4-13. 魔力の扱い方
エイルは首を大きく横に振り続けた。
ヤンソンに自分が魔力を注ぐしかないと言われても、あまりにも怖い。
壊滅した故郷の村、ロバートを傷付けてしまった時の光景……
それだけで、エイルが嫌がるには十分すぎる理由があった。
「強いトラウマになっているのですね?
ですが、それで構いません。
魔力と恐怖には、かなり深い関係があります。
怖い、死にたくない、逃げたい……
そんな負の感情が、魔術師の原動力となるのです」
確か以前、アインツが「魔力は人間の生存本能から生じる」って言っていた気がする。
でも今のエイルには、生きたいという願望は感じられない。
むしろ、誰かを傷つけるのではないかという恐怖だけだ。
そんな状態で、うまく扱えるはずがない。
「ゆっくり……目を閉じてください。
深呼吸も忘れずに。
そして静かに、自分の心臓の音に耳を澄ませてください」
エイルは最初拒絶していたが、ヤンソンが優しくエイルの目を手で覆ってしまった。
そのせいで自然と恐怖が強くなり、無意識に深呼吸し始める。
体の奥から、激しい鼓動が聞こえてきた。
とても早くて、まるで激しい運動をした後みたいだった。
ヤンソンの穏やかな声は、そのまま続いた。
「そう……その調子です。
よくできています。
そのまま私の声に耳を傾けていてください」
彼はそっと、目を覆っていた手を離した。
そしてエイルの右手をしっかりと支えて、魔力を流す方向を指し示す。
その状態で、まるで暗示をかけるかのように話し始めた。
「あなたの目の前に今、もう1人のあなたがいます。
相手は険しい表情で、このように訴えかけます。
『お前はなぜここにいるのか?』、と。
その声はまるであなたの罪を責め立てるかのように、冷たく痛いものです。
逃げ出そうにも、体がいうことを聞かない。
どんなに睨んでも、相手は動じない。
しかし、口だけは動かせる。
この時あなたは、もう1人の自分になんと言いますか?」
エイルは、夢うつつな状態で考え始めた。
自分は、軽い気持ちで魔剣に手を伸ばした。
そのせいで魔剣が暴走し、村が滅んだ。
自分の体と剣が融合するというおまけ付きで。
もう二度と、あんな思いをするのは嫌だった。
だからルイに提案されるがまま、冒険者になった。
そこで魔剣の力が扱えるほどの力を身に着けようと切磋琢磨している。
だったら、答えは1つだ。
「……これ以上、過ちを増やさないため!」
その瞬間、体の中で熱い何かが流れ始めた。
それはヤンソンに支えられた右手に集まり、どこか前方へと向かって行く気がした。
その熱いものはさらに温度が上がり、体中が沸騰しそうになる。
「が――あ――ぐぅ――――!!!」
エイルは痛みのあまり、その場にうずまってしまった。
その間にも熱はさらに高くなり、得体のしれない何かが徐々に浮き上がっていくのが分かる。
それが完全に出てきてしまったら、自分を制御できなくなるのがなんとなく理解できた。
あの時、魔剣を手にしたときと同じように。
「――ぐっ!?」
ヤンソンはエイルの体から溢れ出た魔力が少し弾けた際、後方に吹き飛ばされた。
起き上がってエイルを見ると、あふれ出る魔力を必死に抑え込んでいた。
その顔は、全身にかかる負荷のせいで苦痛に歪んでいた。
(魔力が膨大すぎて、体と精神が耐えられていない!?
そんな事例、聞いたことがない!
外部から魔力を供給しない限り、そんなことには――)
「っ!? エイル君、あなたまさか――」
ヤンソンはそこまで言うと、言葉を噤んだ。
今はそのことを詮索している場合ではない。
何とかして溢れだす魔力を抑える方法を考えなければ、エイル自身が危ない……!
ふと、竜巻の奥が青白く光っているのが視界の隅に入った。
振り向くと、あの魔導具からバチバチと音を立てて火花を散らしていた。
同時にモササウルスの噛む力で、どんどんひしゃげ始めている。
(回路が焼け始めている!
この調子で送る魔力量を増やせば、確実に壊せる!
ですが、そんなことをしたら……!)
ヤンソンは再びエイルの方を向いた。
あの状況で出力を上げたら、どうなるかわかったもんじゃない。
本人はもちろん、最悪この場にいる人全員が魔力の暴走に巻き込まれる可能性だってある。
そんな危ないことを、流石にさせるわけにはいかなかった。
それ以前に、エイルはそろそろ限界だった。
必死に抑え込んでいるものは徐々に大きくなっていて、意識も飛びそうだった。
何となくヤンソンとロバートが心配そうにこちらを見ている気がした。
だが近づこうにも近づけない様子。
その状況を制することができるのは、エイル本人だけだった。
(ダメダメダメ……! 今度こそ我慢しないと!
全身が焼けるように痛いけど、ここで耐えないとまたあの惨劇を繰り返すことになっちゃう!!)
そうエイルは必死に言い聞かせた。
しかし、根性だけで何とかできるようなものではなかった。
激痛のせいで、ある瞬間にブチっと全感覚が遮断された。
痛みも、周囲の音も、何も感じない。
視界も真っ白で、何も見えない。
意識はあるものの、今自分がどうなっているのか全く分からない。
そのせいで、エイルの焦りと恐怖は最高潮に達そうとしていた。
(やっぱ私、同じ過ちを繰り返すしかないんだ…………
それが、私への罰なんだ……は……あははっ……
みんな……本当に、ごめんなさい…………)
エイルは全てを諦めて、何もかもを手放そうとした。
その時、エイルの目の前で走馬灯が走った。
見えているのは、死んだアルメリアに故郷の村で手をひかれる光景。
多分、5歳くらいの記憶だろう。
その時はまだ絶望や嫉妬心というものを知らずに、ただ2人で仲良く遊んでいた。
「ほら、エイル! ぼさっとしないでよ!
今日エイルの誕生日でしょ?
みんな、もう待ってるよ!」
アルメリアは赤い髪を揺らしながら、無邪気な笑みを向けてきた。
そのまま呆気にとられながら、エイルは自分の家まで連れられる。
そして彼女が思いっきり扉を開けた瞬間、また視界が白くなった。
次に流れたのは、最近の記憶だ。
都市に来てから出会った人達が次々と出てきて、皆エイルの名を呼んでは消えていった。
クライド、シルヴィ、ユリア、フィーネ、ヤンソン、パナサー、リコリス……
そして、ロバート、アインツ、――ルイ。
みんな優しい声で呼びかけては、彼ららしく手を振ったりほほ笑んだりしていた。
いつの間にか、エイルの周りにはいろんな人が集まっていた。
それは全て、エイルにとってかけがえのないものだ。
出来ることなら、ずっと皆と一緒に過ごしたい。
そう思ってしまうほどに。
(あぁ……私、こんなに恵まれているんだ。
どうしようもない私を見捨てないで、支えてくれる優しい人達が大勢いる。
皆に、恩返ししたいなぁ……)
そう考えた時、あの龍を倒したおとぎ話の英雄を思い出した。
彼は仲間と共に支えあい、偉業を成し遂げた。
どんな苦難に直面しようとも、決して裏切ることなく。
想像上の人物ではあるけど、たぶんエイルと一緒の気持ちだったのかもしれない。
彼のようになるには、一体どうすればいいのか?
その答えを既に、エイルは持っている。
あの時――world Aで大量の魔物を短時間で屠ったときのアインツ。
彼は不気味な笑みを浮かべて楽しんでいたけれど、あの強さは努力の積み重ねによるものだった。
だったら自分も、一生懸命に鍛錬を積めば強くなれるはずだ。
(”おとぎ話の英雄”のようになるために、私はどんなことでも乗り越えてみせる。
それが、私にできるみんなへの恩返し!
だから、こんなところで……諦めるわけにはいかない!!)
その結論に至ったとき、エイルの視界は元の現実へと戻った。
相変わらず、暴走した魔道具は火花を散らしている。
ロバートが頑張っているものの、まだその努力は実っていない。
流石のエイルでも、まだ注ぐ魔力が足りないことは理解できた。
だからエイルは、自分の願いを糧にさらに暴走する力を強くしようとする。
「っ!!?? エイル君、それだけはダメです!!
これ以上魔力量を増やせば、あなた自身が死ぬかもしれません!!!」
ヤンソンが必死に説得しようとした。
しかし、エイルはそれを無視した。
そんなこと、本人が一番よくわかっていたからだ。
「ぎ――あ――う――っ――――!!!」
痛覚はもうないが、目鼻から血が流れているのがなんとなくわかった。
全身が痙攣し、汗が噴き出している。
もう……いや既に、肉体が限界を突破していた。
だけど、まだ心に余裕はある。
まだ、耐えられる……!
「フーッ……フーッ……!!!」
荒くなる呼吸を必死に整えながら、魔力をさらに上げる。
すると体の震えが大きくなると共に、竜巻の威力が落ち始めた。
そしてエイルが本当に限界を迎えた、その瞬間――
モササウルスが、魔道具を粉々に噛み砕いた。
<<魔法学校一年生向けの教科書より抜粋>>
魔力の放出方法
①精神を落ち着かせ、瞑想状態に入る
②心の中で自己と対話し、自分にとって恐ろしいことを探る
③その恐怖が実現した過去、もしくは未来を思い描く(些細なことでも問題なし)
④体内の血流を意識する
⑤③を防止するためにはどうするべきか、自問自答する
⑥答えを得たところで、それを叶えたいと強く願う




