楽しい壁生活
私はメイドである。
業務は壁。というのは半ば冗談ではある。気配殺して、いつでもお呼びに馳せ参じるできるメイド、なのだが。
痴話喧嘩にちょっと逃げそびれたなというのは、ある。
まあ、最初はどうでもいい世間話をしていたのだ。お仕事忙しいの寂しいの、一緒にいたいのという可愛らしい訴えは普通の男ならイチコロである。
しかし、当家の旦那様は一味違う。違いすぎて、ちょっとどうかとは思うが。
そうはいってもねぇとのらりくらりと躱していた。そもそも、奥様を金で買ったような形なのに、全く結婚には乗り気ではない。
結婚したのに、いい人見つけて離婚しよ? と奥様におすすめするヘタレ野郎である。
そして、その態度にいらっと来た奥様が責め責めで追い落とし中だ。陥落は近い。使用人の間でもあとどのくらいと賭けが行われており、私はあと半月に給料1ヶ月分を賭けている。
もうちょっと持ちこたえてもらいたいものだ。
と思っているうちに会話の雲行きが怪しくなってきて、逃げ遅れたのが現在である。
「旦那さまは、いつになったら一緒の部屋に寝てくださるの!?」
「ないない。ほら、こんなおっさんの加齢臭……加齢臭が臭いから」
旦那様は半ばから自分でショックを受けていたが、言い切った。涙目になりつつあるが、身を切って骨を立つ戦法悪くないだろう。
ただ、恋する乙女には絶好の口実ってことに気がついてない。
奥様の形の良い唇がにやぁと笑った。歴戦の猛者の風格がある。
「旦那様が臭いってないですわ」
「いやいや、気を使わなくても」
距離を離そうとしても二人掛けソファ。逃げ場、ほとんどない。奥様はよくわかっているので、ゆっくりじっくり距離を詰めて。
「ぜんぜん、わかりませんわ。
いいにおいしてらっしゃいますもの」
妖艶な微笑みにぐっとくるはずの旦那様がひぇえと悲鳴を上げている。そこ、ちゃんとして! と激を飛ばしたくなる。
首筋に顔をというあたりで、うっかり目があってしまった。
旦那様と。
「だ、だめ、だめだって!」
ちっ、ここまでか。
「寝室のご準備してまいりますね」
「ちがーうっ」
脱兎のごとく逃げ出した旦那様。手際がいい。手慣れてきてるな。二、三日に一回はこういう感じだしな。
むしろなぜいままで無事なのか不思議なくらいだ。
まあ、ぼくはおっさんだし、彼女はただの刷り込みみたいなもので、と自分に言い聞かせているあたり、グラグラ来ているのは間違いないのだけど。
「もう少し協力してくれてもよくないかしら?」
少し咎めるように私に言ってくる奥様。気がついていたのか、いなかったのか。気取らせないのはさすが本物貴族出身。
「時期というものがございます。
押し引きが重要かと。一旦、3日ほど他のことをなされては?」
「今、落とせたと思うのだけど」
「寂しいという気持ちを味あわせてやりましょう。
他所で楽しそうにしている奥様を見て嫉妬するかもしれません」
「そうかしら」
「そうです!」
半信半疑の奥様は屋敷のお仕事でもお手伝いしてこようかしらとつぶやいて部屋を出ていった。
今、ではなく、半月後が都合が良い。
ふふふ。がっぽがっぽ、稼いでやります。
後に不正と言われてお取り上げに……。




