4-12. Manus Salutis
「くそ……くそっ!!!」
ロバートは地面に蹲りながら、拳を地面に何度も叩きつけた。
悔しくて仕方なかったのだ。
魔力は底を突きた。
傷口も開いたせいで、ろくに動けない。
体力だけ無駄に有り余っているのに、だ。
中途半端で力尽きてしまったせいで、エイルも今気を失っている。
もしかすると、背骨の骨折で体の自由を永遠と奪ってしまった可能性だってある。
そう考えると、自分に対する不甲斐なさは沸々と募るばかりだった。
「ディック、しっかりして!!
目を開けて!! 寝ちゃダメ!!!」
学生達の方を見ると、ディックがイェリンに抱えられながらぐったりとしていた。
鼻から血を流したまま、もう意識が朧気になっているようだ。
顔にも一切覇気がない。
もう残された時間は、少ない。
だが、もう打つ手がない。
どんなに頭を回しても、あの暴走した魔道具を止める術は思いつかなかった。
(これじゃあオレは……技術師の責務も果たせない、ただのマッドサイエンティストじゃないか!?
このままオレの技術のせいで、人が死ぬのを見ていることしかできないのかよ!?
くそっ!!! オレは……オレは……!!!)
ロバートは血を吐きながら、無理にでも立とうとした。
だが、痛みに耐えきれなくなりそのまま倒れ込んでしまう。
「ロバート君……」
ヤンソンは無念に顔を歪ませる自分の教え子を、ただ見ることしかできなかった。
彼自身も、どうすればいいのか分からなかったのだ。
一瞬彼に肩を貸そうかと手を差し伸べようとするも、自分にその資格はないとひっこめてしまった。
ロバートの唇からは、体内から出たのか強く噛み締めて出たものか分からない血がこぼれていた。
それは地面の砂に吸い込まれ、消えていく。
まるで自分の無力さを指し示すかのように。
(せめて……この有り余った体力を魔力に変換できれば!
神でも悪魔でも、なんでもいい……!!
誰か、オレに力をくれ!!
代償は何でも払う、だから、どうか――!!)
その時だった。
一瞬、別の世界に飛ばされたような気がした。
そこは砂漠一面のworld Bとは異なり、海が広がっていた気がする。
空は満点の星空が輝いていて、とても静かで暖かい。
現実とは思えない幻想的な場所だった。
ロバートが呆気にとられている中、ふと彼の耳元で女性の声が聞こえた。
「ᚡᛖᚱᛒᚪ ᛏᛁᛒᛁ ᛟᚱᛏᚪ ᛞᛁᚳᛖᚱᛖ ᚳᛟᚾᛖᚱᛁᛋ?」
「……!?」
振り返ったときには、元の砂漠地帯に戻っていた。
まるでそれが一瞬の白昼夢だったかのように。
聞こえた言葉は、現在の言葉ではなかった。
多分、かなり古い言語なのだろう。
それ故、何を言っているのか分からなかった。
しかし、これが何を意味しているのかは理解できる。
”海の夢”……
それは、スキルを初めて発現させるときに誰もが見るものだ。
一体なぜそれを見るのか、さっきの女性が何者なのか。
謎は多いが、今はどうでもいい。
今”海の夢”を見たということは、ある1つの事実を指し示している。
ロバートは苦笑した。
そして傷口が痛みながらも、ゆっくりとその場にしゃがみこむ。
そして遠くの動かないモササウルスに手を伸ばし、思いついた言葉を口にした。
「……残滓動力転換!!」
その瞬間、彼は糸の切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
ヤンソンは、言葉を失ったままロバートを起こした。
意識はある。
瞬きもしている。
だが全身に一切力が入らないようで、ヤンソンに体をすべて託していた。
なのに、目線だけはモササウルスをしっかりと捉えている。
その時、モササウルスの目に再び光が灯った。
直後ゆっくりと、金属が軋む音を漏らしながら起き上がる。
そして、宙に浮かんで自身の周囲の突風を相殺し始めた。
「まさか……体力を全て魔力に変換したのですか!?」
ロバートは一瞬だけ、ヤンソンの方に目を向けた。
本人なりにその質問に肯定したようだ。
しかし話すことすらできないらしい。
「あなたは……本当に、馬鹿ですね…………
ここが魔物の巣窟だったら、どうする気だったのですか……?」
ヤンソンはロバートを抱えて、声を震わせながら呟いた。
誰にも見られないよう俯いて反らしていたその顔には、僅かながら笑みが溢れていた。
モササウルスはそのまま、竜巻の中心まで泳いだ。
そして大元の魔導具を見つけるやいなや、思いっきり噛み付いた。
そして顎の力を使って、必死に噛み砕こうとする。
(ぐっ……硬すぎる!)
魔導具は、ただメキメキというだけだった。
少しだけヒビが入ったようだが、なかなか壊せない。
このままではモササウルスの顎自体が壊れかねなかった。
その時、ロバートの近くで倒れていたエイルの指がピクリと動いた。
彼が反射的に視線を移すと、エイルの目が突然開いた。
そして背中からバキバキという音を立て、むっくりと体を反らしながら起き上がる。
「ひっ!! え、エイルさん!?」
近くにいた学生達は、思わず悲鳴を上げていた。
当然だろう。
エイルは、死者が蘇生したかのような異様な起き上がり方をしたのだ。
しかも背骨が折れている可能性があったのに、何ともなかったかのように立っている。
流石のロバートとヤンソンも、ゾッとしてしまう光景だった。
「ごめん、気を失っちゃったみたい……
って、ロバート!! どうしたの!?」
エイルは大慌てでロバートの方へ駆け寄った。
どうやら自分が重傷を負っていたかもしれないということに、気付いていないらしい。
ヤンソンはしばらく口をあんぐりと開けていたが、話せないロバートの代わりに状況を説明した。
「どうやらスキルを使用したらしく、反動でこの状態になっているようです。
意識はありますし、私がついていますので大丈夫です」
「えっ!? スキル、持っていたの!?」
ロバートはエイルの顔をじっと見つめていた。
「詳しい話はあとで」と言いたいらしい。
確かに、今はそれよりも大事なことがある。
早く、魔道具の暴走を止めないと。
エイルはヤンソンから大方の現状を教えてもらった。
その間も、モササウルスは魔道具をかみ砕こうと奮闘している。
でも相変わらず、魔道具が壊れる傾向はなかった。
「だったら最初の予定通り、私が剣で真っ2つにします!」
「いえ、恐らく無駄でしょう。
構造から察するに、あの魔道人形の噛む力はかなり強いはずです。
それでも壊れないアレを、人の力で破壊するのは無理があると思います」
ヤンソンの正論に、エイルは顔を下げるしかなかった。
ロバートも目線で、彼の話に同意している。
このままでは、ロバートに全てを任せるしかない。
しかし、今度彼に限界が来てしまったらそれこそ手詰まりだ。
それにもうディックにも限界がき始めている。
何か打開策はないのだろうか?
そんな中、ヤンソンが意外にも話を続けた。
「……ですが、1つだけ方法があります。
エイル君、あなたは遺物の最大の弱点をご存じですか?」
エイルはきょとんとした。
そんな話、聞いたことが無かった。
遺物に詳しいルイでも、そんなことを言ったことはない。
「――魔力過剰です。
魔力を限界以上に送り込めば、遺物の魔術回路は焼ききれます。
豪雨後の川の堤防が決壊して、洪水が起きるのと似ているかと。
それにより、遺物は二度と扱えなくなります。
……もっとも、膨大な魔力が必要になりますが」
そう言うと、ヤンソンはエイルの顔を覗き込んだ。
ロバートは、彼が何を言いたいのかを察した。
でもそれも、かなりの博打であることも分かった。
なのに理性的なヤンソンは、エイルにある提案をする。
「エイル君、理由は不明ですがあなたは恐らく常人の何倍もの魔力を秘めています。
それは、暴走しかけたあなたを見た時に一目瞭然です。
だとしたら、あなたが全力で魔力をアレに注げば回路が焼き切れることでしょう」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。
彼の言う膨大な魔力の正体は、恐らく魔剣の力だろう。
それを使って、遺物を組み込んだあの魔道具を壊そうという算段のようだ。
しかしそれが一体どれほど危険なことか、明白だった。
体が恐怖で震えていることが、エイル自身にもよくわかる。
ヤンソンもそれは分かっているはずだが、エイルはあえて口にした。
「そんなことをしたら、私……また、暴走するかもしれません……
魔力の扱い方も分からないし……
それに……アインツに、止められているんです……『魔法は一切禁止』って……」
ヤンソンは真面目な顔のまま、ゆっくりと頷いた。
「そうでしょうね。
私の提案がどれほど危険なことか、重々把握しています。
仮に制御が上手くできたとしても、それで確実に壊れる保証はありません。
ですが私が思いつく限り、これしか方法はありません」
ヤンソンは近くにいたブリッタを呼んだ。
そして彼女にロバートを託すと、エイルの近くに座る。
彼の顔は、今まで以上に穏やかで優しいものだった。
「大丈夫です、私の言う通りにしてください。
これからあなたに教えるのは、魔術師が初めて魔法を扱うときの訓練の縮小版です。
大半のステップを省かせて頂きますが、あなたたなら十分こなせるはずです。
ゆっくり、深呼吸して……リラックスしてください」
ヤンソンは後ろに回り込み、エイルの右手を取って竜巻の中心へと向けさせた。
<<???の一言メモ>>
――思いついた言葉を、言ってみて?




