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5-4. 複雑な事故

 ダンジョンの外に出たあと、エイル達はすぐグッタス医院に駆け込んだ。

 丁度外で一服していた医院長のパナサーがこちらに気付いた時、彼女は真っ青な顔をした。


「――カエデちゃん!?」


 パナサーは大慌てでロバートが担いでいる鬼人の女性を抱き上げた。

 一瞬ロバートに何かを言いかけたが、すぐに飲み込んでしまった。

 多分何があったのか聞こうとしたものの、今は治療が先だと判断したのだろう。

 彼女はそのまま、集中治療室の方へと走り去ってしまった。


(さっきカエデって呼んでいたけど……

 知り合いなのかな?)


 だとしたらパナサーに合わせる顔がない。

 自分が彼女、カエデに重傷を負わせてしまったのだから。

 落ち着いてパナサーと話せるようになった時どうすればいい?

 素直に全部打ち明けたら、一体彼女はどんな顔をするのだろう?


「何を思い詰めた顔をしている?」


 治療室の外の椅子に座っていたエイルに、アインツが声を掛けた。

 彼はエイルの隣で立ったまま、腕を組んで壁にもたれかかっている。


「もしかして、あの鬼人を自分が傷つけたと思っているのか?」


「……」


 エイルは苦い顔をしながら俯いた。


「はぁ……

 詳しい事はパナサーの診断を聞かないと分からないが、全部お前が悪いわけではないと思うぞ?」


「……えっ?」


 エイルは驚いてアインツの顔を見た。

 彼は少々呆れながら、人差し指で自分の腕をトントンと叩き始める。


「ざっくりとあいつを診たとき、明らかに爆発によるものじゃない傷があった。

 しかも何ヶ所もだ。

 俺の想像ではお前が魔法を放つ以前に、既に息絶え絶えだった可能性が高い」


「うそ……だったら彼女の身に何が――」


「さぁな。

 俺は探偵じゃないから、そこまでは分からない。

 むしろ興味ない」


 アインツはそう言うと、素知らぬ顔でそっぽを向いてしまった。

 恐らく彼なりに励まそうと教えてくれたのだろう。

 だがかえってエイルの顔は暗くなる。


 今回の出来事は、もしかするとただの事件ではないのかもしれない。

 そう思えて仕方なかった。



 やがて外へ買い出しに行っていたロバートが戻ってきた。

 落ち込むエイルのためにと、人数分ジュース瓶を買ってきてくれたのだ。

 エイルはモヤモヤする気持ちを抱えながら、しばらく渡された瓶をじっと見つめていた。






 パナサーの治療が終わったのは、それから数時間後だった。

 彼女が部屋から出てくるのと同時に、看護師たちがカエデを病室へと運び出した。

 カエデはまだ目が覚めないらしく、全身に包帯が巻かれた状態でベッドに横になっていた。


「ふぅ……結構大変だったわ。

 エイルちゃん達ありがとう、カエデちゃんをここまで運んでくれて。

 少しでも治療が遅れていたら、危ないところだったわ」


 パナサーは白衣を脱ぎながら、額に沁みた汗を手でぬぐった。

 ほっと一息を突いているところから察するに、どうやら容態は安定しているようだ。


「彼女を知っているんですか?」


「ええ、少しね。

 あの子、ダンジョンに入るとボロボロになって帰ってくることが多くて。

 さすがに今回みたいな大きな怪我は初めてだけど」


 パナサーは大きなため息を漏らした。

 そして困ったように頭を抱えながら、彼女の状態を教えてくれた。


「打撲に擦り傷……何か爆発に巻き込まれたのかしら?

 意識がないのは頭を打ったからみたいね」


「あ、それは――」


 エイルが事情を離そうとしたが、パナサーはそのまま話を続ける。


「でも問題はそこじゃない。

 一番危なかったのは切り傷と刺し傷――それも綺麗なものよ?

 あのまま放置していたら、確実に失血死していたわ。

 形状や深さから察するに……多分誰か()()()やられたのでしょうね」


「――」


 絶句せざるを得なかった。



 アインツの憶測を聞いていたからある程度覚悟はしていた。

 でもいざ聞いてみると、やはり信じられない。

 特に人にやられたとなれば、尚更だ。


 確か冒険者同士の争いは、ギルドで禁止されていたはず。

 となると尚更、彼女の身に起きたことが尋常ではないことが分かる。

 巻き込んでしまったとはいえ、もしあの時氷の壁を壊していなかったら……

 そう考えると、背筋がゾッとした。


「ウチはカエデちゃんのリーダーに今回のことを急いで知らせるわ。

 ついでにギルドにも報告しないと。

 3人とも悪いんだけど、彼女の様子を見ていてくれるかしら?

 多分すぐに目が覚めると思うから」


 エイルが頷くと、パナサーは大慌てで医院長室に入ってしまった。




 エイルはゆっくり立ち上がると、ぬるくなった未開封のジュース瓶を持ちながら病室へ向かった。

 ロバートとアインツも互いに顔を見合わせながら、それに続く。



 入ると、ちょうどセッティングの終わった看護師達が部屋を去っていった。

 そこにいるのは、エイル達とカエデだけ。

 傍に彼女の刀が置かれている状態で、カエデは身動きもせず眠っている。


「おい、どこに行くんだ?」


 突然、ロバートの声がした。

 振り返ると、アインツが病室の外に出ようとしている。

 彼は顔だけ振り向くと、少しつまらなさそうに返した。


「帰る」


「――はぁ!?

 グッタス先生に様子を見ていろって頼まれたのにか!?」


 アインツは大きなため息を漏らした。


「2人もいれば十分だろ?

 俺は他人の面倒ごとに首を突っ込みたくないんだ。

 特に今回は厄介そうだし、お前達も早く帰った方がいい」


「いやいや、それはないだろ!?

 せめてコイツが目を覚ますまで傍にいてあげるっていうのが、人としての筋だろ!?」


 エイルも賛同した。

 確かにカエデは今日会ったばかりの赤の他人だ。

 でもこの状態の彼女を放っておくのは、流石に良心が痛む。

 それに彼女が気を失っているのは、エイルの魔法の練習が原因だ。

 目を覚ました時に謝るのは当たり前だろう。



 エイルとロバートは、ぎろっとアインツを睨んだ。

 それに対抗するように、アインツは苛立ちを少し露わにする。


「全く、これだからお人好しは……

 いいか、よく考えろ。

 冒険者はチームで動くのがルールだ。

 なのにこいつは発見時一人で、周囲に人影がなかった。

 その理由は?」


「それは……」


 何も言い返せなかった。

 でもどこかで怪我を負って、一人であそこまで逃げて来たって可能性はある。

 そうであれば辻褄は合う。


 アインツはそんなエイルの考えを見透かしたかのように、話を続ける。


「もし逃げ延びたなら、犯人はそれを放っておくか?

 俺が犯人なら、すぐに痕跡を辿ってここまで行くぞ。

 それで隙を見て、こいつを殺そうとする。

 たちの悪い連中なら、たまたま居合わせたお前達も全員始末するだろうな」


「……」


 ぐうの音も出なかった。

 アインツの言ったことはあくまで可能性の話だが、否定はできない。

 実際、冒険者にはならず者の集まるマリーガーネット・ファミリーという集団がある。

 彼らが絡んでいれば、本当に自分達まで彼女の問題に巻き込まれかねない。

 横を見ると、ロバートも下唇を強く噛んだまま黙っていた。


「これで事の複雑さが分かったか?

 俺は他人のために命をかけるのはごめんだ。

 利益がないなら尚更な。

 そういうわけだから、俺は帰る」


「でもそれだったら、放っておけないよ!

 それって彼女が危ない目に合っているってことでしょ!?

 だったら手を差し伸べるのが、私が目指すおとぎ話の――」


 その時だった。



 カエデが音も立てずに、突然起き上がった。

 全身傷だらけのはずなのに、すうっと。

 驚いて思わず、エイルは持っていたジュース瓶を落としてしまった。


 その間、彼女は咄嗟に近くの刀を手に取った。

 そして素早く刀身を抜き、目の前にいたエイルを掴む。


 ロバートとアインツが臨戦態勢を敷いた。

 同時にカエデは、拘束したエイルの目の前に刀をちらつかせる。



「――動くな。さもないとこやつを斬る」


<<シルヴィからの一言メモ>>

エイルは知らないかもだけど、冒険者同士のトラブルって意外と多いんだよねぇ。

この前珍味の食材を探しにダンジョンに入った時、他のパーティーと魔物の取り合いになっちゃって……

しかも相手が女の子だからって手を出し始めちゃってさ、ユリアがぶち切れて大変なことになったんだ。

えっ? 一体ユリアが何をしたかって?

それは、うーん……色々と、ね。

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