外伝Ⅷ ノスフェルvs天才魔術師
これは、world Bにてエイルとロバートがヤンソンを追いかけていたときの話。
2人が魔物に取り囲まれた時にアインツが何とか駆けつけ、彼らを先に行かせた。
直後、ノスフェルが突然彼の後ろの地面から姿を現した。
「キィィィィィィ――!!!」
ノスフェルはアインツを視認した。
すると、鋭く尖った爪を大きく振りかざす。
「……ん?」
アインツは首だけ振り向いた。
そして敵の攻撃が当たる寸前、巨大な氷の壁を形成する。
ガチン――!
ノスフェルの爪は、彼に届くことすらなく弾き返された。
氷にも一切ヒビが入っていなかった。
だが、アインツはわざとそれを崩した。
「へぇ、やっぱりworld Aのアイツとは見た目が全然違うんだな」
アインツの目の前にいる怪物は、物語に登場するメドゥーサに近い外見をしていた。
女性の上半身にベビのような下半身。
顔は人間と爬虫類を掛け合わせたような感じで、頭からは無数のヘビが生えている。
以前エイルが倒した全身樹皮で覆われたノスフェルとは、似ても似つかない姿だった。
「……まぁ、大きくて人間からかけ離れているのは一緒か」
ノスフェルは再び、爪でアインツを引き裂こうとしてきた。
アインツは難なくそれから逃れようと、走り出す準備をした。
しかし相手と目が合った瞬間――
耳鳴りと同時に、体が急に硬直した。
驚いてアインツは必死にもがこうとした。
でも、びくともしない。
(なるほど、これがこいつの魔法……いや、スキルか)
捕まった獲物を見て、ノスフェルは満足そうに微笑んだ。
彼女はそのままアインツを八つ裂きにしようと手を振り下ろす。
その時、尖った氷がその手を貫いた。
「ギヤァァァァァ!!!」
「……はぁ、やっと解放された。
そんな陳腐なもので俺を止められると思うとは、心外だな」
確かに動けないのは不便ではある。
けれども魔法の行使に何の支障もない。
アインツにとって、ただほんの少しだけ制約を掛けられたに過ぎなかった。
ノスフェルは怪我した手を庇いながら、後方へとたじろいだ。
しばらく痛みでのたうち回っていた。
やがてふとした衝撃で刺さっていた氷が取れた。
瞬時、傷口が塞がる。
「……デュラ……チャ…………」
「…………」
ノスフェルが溢した言葉に、アインツは目を伏せた。
発された単語は潜在意識から漏れ出たものだ。
意味は全く成していない。
だがそれが何を意味しているのか、アインツには十分理解できた。
「……安心しろ、必ず殺してやる」
アインツは無数の氷の塊を形成すると、手加減なしで一斉に発射した。
だが、生存本能が働き始めたらしい。
ノスフェルは急に四つん這いになったかと思うと、全身にある硬い鱗を逆立てた。
そしてアインツの氷に向かって飛ばし、全てを打ち落としてしまった。
「まぁ、そう簡単にいくわけないよな」
アインツは安心したかのように、溜息を洩らした。
その矢先、ノスフェルの尾が上空から落とされる。
だが、地面に接することはなかった。
槍のような氷が突き刺さり、アインツの頭の上で止まっていたのだ。
アインツはそのまま、刺さった氷から広がるように相手の体を凍らせ始めた。
ノスフェルは悲鳴を上げて必死に振り払おうとした。
しかし、その間も氷は広がっていく。
もう成す術はないと思ったその時、ノスフェルは自分の体を両断してしまった。
「驚いた、そんなことができる知性が残っているなんてな」
感心するアインツの前で、切り離された尾は完全に凍り付いた。
一方本体の切断面から肉が生え、元通りの形になった。
直後、今度は鱗をアインツに向かって飛ばし始めた。
戦いは長い間、緊迫した状態が続いた。
ノスフェルは鱗を飛ばしながら爪で攻撃し、時には食らおうとしてきた。
しかも鱗がなくなった部分は瞬時に回復し、攻撃が止まる気配がない。
一方のアインツは、防戦しながらも何度も氷をぶつけていた。
しかしどんなに当てても、ノスフェルの体に傷が思うようにつかない。
覆われている鱗がかなり硬い上に、瞬時に回復してしまいほぼダメージが通っていないようだ。
その上睨まれる度に体が動かなくなるため、常に臨機応変に対応せざるを得なかった。
(まずいな、魔法が効きづらいタイプの奴だとは。
そのままだと消耗戦になるだろうが、勝敗はギャンブルになる。
状況とか諸々を考慮すると恐らく……俺の方が少し不利だ)
だがアインツは状況に反して、至って落ち着いていた。
彼は攻撃を躱しながら、どうしようかと少し考え込んだ。
それは一分ほどで終わり、とても単純な解が導き出された。
「”魔法が効きづらい”、なぁ……
簡単な言葉だからよく使うが、本当は好きじゃないんだよな。
事実と言葉の意味が食い違っているからな」
アインツはボソッと独り言をつぶやくと、魔法で何かしら準備をし始めた。
”魔法が効きづらい”という言葉は、魔法のことをよく知らない魔術師が使い始めた言葉だ。
確かに通常の魔法攻撃ではダメージを負わせづらいのは確かで、耐性があるという意味では合っている。
しかし実際は、魔法の使い方に問題がある。
普通魔法で生成されたものは、威力はともかく形や形成方法に深く拘っていない。
氷魔法で例えるなら、ただ適当に氷を作って相手にぶつけているだけに近い。
魔法が効きづらい個体に共通しているのは、『外皮が硬い何かで覆われている』ことだ。
言い換えれば、物理的に頑丈ということになる。
そんな敵に、雑な魔法をぶつけたところで効果がないのは明白だ。
……だが変な常識に囚われた他の魔術師にそれを論じても、糠に釘だ。
そのためこの当たり前の事実を理解している人物はごく一握り。
もちろん、アインツもその一人だ。
であれば、”魔法が効きづらい”相手への理想的な対処法は何か?
答えは簡単。
しっかりと攻撃が通るような魔法を練ればいい。
一か所に集約して放つ、武器のように鋭く尖った魔法を扱う……
方法はいくらだってある。
(一番効果があるのは、高密度のものを高速でぶつけることだが……
今回は色々試したいし、あれを使うのがいいだろう)
アインツは左手に意識を向けた。
頭の中で作りたいものを鮮明にイメージし、それをゆっくりと形作っていく。
固くて扱いやすい、威力と鋭さを併せ持ったもの。
そうして彼の手に握られたのは……
高密度の氷でできた、大剣だった。
ガラスのように透き通ったそれは、暑さのせいで溶けた水できらきらと輝いていた。
しかしアインツが魔力をずっと回しているため、少しも溶けて小さくなる気配はない。
「物理的な戦闘はあまり得意じゃないが……まあいいだろう。
何せこれは、戦い方を試す遊びだからな」
そう言ってアインツは、敵に向かって走り出した。
ノスフェルは、今までと同様に鱗攻撃を繰り出した。
一方アインツも無数の適当につくった氷で弾き飛ばす。
彼は髪を後ろになびかせながら、全速力で駆けた。
ノルフェルの間合いに入ると、尾が彼を圧し潰そうとした。
だがアインツは慣れたように躱し、全力で武器を振り下ろす。
「ギャァァァァァ!!!」
ノスフェルの太い尾は見事に、綺麗に切断された。
アインツは一喜一憂せず、再び大剣を構える。
そして2回目の攻撃を繰り出そうとした。
だが、ノスフェルに睨まれて体が硬直してしまった。
(――あ、忘れてた。
この状態だと大剣を扱うのは無理だな)
彼が動けずに佇んでいる間、ノスフェルは大きな口を開けて食らおうとした。
その時、アインツは思い付きで可能な限り集中力を上げた。
それが最高潮に達した時、周囲に無数の氷の塊が形成され始める。
しかし、今までのようなありきたりなものではない。
武器を作ったときと同等な、高密度で透明な氷だ。
最初は小指サイズだったが、やがて親指、硬貨、拳サイズとどんどん大きくなっていく。
最終的には、細長い槍のような形状となった。
そのままアインツは、クリスタルのような氷を全てノスフェルに向かって飛ばした。
それらはすべて、敵の体を貫通した。
「――――!!!」
ノスフェルは、文字では表せない悲鳴を上げた。
おかげで彼女の気が逸れたようで、アインツの体が動けるようになった。
「ふむ……これ、疲れるな。
かなり有効打だが、神経をかなり使う。
集中力を上げる練習と特訓をする必要がありそうだ」
アインツはやれやれといった様子で、手についた埃を払う仕草をした。
アインツの仮説は正しかった。
魔法の扱い方と練りだし方さえ工夫すれば、どんな敵でも優位に立つことができる。
大剣であまりテストできなかったが、同様に作った槍で効果は実証された。
これなら合格だ。
「くくっ……俺にできないことなんざ存在しない。
俺は一番だ、どんな相手だろうと誰も俺を超えることはない。
それをしっかりと証明してやる……!」
アインツは大剣を持ちながら、ノスフェルに近づいた。
悶えた時の衝撃で刺さった氷が全て抜け、傷口が塞がりつつある。
そんな中、彼はコアがあるであろう頭に狙いを定めていた。
突然、ノスフェルがブツブツと何か言い始めた。
同時に頭から生えた蛇が一斉にアインツの方を向き、口を大きく開く。
(――っ!? 魔法の詠唱か!)
アインツは剣を地面に突き刺し、その場に立ち止まった。
そして再び集中力を高め、別の魔法の準備をする。
(こういう時は、アレを試すのが一番だろう)
蛇の口には、無数の炎の玉が形成されている。
そしてはじけそうなほど大きくなったとその時、一斉にビームのように火が放たれる。
しかしアインツは一切逃げようとしない。
むしろ少しだけ楽しそうに口角が上がっていた。
炎の光線が向かう方向からは、白い煙が立っていた。
ノスフェルはそれを見て、にやにやと笑いだした。
しかし煙の奥にあるものを見た途端に、一気に青ざめていく。
そこにいたのは、無傷のアインツだった。
放っている炎が、一切当たっていない。
むしろ、両手を上げて楽しそうにしていた。
アインツはなんと、相手の攻撃の軌道上に複数の小さい板のような氷を作っていた。
小さな障壁を必要最低限だけ形成して炎を弾き、白い蒸気をずっとあげている。
しかも蒸発と同時に成長を続け、消えることはなかった。
ノスフェルは咄嗟に攻撃の軌道を反らした。
しかしアインツもそれに対応し、氷を形成する位置を変える。
アインツはそのまま、ゆっくりと歩き出す。
「く、くくっ……あははは…………!」
アインツは不気味な笑いを浮かべながら、ジリジリと歩を進める。
一方ノスフェルは、得体のしれない敵に対して焦りを募らせ始めた。
そんな中、アインツは左手を前に出す。
「おいおい、その程度なのか?
これじゃあすぐに決着がついてしまうじゃないか。
だがその前に、次のステップに――」
その時だった。
ノスフェルは急に、アインツとは別の方向を向いた。
何か重要なものを見つけて、じっと観察している。
アインツがその彼女の様子に首を傾げていると、やがて地面に潜ってしまった。
「おい! 待て!!」
アインツが攻撃を繰り出す寸前に、相手は姿を消した。
そして今までの激戦が嘘だったかのように、周囲は静まり返った。
周囲には、焦げ臭い匂いしか漂っていなかった。
「はぁ、まだ本気の半分も出していないのに。
だが……色々成果はあったし、良しとしよう。
さてと、あいつらのところに行くか」
アインツは気持ちを切り替えて、のんびりとその場を後にした。
<<ラトーの一言メモ>>
いやぁ、やっぱり旦那は強いですねぇ。
この世界の最強生物、ノスフェルを相手にしても余裕があるなんて。
しかし、どうしてノスフェルは撤退したんでしょうかねぇ?
何か、優先すべきことがあったので――
(突然、ラトーの目の前の地面からノスフェルが這い出てくる)
ぎやぁぁぁぁぁぁあ!!!
アタシの方が旦那よりも美味しそうってことですかぁ!!??
無理無理! 撤退させて頂きますぅ!!!




