルが嘘をついておらず、本当に申し訳ないと思っていることを悟ったようだ。
「……名前は?」
「エイル……エイル・ハイパーです」
そう言うとカエデは急に後ろを振り返り、両手でエイルの顔に触れた。
エイルが驚いて硬直している間、彼女はまるで顔立ちを確認するように全体を撫でる。
そんな彼女の手は、とても繊細で柔らかい。
そうして少し気まずい時間がしばらく続いた。
「……全体的に曲線的で、肌触りも良い。
優しい顔立ちをしているのだな、そなたは」
「あ、ありがとう……ございます?」
カエデはエイルの顔から手を離すと、再び前へと歩き出した。
その後2人は会話することなく、ギルドまで到着した。
<<人物紹介>>
名前:ソフィア・オリファント
性別:女性
年齢:20歳
種族:エルフ
所属:ストロベリークォーツ劇団 団員
特徴:明るくてフレンドリー、頼りがいある




