5-5. 恩を仇で返す
病室は3人の殺気に満たされた。
アインツは手をポケットに突っ込みながらも、エイルを人質に取るカエデを威圧している。
ロバートもモササウルスの入った遺物を既に手に取っていた。
一方のカエデは、怪我の痛みを一切顔に出さずにエイルの首に刃を向けていた。
しばらく、この状態で4人は硬直していた。
そんな中、1番最初に動き始めたのはアインツだった。
彼は微動だにせず、自身の周りに氷を形成しようとした。
だが、その僅かな気温の低下をカエデはすぐに感じ取った。
彼女はアインツに警告するかのように、刀に力を入れる。
――ボオッ!
「ひっ!?」
エイルは思わず悲鳴を上げた。
刀身が急に黒い炎に包まれたからだ。
詠唱していないことから察するに、恐らくスキルだろう。
目の前で激しく燃えているのに、全く熱を感じない。
それが余計に不気味だった。
アインツは仕方なく、魔法を解除した。
そして見せびらかすように両手を挙げると、カエデはベッドから出た。
そしてしっかりとした足取りで、エイルを拘束したままジリジリと窓に向かって後ずさりを始める。
……このまま逃げる気だ。
「待て!!」
ロバートは後先考えず、モササウルスをその場に出現させた。
しかし、遅かった。
カエデはエイルを抱えたまま、窓から素早く飛び降りてしまった。
「――エイル!」
ロバートはモササウルスを連れて窓の外に躍り出る。
だが見えるのはいつもの変わらない、平和な街並みだけ。
2人の姿はどこにもなかった。
「……くそっ!!」
ロバートはその場で拳を壁に叩きつけた。
なす術無く眺めていたアインツも一旦手を下ろすと、冷静さを保ちつつも急いでパナサーの方へ向かった。
***
エイルはカエデに捕まったまま、都市の中を走り回されていた。
恐怖で途中声を上げそうになるも、その寸前で彼女に口を塞がれた。
その時点でもまだ刀を向けられていたせいで、エイルはただ彼女の意志に従うほかなかった。
やがてカエデは病院から離れた、人気のない裏路地で立ち止まった。
そして拘束を解いてくれるも、刀は一向に下ろしてくれる気配はない。
その上、カエデからは寒気がするほどの殺気が放たれている。
エイルは路地の隅で、無様に怯えるしかなかった。
「小生の質問に正直に答えよ。
態度次第で解放しなくもない」
エイルは必死に頷いた。
「何故、小生らを襲った?」
「――えっ!?」
どうやらカエデは、エイル達を襲撃の犯人だと思い込んでいるらしい。
道理で敵対心を顕にしているわけだ。
人質を取ってまで逃げ出したのも納得がいく。
でも、ここは何とかして誤解を解かないと。
「ち、違います!
私達は倒れていたあなたを見つけただけです!
あなた達を襲った犯人じゃないです!」
「嘘を吐くな!!」
カエデは怒りのまま、エイルの眉間に刃先を向けた。
彼女の目元は布で隠れていてよく見てない。
だがぎりぎりと歯ぎしりしていて、激情に駆られているのがよく分かる。
無意識に、唾を飲み込んでしまうほどに。
「貴様の仲間の一人が、強烈な殺気を放っているのを感じ取った!
偶然小生を拾った輩がどうしてそんな態度を取る必要がある!?
答えろ!!」
「……」
彼女が感じたのは、多分アインツと言い争いをしていたときのことだろう。
確かにその際、アインツはイライラしていた。
殺気と呼べるものはエイルには感じ取れなかったが、カエデは自分に向けられた敵意だと思ってしまったのかもしれない。
(でも、今の彼女に言って聞いてくれるかな?
……ううん、ここは素直にただ喧嘩していただけって言うしかない!
でも言葉は慎重に選ばないと!)
エイルがそう覚悟し、考えながら話そうとしたときだった。
カエデはは急に苦しそうな顔をしたかと思うと、バランスを崩した。
咄嗟に刀で自身の体を支えるも、立ち上がることができない様子。
よく見ると、巻かれた包帯からは血が滲んでいる。
「あっ、傷口が――」
「っ!? 近づくな!!」
カエデは反射的に、手を差し伸べようとするエイルに刀を向けた。
しかし大声を出したせいか、開いた傷口を抑えて唸り始める。
多分彼女は、ここまで虚勢を張っていたのかもしれない。
でないと、大けがを負った状態で平気な顔をしていた説明がつかない。
目覚めたばかりで錯乱していたとはいえ、それだけ追い詰められていたのだろう。
エイルは相手に警戒されないように、ゆっくりと懐の中を探り始めた。
だがその際に生じた布の擦れる僅かな音に反応し、カエデは眼帯越しに睨んでくる。
一瞬背筋が凍ったが、エイルはそのまま回復ポーションを取り出した。
「あ、あの……良かったらこれを使ってください」
「……は?」
エイルは恐る恐る、ポーションの入った試験管を彼女に向かって転がした。
カラカラという音がカエデの手前で止まったとき、彼女は非常に困惑していた。
しばらくポーションを見ていたが、結局カエデは警戒心を解かないままそれを拾った。
刀を持ったまま、彼女は試験管の蓋を開けた。
そして一旦匂いを確認し、ほんの少し口に含んだ直後に吐き出す。
中身が何なのか確認しているらしい。
(もしかしてこの人……目が見えないんじゃ?)
やがてカエデは色々調べ終わると、それが正真正銘の回復ポーションだと確信したようだ。
しばらくエイルに疑いの顔を向けていたが、慎重に開いた傷口に全て中身をかけた。
「――っ!」
カエデは沁みる痛みに耐えた。
しかし声は一切出すことなく、ただ蹲って傷口を抑えている。
それがかえって痛々しく見えてしまう。
「ハァ……ハァ……
何故、逃げなかった?」
「……え?」
言われてみれば、彼女が弱っていたさっきの一瞬が唯一のチャンスだった。
なのにエイルの頭には、逃走という言葉は出てこなかった。
それはエイルにとって当然のことだった。
「だって……苦しむ人を放っておけなかったから……」
「……」
カエデは息を切らしながら、ただエイルを見つめていた。
エイルの言葉の真偽を慎重に確かめているようだ。
その間、エイルもカエデを見つめていた。
正直怖いのが本音だが、自分の思いが伝わってほしいと強く願っていた。
どうやらその気持ちは届いたらしい。
カエデはため息交じりに、ゆっくりと刀を降ろしてくれた。
「もしそなたが本当に犯人でないというのなら……
1つ、頼みがある」
「は、はい……」
「小生を見つけた場所まで連れて行け」
「――え!? その状態でですか!?」
無茶だ。
応急処置をしたとはいえ、カエデは重傷患者だ。
そんな彼女を、危険なダンジョンの中に連れて行けるわけがない。
危険すぎる。
「小生は仲間と一緒に、他のパーティーに襲われた……
仲間は恐らく、まだあの場所にいる。
助けに行かねばならぬ!」
「っ!? でも、あなたが行かなくても助けることはできます!
私達があなたの仲間を探しに行きます!
ですから、ベッドで安静にしてください!」
エイルは大慌てでカエデをなだめようとした。
しかし彼女の意思は固いらしく、聞く耳を持ってくれない。
ただ険しい表情を向けられるだけだった。
「小生はまだ貴様を信用しておらぬ。
誤解を解きたくば、小生の同行が条件だ。
そこを譲る気は毛頭ない。
時間がない、さっさと選ぶが良い」
「っ……」
どうしよう?
確かに彼女の憶測が正しければ、今すぐに助けに行かないとまずい。
かといって、カエデは譲歩する気はない。
ここは悩まず、直感に従うしかないだろう。
「……分かり、ました。
ただ、無理をしない事を約束してください」
「……ふん」
カエデは刀を鞘にしまった。
そして痛みに耐えながら、ゆっくりと立ち上がる。
エイルが手を貸そうとしたが、それはすぐにはねのけられてしまった。
「1つだけ忠告だ。
小生は生まれつき目が見えぬ。
それ故、他の感覚が常人よりも発達している。
もし貴様が不穏な動きをすれば、背後であろうとも音と空気の流れで察知できる。
……くれぐれも、下手な行動をとらないことが身のためだ」
そう言うとカエデはくるっと後ろを向いた。
そして履いている下駄の音を鳴らしながら、しっかりとした足取りでギルドの方へと歩き出した。
盲目なのに、棒などを一切使わず。
エイルは不安と恐怖を抱えながら、彼女の後ろに続くことしかできなかった。
<<人物紹介>>
名前:カエデ・ツキシロ
性別:女性
年齢:20歳
種族:鬼人
所属:ストロベリークォーツ劇団 団員
特徴:律儀で生真面目、仲間思い




