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5-1. ついにworld Cへ

 ある晴天の冬の昼、エイルはベッドの中にいた。

 今日は冒険者としての仕事もなく、ルイの魔法店も定休日だ。

 だから、今日は読書と昼寝を繰り返すだらけた時間を過ごしていた。

 たまにはこうして無意味な一日を過ごすのも悪くない。


(うう……この背徳感、癖になりそうだなぁ……

 でも流石に夕方にはトレーニングくらいはしないと……

 明日からダンジョンに潜るし、体力を落とすのはまずいよね……

 でも布団気持ちいいし……ふわぁ……)


 エイルは大きなあくびをしながら、掛布団に顔を埋めた。

 そして快楽に身を委ね、再び夢の中に入り込もうとした。



 そんな中、突然部屋のドアがガタンと勢いよく開けられた。


「エイルぅー!!」


 一瞬、誰かが起こしに来たのかと思った。

 しかしその人物がこの場にいるはずないことに気付き、思わず横になったまま振り向いた。


「えっ! リコリス!?

 何でここに――って、うわっ!?」


 リコリスは輝かしい笑顔を振りまきながら、ベッドの中にダイブしてきた。

 そして毛布の中に入り込み、エイルに抱きつき頬をスリスリしてくる。

 彼女からは、とても落ち着く花の香水の香りが漂ってきた。


「うーん……暖かいですぅ……

 エイル、起きたばっかりなんですか?

 何か(わたくし)まで……ふわぁ、眠くなってきちゃいました……」


「ちょっ!? 寝ないで!

 折角の綺麗な服にしわができちゃうよ!」


「えぇ、いいじゃないですかぁ……

 エイルと一緒に寝れるなんて、極上の幸せですよぉ……

 それじゃあ、おやすみなさぁい……すぅ……」


「リコリスー!!」


 リコリスはエイルにしっかりと抱きついたまま、可愛い顔で寝息を立て始めた。

 慌てて彼女を揺さぶるも、起きる気配はない。

 離れようとしても、女性とは思えないほどの強い力でしがみつかれている。

 どうすればこの状況から抜け出せるのか、そもそもどうして彼女がここにいるのか……

 もう頭がパンクしそうだった。


 結局、騒ぎを駆けつけたロバートの助力で、リコリスを引き剥がすことに成功した。




 結局そのまま、リコリスはエイルたちと一緒に夕飯を食べることになった。

 どうやら彼女は仕事が早く終わったらしく、突然エイルに合いたくなってきたそうだ。

 彼女はロバートの指示に従いながら、夕飯の準備を手伝っていた。


「リコリス、この野菜を洗ってくれ」


「はい! 任せてください!」


「――っ!? ちょっ、タンマ!

 オマエ、今その手に持ってるもんを使うな!!」


「……? 野菜を洗うんですよね?

 だから洗剤で洗わないと――」


「はぁぁぁぁ!? 野菜は水で洗うもんだろ!」


「えっ? そうなんですか?

 申し訳ございません……私、料理したことなくって……ううっ……」


「ああっ……! オレの指示出しが悪かったよ。

 もっと細かく説明すっから」


「っ!? ありがとうございます、モーガン様!」


 リコリスはいつもの明るいノリで、ロバートに抱き着いた。

 その瞬間ロバートの顔が急激に赤くなり、見えないはずの湯気が頭から立ち上っているようだった。

 同時に危うく沸騰したお湯から出したばかりのお玉を自分の足の上に落としかけていた。

 

 多分、彼はうぶなのだろう。

 エイルはダイニングのテーブルで2人を見守っていた。


 ……本当は手伝ってあげたい。

 でも、エイルの料理センスは悪意味で化け物級。

 得体のしれない毒物を作り上げるエイルを、ロバートは台所に絶対立たせようとしない。

 だからただじっと座ることしかできないでいた。




 そうしてロバートとリコリスは、和気あいあいと料理を作り続けていた。

 やがてロバートは作り終わったパスタを皆の皿に盛り始めた。

 そこでやっと、エイルは皿運び役として夕食の準備に加わることを許された。


「そう言えば……皆さんにお伝えしましたよね?

 冒険者パーティー”ブルーレース”の格上げについて」


 突然、リコリスが2人に向かって話題を振った。

 しかしエイルもロバートも何のことかわからず、互いの顔を見ながら首を傾げる。

 それを見た彼女は「あれっ?」と言葉を漏らし、何かを誤魔化すように目線を反らした。

 どうやら重要なことを伝えていないのに、言った気になっていたようだ。



 リコリスは一旦咳払いをすると、礼儀正しく2人の方へ体を回転させた。


「本当はロートブラット様とクリスト様がいらっしゃる場でお伝えした方がよいかもしれませんが……

 以前、デザートホエールの討伐を皆さんに依頼しましたよね?

 実はあのクエスト、次の世界の探索を承諾するためのテストだったんです。

 そんな中、皆さんは見事無事にクエストを達成されました。

 ですので……」


「えっ、もしかして……world Cに潜れるようになったっていうこと!?」


 リコリスはエイルに向かって笑顔で返した。

 

 world Cへの潜入許可……

 それはエイル達が一人前の冒険者から、一流の冒険者になったとギルドから認められたことを意味する。

 考えてみれば、world Aで最強生物ノスフェルを倒し、world Bでもそれなりの成果を上げたのだ。

 昇格は理にかなったことなのだろう。

 しかしそうだとしても、簡単な言葉で表現できないほどうれしいのは確かだ。

 


 そんな中、ロバートが少し間の抜けた声で返事をする。


「早くねぇか?

 オレ達がworld Bに潜るようになってから、半年も経ってないぞ?

 ここよりも早く冒険者活動を始めたシルヴィ達でも、まだworld Cに入る許可貰ってないはずだぜ?」


「そう思われるのも当然です!

 普通なら許可出すのに何年もかかりますからね。

 皆様は異例のスピードで出世したんですよ!

 ここまで早いのは、騎士団の方々以来です」


「本当!?」


 リコリスはいつもの無邪気な笑顔で「はい!」と勢いよく返事をした。

 そこでエイルの気持ちは抑えきれなくなり、ぱぁっと顔が一気に明るくなった。

 そのままエイルは、ぎゅっとリコリスに抱き着く。

 一方隣にいたロバートはそれを見て、再び顔を赤らめた。


「――っ!? え、あ……お……う……

 な……なぁ、夕飯できたから、その……2人を、呼んできてくれ……」


「あ、うん! 分かった!

 ついでにさっきのリコリスの話、伝えてくるね!」


 エイルはすぐにリコリスから離れ、ルイとアインツの自室に向かおうと背中を向けた。

 その時リコリスは軽くお辞儀をし、ロバートは変な方向を向きながら調理を再開していた。




 最初に、ルイの部屋の扉をノックした。

 すると彼はすぐに出てきて、夕飯ができたことを察した様子だった。

 だから代わりにエイルはworld Cに行けるようになったことを伝えると、ルイの目元が若干緩んだ。


「……そうか、おめでとう。

 ここまでよく頑張った」


 そう言って彼は、エイルの頭を優しく撫でた。

 その感触は優しい親から褒められるようにぬくもりがあって、とても心地よかった。

 エイルは言葉で感謝を伝える代わりに、にっこりと笑い返した。




 次にアインツの部屋をノックすると、今度は返事がなかった。

 試しに何度もやってみたが、結果は同じだ。


(あれ? 寝てるのかな?

 それとも、何かに集中している……?

 だったら邪魔しない方がいいよね?)


 だが様子を確認するくらいはいいだろう。

 そう思い、エイルは音を立てないようにゆっくりと扉を開けた。



 アインツは、私物が大量に散らばった床の中心に正座していた。

 やはりかなり集中しているらしく、彼は目を瞑ってこちらに気付いていない。

 一体何をやっているかと思うと、バキバキという音がいたるところから聞こえてきた。


(っ!? 氷の塊が、床から生えてきてる!?)


 アインツを中心に、小さな氷がいくつも出てきていたのだ。

 その生成速度はとても遅く、ゆっくりと見覚えの形へと変化していく。

 魔法に疎いエイルでも、この神秘的な光景を見て分かった。

 ――アインツは今、魔法の精度向上の練習中なのだと。



 全ての氷の成長がピタッと止まった時、アインツはゆっくりと目を開けた。


「……? なんだ、いたのか。

 もしかして、夕飯ができたのか?」


「えっ……? う、うん……」


 エイルは目の前の光景に気を取られてしまい、無意識に生返事を返していた。

 邪魔をしてしまったかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 その証拠に、アインツはいつも通り淡々としていた。


「あぁ、これか。

 この前の戦いで少し練習が必要だと感じてな。

 高密度で精密な氷を効率よく作っていたんだ。

 出来としては、まぁ……及第点といったところか」


「へ、へぇ……」


 意外だ。

 天才魔術師と謳われる彼でも、まだ練習を必要とするなんて。

 もしかすると、アインツは自分の想像以上の努力家なのかもしれない。

 プライドは高いが、自分の才能を棚に上げるような人物ではないようだ。



 でも、1つ気になることがある。

 エイルは少し引いた顔で、一番近い氷の彫刻を手に取ってまじまじと見た。


「…………なんでブロッコリー?」


「違う、それはカリフラワーだ。

 よく見て見ろ、蕾が締まっていて茎が短いだろ?

 カリフラワーはかなり複雑で、フラクタル構造という幾何学的構造を持つ美しい植物だからな。

 精度向上の練習にはうってつけなんだ」


「それは、分かるけど……」


 本人はいたって真剣だし、言っていることは理解できる。

 実際氷の彫像はかなり精巧で、手作業では無理なのではないかというくらい蕾1つ1つがとてもリアルだ。

 

 でもアインツの部屋は氷のブロッコリー……いや、カリフラワー畑となっていた。

 その光景があまりにもシュールすぎて、どう突っ込めばいいのか分からない。

 エイルは呆れかえって、言葉が出てこなかった。




 アインツはそんなエイルの気持ちに一切気づくことなく、部屋の外に出た。


「今日のメインディッシュは?」


「……め、明太子パスタ」


「なるほどな。

 じゃあ冷蔵庫からチョコソースを取り出すか。

 チョコと明太子は最高の組み合わせだからな」


「…………なんで?」


 やはり、天才の思考は理解ができない。


<<ロバートからの一言メモ>>

オレはそんな難しいもんは作れないが、栄養にはちゃんとこだわっているぞ?

ただでもオレ達は冒険者として運動しているから、尚更な。

タンパク質、糖質、脂質、ビタミン……全部バランスよく摂取できるようにしている。

ところで……アインツの味覚は何とかならないのか?

既にとりわけ説いたとはいえ、せっかく作った料理が台無しなんだが。

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