4-14. これが責務だから
魔導具が砕けた瞬間、災害のような竜巻は静かに消え去った。
巻き上がった砂や小石も、雨のように降り注いだかと思えば風に乗って何処かへと消えていく。
同時に、役目を終えたモササウルスもドサッと地面に落ちた。
そうしてその場には、静寂と青空が広がった。
「エイル君! しっかりしてください!」
ヤンソンは、その場に倒れてしまったエイルを必死に揺さぶった。
ロバートが魔導具を壊したと同時に、エイルは肉体、精神において限界を迎えた。
不幸中の幸いか、あの膨大な魔力は底をついたようで暴走することはなかった。
しかし、無茶をし過ぎたせいで魂のない人形のように虚ろな目のまま横たわっていた。
(力尽きているだけのようですね……
後遺症が出なければいいのですが……)
ヤンソンはそこまで考えた後、邪念を取り払うように大きく頭を振った。
「先生……エイル、は……?」
顔を上げると、ロバートがブリッタの膝の上でぐったりとしたままヤンソンを見ていた。
どうやら残った魔力は全て体力として戻ったようで、弱弱しくも普通に話せるようになったようだ。
しかし消耗が激しい上に腹に重傷を追っているせいで、動けないらしい。
ヤンソンは少し不器用な笑みを浮かべた。
「……生きています。
しばらく休ませれば、恐らく目覚めるでしょう」
「…………」
ロバートはしばらく彼を見つめていた。
もしかすると、ヤンソンの不安を見抜いていたかもしれない。
だがその場合、彼の気遣いも理解したのだろう。
ロバートは深入りすることなく、そのまま空を見つめた。
「ったく……無茶しすぎ、だ……
こっちが、肝を冷やした……ぞ……」
「人のことは言えませんよ、ロバート君。
血を吐いたり急に倒れたりした時の私の気持ち、少しは察して下さい」
ロバートは傷の痛みを伴いながらも、乾いた笑いを溢した。
魔力を吸われつくされたディックも、今は出血が止まり熟睡している。
ずっと面倒を見ていたイェリン曰く、彼も休めば目が覚めるかもしれないとのことだ。
つまり今回の騒動では、誰も死者が出なかったということだ。
(はぁ……ギリギリだったけど、何とか義務は果たせた。
これでオレは、"罪を背負った技術師"でいられる。
マジでどうなるかと思った……)
ロバートは深いため息を漏らした。
色々考えたいことはあるが、とにかく今は傷を何とかしたい。
そして体を洗ってベッドに横になって……熟睡したい。
(それは無理か……
オレ、被疑者のくせに逃亡したんだったな……
この後、あのエドワードにどんな目に合わされるんだ?)
そう考えると、寒気がした。
まぁ、最悪の事態にならなかったことだけよしとしよう。
もし騎士団から逃げ出さなかったら、今頃何人死んでいたことか……
それと比べれば、このあとの尋問なんか可愛いものだろう。
ふと、ヤンソンがロバートの横に目をやった。
そこにはロバートのポシェットから落ちたレポジティオがあった。
彼はエイルをそっとその場に横にさせると、それを拾い上げた。
「…………」
師弟はしばらく、見つめあっていた。
全てに片が付いた以上、モササウルスをどうするのかが今の最大の問題だ。
ロバートの盗まれた技術で作られた魔道具であそこまで暴走した以上、モササウルスの危険性は明白だ。
ロバートは、全てを受け入れる覚悟をした。
ヤンソンはそのまま、モササウルスの元へと歩いて行った。
そして魔力をレポジティオに流し、そこに収容する。
モササウルスは巨大で頑丈なため、そのまま破壊することはできない。
だが、遺物に入れてしまえば話は別だ。
レポジティオごと壊してしまえば、中のものも一緒に破壊される。
それが一番現実的な、モササウルスの壊し方だった。
ヤンソンは右手にレポジティオを持ったまま、ロバートの真横に立った。
そして彼を見下ろしながら、重たい口を開く。
「……1つ、答えてください。
貴方はどうしてそこまで、技術の暴走の防止に献身的になれるのですか?
正直、ここまで捨て身になれるのは異常としか言いようがありません」
ロバートは口を半開きにした。
彼にとって当たり前のことを、不可解な様子で聞かれたからだ。
一体何か裏があるのかと疑ったが、ヤンソンの真剣な目つきを見て素直に答えることにした。
「それが……技術師の責務、だから。
開発をした以上、それが暴走しないかどうか監視するのが……生みの親の役目だ。
オレはただ……それを全うしただけです」
「……」
ヤンソンは、レポジティオをずっと眺めた。
複雑そうな顔をしながら、頭の中で色々と考えているみたいだ。
しかしロバートは、それを素直に返してくれるとは思わなかった。
何せモササウルスは、ヤンソンにとって恐怖の象徴であるから。
やがてヤンソンは、その場にしゃがみこんだ。
そして震える右手を伸ばし、ロバートの体の上にレポジティオを置いた。
「……は?」
予想だにしていなかったことに、ロバートは呆気にとられていた。
まさか壊すどころか、無傷の状態で返してくれるとは。
ヤンソンの様子を見ると、なんだか無理やり笑っているような歪んだ表情をしていた。
その光景が、さらにロバートの混乱を招いていた。
「その言葉、忘れませんから。
もしあなたの技術が誰かを傷つけたら、今度こそ殺しに行きますからね?」
そういうとヤンソンは、ロバートに顔を見せないように立ち上がった。
そしてそのまま、エイルの方に向かって歩いていく。
ロバートは今起きたことが、全く理解できずにポカンとしていた。
遠くから、黒い人影が近づいているのが見えた。
砂漠に似合わない黒いコートをなびかせて、その人物はゆっくりと近づいてくる。
「あ、アインツ君……?」
アインツは皆が隠れている岩場にたどり着くと、その場にいる全員を一瞥した。
そして顎に手を当てて、状況を整理し始める。
あまりもの冷静さに、ロバートは彼から人間味を感じることができなかった。
「オマエ……ノスフェル、は?」
「逃げられた」
彼が言うには、別れた後しばらくノスフェルと一対一で戦っていたらしい。
そこでいろんな魔術の使い方を試して、かなり遊んでいたようだ。
だがどういうわけか、途中で急に何かに気付いたかのようにどこかに去っていったらしい。
その原因は、アインツにも分からないようだ。
「まだ暴れ足りなかったのに。
ちょうどいい遊び相手だったんだが、深追いする必要もなかったしな。
今度機会があったら続きをしたいものだ」
アインツは少し大げさ気味に頭を掻いた。
ノスフェルと対峙したというのに、彼は無傷だ。
それに加えて、激戦を繰り広げた感じではない。
彼の怪物のような強さに、ロバートは思わず引いてしまった。
アインツはその後、エイルの方を向いた。
意識のない様子を見て、大方何があったのか理解したようだ。
彼は肩を深く落とした。
「はぁぁぁぁ……注意した矢先に、力を使ったのか。
本当に聞き分けの無いやつだな、七番は」
アインツはハンカチを取り出すと、エイルの顔についた血を丁寧にふき取った。
そして背中に担いで、立ち上がった。
「アインツ君、魔力を使うように指示したのは私です。
あまりエイル君を責めないであげてください。
ギリギリではありますが、エイル君は力の暴走を抑えたのですよ?」
「……なんだと?」
アインツは信じられない様子で、ロバートの方を向いた。
彼がしっかりと頷いて見せると、アインツは再び深いため息を漏らした。
「全く、まだ魔力の扱いは早いと思っていたんだがな。
どうやら六番のことを甘く見ていたようだ。
少しカリキュラムを考え直した方が良さそうだ」
「ぜ、ゼクス……?」
エイルに対する独特な呼び方が、急に変わった。
一瞬ロバートは誰のことを指しているのか分からなかったが、理解した時には無意識に笑みをこぼしてしまった。
もしかすると彼の呼び方は、エイルの成長に対するものなのかもしれない。
七から六、つまり一段階強くなったことをアインツは認めたのだ。
アインツは意外にも、素直ではないようだ。
アインツはエイルを背負ったまま歩き出すと、一瞬ロバート達の方を向いた。
「先生、早くそこの重傷者2人を運びましょう。
もうここに留まる理由はありませんからね」
そう言って彼は、後ろを確認することなく出口へと向かってしまった。
<<作者の一言メモ>>
アインツのお遊戯(戦闘)シーンは本章の外伝で描く予定です。
かなりの滅茶苦茶な戦いをしておりますので、ご期待ください。




