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外伝Ⅶ ヤンソンからの助言

 ある夜、アメトリン酒場はいつものように繁盛していた。

 クライドがせわしなく台所で調理する中、シルヴィ達は客の対応や盛り付けの手伝いなどで走り回る。

 そんな中、ある人物が困った様子で店の中に駆け込んできた。


「いらっしゃいませ――って、エイル!?

 どうしたの? そんなに慌てて」


 シルヴィが近寄ると、エイルはその場で膝に手を置いた。

 そしてしばらく肩で息をしたあと、泣きそうな顔でシルヴィの肩を掴む。


「ねぇ、ブドウタルトのテイクアウトってできる!?」


「え? うん、できるけど……何があったの?」


 シルヴィは状況が読み込めず、少し戸惑った。

 エイルは少し時間をかけて息を整えた後、事情を簡潔に話し始めた。






 事の始まりは、1週間前。


 朝いつものように夢の世界から現実に戻った時、ふとベッドの中で自分が何かを抱えているのに気づいた。


(あ、あれ……?

 掛け布団を抱いちゃったのかな……?)


 そう思い目をゆっくり開けると、そこにあったのは超絶美形な男の子の顔だった。


「うわぁぁぁぁぁ!!! る、ルイ!!??」


 彼はスヤスヤと気持ちよさそうに、エイルにしがみついていた。

 その姿はまるで幼子のようで、とても可愛らしかった。


 だが子供のような見た目と性格をしているものの、ルイは成人している。

 それに起きたら眼前に人形のように美しい顔があれば、誰だって驚く。

 エイルは思わずベッドから落ちてしまい、頭を強く打ってしまった。



 次の日も、その次の日もルイは無断でエイルに添い寝していた。

 その度にエイルは飛び起きて、転げ落ちていた。

 流石に限界だったので、今日ルイ本人に理由を聞いた。

 すると彼はフードを深く被って、目を逸らした。


「だって……寂しいから…………

最近傍にいないこと多いし……」


 気持ちは分かる。

 確かについ最近まで入院していたし、ダンジョンで夜を明かすことだって出てきた。

 エイル自身も、ルイと一緒に寝ること自体は構わなかった。

 甘えん坊の幼い弟が、さみしくてくっついてくるような感じだったから。


「だからって、急には困るよ!

 いつもビックリして、ベッドから落ちてるんだよ!?」


 エイルがそう言うと、ルイは時が止まったのように動かなくなった。

 しばらくそのまま見つめ合っていたが、やがて無表情でそそくさと自室に入りドアをバタンと閉めてしまった。

 そして夜になった今でも、部屋から出てこない。

 ……というわけだ。






「アインツが言うには、拗ねているんじゃないかって……

 ドア越しにどんなに謝っても、全然音沙汰がないんだよぉ!!」


「それは……ご愁傷様……」


 どうやら機嫌を直してもらうために、ルイの好物のブドウタルトを差し入れしたいらしい。

 確かに以前ルイがふさぎ込んでいた時、パナサーがブドウ飴をあげたら元通りになっていた。

 恐らくエイルの考えている方法は当たりだろう。


「で、でも……今ちょうど切らしてて。

 これから店長が焼くみたいだから、少し待っててくれる?」


 エイルは涙目で「うん」と力強く頷いた。

 シルヴィはエイルを支えるように席に案内して、ゆっくりと座らせる。

 そして元気づけに、ノンアルドリンクを出した。


「これ、新メニューだよ!

 よかったら飲んで!

 お代はいらないから!」


「ありがとぉ……シルヴィぃ……」


 シルヴィは嬉しそうにしっぽを振った後、店の仕事に戻ってしまった。

 エイルは彼女の気遣いとドリンクの味を噛み締めながら、タルトができるまで待つことにした。

 オレンジベースのそれは、とても甘酸っぱくてエイルの気持ちを代弁しているかのようだった。




 そうしてしばらく過ごしていると、空いていた隣の席に誰かが座った。

 どうやら新しく来た客のようで、フィーネから水とメニュー表を貰っている。

 エイルはそのやり取りを横目で見ながら、ドリンクを啜っていた。


「……エイル君?」


「え――――ブゥッ!!」


 隣に来たのは、なんとヤンソンだった。

 まさかここで再会するなんて想定外だった。

 エイルは口に含んでいたものを吹き出してしまった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「ゲホッ! ゲホッ! 大丈夫です……」


 そうは言ったものの、気管の奥までドリンクが入ってしまったせいで、落ち着くまでしばらく時間を要した。

 その間ヤンソンは、エイルの背中をさすって面倒を見てくれた。

 なんだか、すごく申し訳ない。


「エイル君……体調はどうですか?

 事件の後始末のせいで、お見舞いに行けませんでしたので……」


「あ、はい、問題ありません。

 ありがとうございます、あはは……」


 ヤンソンは「そうですか」と言った後、水を一口飲んだ。

 エイルもそれを見て、ドリンクを飲んで一旦冷静になるように努めることにした。




「……」


「……」


 気まずい沈黙が流れた。

 エイルは何を話そうかと必死に悩んだが、何も思い浮かばない。


 そもそも、エイルはヤンソンに対して複雑な思いを抱いていた。

 彼は自分が魔力をある程度コントロールできるようになったきっかけを作ってくれた。

 そのことには、とても感謝している。


 しかし同時に、自分の命を奪われかけたのだ。

 最初に出会った時には死にかけたし、次に会った時は殺意を露わにしていた。

 そのせいで、ヤンソンを許せない気持ちがあったのだ。


(なんかすごくモヤモヤする。

 仕返ししたいような、したくないような……

 あ、そうだ!)


 エイルはあることを思い立ち、少し悪い笑顔を浮かべた。


「先生、裏メニューがあるのをご存じですか?」


「……? そうなんですか?」


 ヤンソンは不思議そうに首を傾げた。

 それを見てエイルは、いたずらっ子のようにはしゃぎだす。


「そうなんです!

 折角なのでいかがですか?

 ここでしか味わえない飲み物ですよ!」


「はぁ……」


 不可解そうにしている彼をよそに、エイルは近くにいたユリアを呼んだ。


「”アインツスペシャル”をお願い」


 それを聞いたユリアは、小悪魔のような顔をした。

 どうやらエイルの意図を察したらしい。

 彼女は「任しとき」と言って、台所の方にそそくさと向かった。


「名前から察するに、アインツ君オリジナルの飲み物ですか?

 それは期待できますね。

 彼は誰もが認める天才ですから」


「ふふっ、そうでしょう?

 絶対に忘れられない味を体験できますよ!」


 エイルは満面の笑みをヤンソンに向けた。

 彼は知らないのだ、普段のアインツを。

 だからエイルの本当の狙いを一切理解していない。

 一体飲んだ時にどんな反応をするのだろうかと考えると、エイルは楽しくて仕方がなかった。




 やがてユリアは、コップを持って2人の前に現れた。


「――お待たせ、”アインツスペシャル”やで」


 彼女はヤンソンの前に、持ってきたものを置いた。

 それは綺麗な黄緑色のジュースにバニラアイスを乗せたフロートだった。

 色はとても綺麗で透き通っていて、割と美味しそうに見える。


 ユリアは丁寧に頭を下げた後、別の客の対応に向かって行った。


「なるほど、緑茶ベースでしょうか?

 では早速」


 ヤンソンは飲み物に刺さっていたストローに口をつけた。

 そして慎重に中身を吸い、口の中に含む。


「――っ!? ゴホッ! ゴホッ……!

 何ですか、コレ……!?

 一体何が入っているんですか!?」


 ヤンソンはあまりものまずさに、その場でむせてしまった。



 当然だろう。

 それはアインツの味覚の壊れ加減を確認するために作られた、ユリア特製の破壊兵器だ。

 草独特の味がする青汁に、絶妙な配合で入れられたリンゴジャムとレモン汁。

 炭酸まで入っているのだから、味が大渋滞を起こして後味も最悪。

 加えておまけでついたバニラアイスが溶けることによって、さらにまずくなる。


 因みにアインツ本人は、それを美味しいと絶賛して飲み干したらしい。

 それを見た常連客が興味本位で飲んだところ、全員トイレに駆け込んだそうだ。

 以来、この飲み物はアインツしか飲めないもの……アインツスペシャルと名付けられたのだ。


(これくらいのいたずらは許されるでしょ?

 だって死にかけたんだもん)


 エイルが満足そうにヤンソンを見ると、彼は顔を真っ青にしていた。


「あ、あなた……意外と茶目なんですね?

 これが私への罰、ですか?」

 

「えへへ……」


 エイルは肯定するように、頭を掻いた。

 それを見たヤンソンは、突然深く深呼吸をし始めた。

 そして急に血迷ったかのように、アインツスペシャルとゴクゴクと飲み始める。


「えっ!!?? ちょっ、ヤンソン先生!!!」


 エイルが慌てて止めようとしたが、その間にヤンソンは一気に飲み干してしまった。

 直後コップを勢いよく置き、吐き気を我慢するように口を両手で押さえ始めた。


「うぷっ……私、は……貴方、を、ひどい目……に、合わせ、ました…………

 これ、くらい……は、当然……です……うっ…………」


 ヤンソンの顔色は、青を通り越して真っ白だ。

 体からは大量の冷や汗が出てきていて、かなり震えている。

 しかしトイレに駆け込まずに、必死に耐えていた。

 ……どうやら、度が過ぎたようだ。




 ヤンソンは水を大量に飲むことで、何とかやり過ごした。

 だが完全には調子が戻らないようで、食欲が出ない様子。

 お昼から何も食べてないらしいが、彼は一切食べ物を注文しようとはしなかった。


「すみません、やり過ぎました。

 大丈夫ですか……?」


「な、何とか……明日になれば回復するでしょう……恐らく」


 そう言いながらも、ヤンソンは時々口を抑える仕草をしていた。

 吐き気もまだ残っているようだ。


「しかし、安心しましたよ……

 こんなことを企む元気があれば、もう心配する必要はありませんね」


 エイルはどういう顔をすればいいのか分からなかった。

 心配してくれたことに感謝すべきなのか、少しだけ滲み出ている嫌味に反応すればいいのか……

 どっちが正解なのか、答えを出せなかった。




 そんな中ヤンソンは、話題を変えるために弱々しい声を絞り出した。


「そういえば、魔力の扱いに関してアインツ君から何か言われましたか?」


「……?」


 あまりにも急展開で、エイルの頭が追いつかなかった。

 エイルは少し間を置いた後、少し考えるようにゆっくりと話す。


「ええっと……まぁ。

 今度ダンジョンで、魔力制限の練習をするとか言っていた気がします」


「ええ、それがいいでしょう。

 魔力量が多すぎて体に負荷がかかっていましたからね。

 それに貴方は――」


 そこでヤンソンは言葉を詰まらせてしまい、エイルは首を傾げた。

 彼が何を言いかけたのか、どうして躊躇しているのか分からなかった。

 重大なことだが、何かを恐れて飲み込んだようだった。



 少し気になって突っ込んでみようかと思った矢先、シルヴィがタルトを詰めた箱を持ってきてくれた。


「お待たせ! 用意できたよ!」


「……あっ、そうだった!

 すみません先生、私急ぎの用があったんです!」


 ヤンソンは右手を差し出して、「構いません」とジェスチャーで示した。

 エイルは2人に頭を下げると、大急ぎで店を出てしまった。




 シルヴィが仕事に戻ったあとも、ヤンソンはコップに残った水を堪能していた。

 複雑な顔をして、あることを考えながら。


(エイル君、貴方は魔剣に選ばれてしまったのですね?

 魔力が魔剣由来だからこそ、常識外れの魔力を秘めることができた。

 ……ですが、そのことは誰にも知られないほうがいいでしょう。

 魔剣の村がなくなった以上、騎士団が知れば罰せられるのは確実ですから。

 大丈夫、私はあなたの味方です。

 必要なら、全力でお助けしましょう)

<<数時間後、ルイの自室前にて>>

エイル「ルイ、聞こえる?」

ルイ「……」

エイル「えっと……酒場のブドウタルト、買ってきたんだ! ここに置いておくから、よかったら食べて」

(エイルは皿とフォークと一緒にタルトを一切れ置いた)

ルイ「……」

(部屋のドアがゆっくりと少し開き、黒い袖がぬるっと出てきた。そしてそのままタルトを部屋に引き込む)

ルイ「……おいしい」

エイル「良かった! じ、じゃあ少し話さない? 私、ルイと一緒に寝る分にはいいんだ。ただその……急には困るから……」

ルイ「…………」

(結局、一緒に寝たい時はエイルが寝る前に言うということで落ちついた)

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