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5-2. 初めての魔法

 数日後、少し面倒な事務手続きを行った後に早速world Cへ潜ることになった。

 入り口は他の世界と同じく大きな石扉で、中は真っ暗。

 一体どんな世界が広がっているのかという期待感と、どんな窮地に見舞われるのかという不安が一緒に押し寄せてきた。


 そのままエイルが一歩足を踏み入れようとすると、急にロバートが声をかけてきた。


「……待った」


「どうしたの、ロバート?」


「念の為確認な。

 オマエ、アレ持ってきてるよな?」


「……アレ?」


 ロバートは一瞬呆れたかと思うと、とても大きな溜息を漏らした。

 そんな反応を見たエイルは大慌てで自分の頭の中を探る。

 しかし彼の言うアレというものが何なのか一切分からず、気まずくなるだけだった。


「――ヒートポーションだよ!」


「あ、あぁ! ごめん!

 大丈夫! ちゃんと持ってきてるから、ほら!」


 エイルは焦りながら自分の懐からオレンジ色の液体が入った試験管を4本取り出した。

 それをロバートはじっくりと観察すると、少し大げさに肩を落とした。


「はぁ……ならいい。

 初めてworld Bに入った時の二の舞にならなそうでホッとしたよ。

 この世界は極寒だからな、それがないと凍え死ぬぞ」


「う、うん! 大丈夫、今回はしっかり調べてきたから!

 心配してくれてありがとう!」


 world Cは猛暑の砂漠だったworld Bとは真逆で、最低気温-50℃まで下がる事のある雪の世界だ。

 そのため、体の保温効果のあるヒートポーションがないと凍傷だけでは済まされない。

 前回無策でworld Bに入って干からびかけた経験を教訓に、今回は念入りに準備をした。

 環境によるつまらない怪我を追うことはないだろう。

 ……多分。


「おい、何している?

 とっとと入って魔物を探すぞ。

 今回はクエスト以外にやらないといけないことがあるからな」


 振り返ると、アインツが腕を組みながらソワソワしていた。

 毎度の如く、早く入りたくて仕方がないらしい。

 エイルはロバートと一緒に小さく息を漏らすと、彼のあとに続いて石扉の中へと入った。




***




「さ、寒っ――!?」


 エイルの第一声はそれだった。

 知っていたし対策を取っているというのに、それでも体が震えるほどだ。

 周囲は一面の銀世界で、地平線の彼方まで分厚い雪が積もっている。

 そして、異様に静かだった。


「これは……想像以上に過酷な環境だな。

 あまり長居はしないほうが良さそうだ」


 アインツはコートに顔を蹲らせながらボソッと呟いた。

 彼でもそこそこ応えているらしい。

 一方のロバートは、割と平気そうだった。


「ロバートぉ……寒くないの?」


「うーん、少しだけ。

 オレの故郷は北方の山ん中だからな。

 冬はいつもこんな感じになるから、寒いのには慣れてんだ」


 そう言ってロバートは、予備の防寒具を2人に渡した。

 今この時だけ、彼のもふもふな尻尾と耳が羨ましくなった。

 彼が背中を見せた隙に、エイルは誘惑に負けて小さな尻尾に触れた。

 その途端、ロバートは「ひゃんっ!?」と聞いたことのない悲鳴を出した。


「や、止めてくれ!

 尻尾は敏感なんだ!

 今全身に鳥肌が立ったから!」


「あ、ご、ごめん!」


 エイルは大慌てで手を引っ込めた。

 その間ロバートは顔を真っ赤にしながら、上下にピクピク動いている尻尾を両手で必死に抑えている。

 かなりまずい事をしてしまったようだ。



 アインツは、2人のやり取りを見て心底呆れていた。


「おい、男同士でいちゃつくな。

 ここがどこだかわかっているのか?

 さっさとホワイトウルフを見つけるぞ。

 こんなところで時間を無駄にしたくない」


「え、あ、ちょっ――!」


 アインツはそのままそそくさと歩き始めてしまった。

 彼に反論する時間すら与えずに。


 エイルとロバートは、決してそんな関係ではない。

 正真正銘、ただの気が合う仲間だ。

 たださっきのやり取りは、傍から見たら誤解を生じかねないのは確かだ。

 そのせいもあって、アインツに何も言い返せなかった。


「……エイル、帰ったら説教な」


「はい……」


 ロバートは不機嫌そうにアインツに続いていった。

 置いて行かれたエイルも、少し俯きながら歩き始めた。




 魔物の討伐は、意外にもあっさりと終わってしまった。

 今回の目標だったホワイトウルフ自体が、world Cの魔物の中でそこまで強くなかったのもある。

 だがそれ以前に、エイルの剣の腕前が上達していた。


 エイルは何度もいろんな魔物と戦ったおかげで、勘が働くようになっていた。

 そのため初めて遭遇する魔物でも、相手の攻撃方法や最適な回避方法が何となく分かる。

 そのおかげで、どんな状況でも冷静に対応できるようになっていたのだ。


 今回も無傷で、少し付いた魔物の灰以外は潜入した時と全く同じ姿だった。

 そのことにしばらく気を取られていると、背後からアインツが声を掛けてきた。


「さて、ドロップアイテムの回収も済んだし……

 今度は魔法の練習をしよう」


 アインツはしばらく周囲を見回すと、近くに小さな洞窟を見つけた。

 その入り口は丁度的になりそうな、大きな氷の壁で塞がれている。


「あそこに移動しよう。

 そこで色々レクチャーする」


「うん、分かった」


 そうして3人は洞窟の入り口の手前に移動した。




 アインツはエイルを氷の前に立たせた。

 そして素人向けの魔法のプチ講座を始める。


「聞いた話だと、既にヤンソン先生から魔力の扱い方は教わっているんだよな?

 それは今ここで実践できそうか?」


「えっと……少し時間をくれれば」


 エイルがそう言うと、アインツは満足そうに微笑んだ。

 その間ロバートは自分のポシェットから何らかの魔導具を探り出し、それをアインツに渡した。


「なら試しにこれに魔力を注いでみるんだ。

 この魔導具は新人の魔術師向けのやつで、一定の魔力を注ぎ続けるとこのランプが光るようになっている。

 それで一旦感覚を再確認してみて、問題なさそうなら魔法の扱い方を教える」


 そう言うとアインツは魔導具をエイルに投げ渡した。

 手元でよく見てみると、普通のランプのように見える。

 しかしスイッチらしきものはどこにもない。

 どうやらアインツの言うとおり、魔力調整の練習用のものみたいだ。



 エイルは一旦深呼吸をした。

 そして前にヤンソンから言われたことを思い出す。


(ゆっくり落ち着いて……心臓の音をよく聞いて……

 それから自問自答する……

 「どうして私は今ここに居るのか」って。

 その答えと思いを、そのままぶつける!)


 するとランプが眩い光を放った。

 それはエイルが圧倒する程強く、更に増していく。

 だがある時を境に、バチッと大きな音が聞こえた。


「えっ? あれ?」


 ランプは急に輝きを失った。

 どんなに魔力を注ごうとしても、なんの反応も示さなくなった。

 エイルの頭が真っ白になる中、アインツは顎に手を添えた。


「……魔力が強すぎて、回路がショートしたんだ。

 注ぐ量はしっかり安定していたんだがな。

 魔力を使う際には、なるべく抑えたほうがいいだろう。

 特に六番の場合は潜在魔力量が桁外れだ。

 魔力の入れ過ぎは暴走の引き金になりかねない、常に意識するんだ」


 エイルはゆっくりと頷いた。


「ごめん……

 これ、ロバートがわざわざ作ってくれたんだよね?

 すぐ壊しちゃった……」


「ん? あぁ、気にしなくていいさ。

 初心者がそれを壊すことなんざ、しょっちゅうだ。

 それに回路のショートくらい、部品があれば数分で直せる」


 ロバートはエイルに向かって親指を立てた。

 どうやらこれくらいは想定内のことだったらしい。

 エイルは罪悪感に苛まれながらも、彼の配慮に感謝せざるを得なかった。



 するとアインツはエイルの手から魔道具を取ると、それをロバートに投げ渡した。

 代わりに、魔法行使用の小さな杖をエイルに握らせた。


「まぁ、最低限のラインはクリアしているから良しとしよう。

 さっきの感覚を維持したまま、俺が言う詠唱を反復するんだ。

 ……魔力は最低限まで絞るんだぞ?」


「う、うん……」


 アインツは氷の壁の方を指さした。

 そちらに向かって魔法を撃てと言いたいらしい。

 エイルは深呼吸をしながら、言われたとおりに力を抑えるよう意識した。


 そして集中力が最高潮になったところで、アインツはエイルの後ろをうろうろしながら口を開く。


「『燃え盛る烈火よ、我が咆哮を聞き給え』」


「燃え盛る烈火よ……我が咆哮を、聞き給え……」


「『どうか敵を薙ぎ払い、灰塵と化す力を与えよ』」


「どうか、敵を薙ぎ払い……は、灰塵と化す力を与えよ……」


 アインツは少し怯えながら伸ばしているエイルの手を掴むと、それを支えた。

 そのおかげで、杖はまっすぐ氷の壁へを向けられた。

 そのまま彼が呟いた最後の一言を、エイルは言い放つ。


「――『全てを焼き尽くす業火(ブレイズストーム)』!」


 その時、杖から大きな炎の玉が形成された。

 そう思った途端すぐに前方へ発射され、衝撃で二人は後方へ吹き飛ばされる。


「!? エイル! アインツ!」


 ロバートが慌てて駆け寄ろうとした瞬間。

 火球はものすごい勢いで氷にぶつかり、大規模な水蒸気爆発のようなものが発生した。


<<ヤンソンからの一言メモ>>

魔法の初心者で、魔力を必要以上に込めてしまい事故を起こしてしまうことは少なくありません。

そのためにまずは魔力のコントロールの練習から始めることを、学校では推奨しています。

中には半年以上かけてやっと制御がうまくできる学生だっています。

ですが私の見立てでは、エイル君にはそれなりの素質があるかと。

あの子ならおそらく、数日でマスターしてもおかしくはないでしょう。

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