好意の示し方
「先輩、相談があるんですが」
すこしばかり困ったように話しかけられたのは、クリスが外出をしようと準備をしている時だった。見れば相手もコートすら脱いでない状態で、見かけたから声をかけたというところだろう。
先日から独立に向けた準備が忙しく、騎士団寮にもあまり顔を出していない。もちろん騎士団長から許可を得てのこと。
「退団日の調整か?」
色々な申請などについては長くいるクリスに聞かれることも多い。あまりにも多いのでマニュアルを作ったくらいだ。
「それは団長とすり合わせ中です。
そうではなくて」
とても歯切れが悪い。クリスは嫌な予感がした。職場の先輩として話しかけられたのでないなら、身内の件だ。
「もしや、リースがなにかやらかした?」
クリスは妹ともあまり顔を会わせていない。最終連絡は手紙で目の前の青年、ゼインの好物は何か? という問い合わせだった。
そのくらい会話で探れと書きつつ、干し果実が好きらしいと情報の横流しはした。
「少し困っているんです」
なにやらかしたんだ。クリスは頭が痛い。
恋愛なにそれおいしいの? というヤツが、ある日突然、恋に落ちるとこうなる。数名の実例を見てクリスは知っていた。
好意のささやかな示し方が極端すぎる。
「ここではなんだから、ちょっと編集部までつき合え」
「今、そっちから帰ってきたばかりなんですが……」
「それなら外で珈琲でも飲みながら聞く」
「……また今度でも」
そういうゼインをクリスは引きずっていくことにした。どう考えても拗れる案件に思えたからだ。
街中にある珈琲店は、近ごろ女性も見かけるようになった。恐々、やってきてはこれが憧れのあの方の好きな珈琲と瞳を輝かせて一口飲んで、無言になる。店員が心得たようにミルクと砂糖をテーブルに置いて皆さまお入れになるようですよと助言する。
よく見た光景である。
「紅茶二つ」
その店で紅茶を頼むのがクリスである。店員の嫌そうな顔は常連だからだ。
「珈琲飲まないのに珈琲店に来るのはどうなんですか?」
「体質に合わないから仕方ない。リースだって飲まないだろう?」
「そう言えば、そうですね」
「ふぅん? 店に一緒に行くくらいには仲良くなったんだな?」
「…………書店の付き合いの礼として、ですよ」
「別に構わない。いい年した妹だ。
で、なにをやらかしたんだ?」
クリスがそう言うとゼインは小箱を取り出した。
「独立祝いともらったんですが、少し高価すぎるんです。
恥ずかしながらあまり詳しくなく、母から良いものだと言われて気がついた次第で」
箱の中にあるのはネクタイピンだ。ごくありふれた白蝶貝と銀のものと見えたが、少し輝きが違った。
「……青銀だな。父方の商いで入ってくるから、うちじゃありふれてるんだが」
クリスは少し困った。やや青みががかった銀色の金属は希少ではあるが流行りのものではない。今のところ好事家が集めることがある程度で高価というと少し違う。
このネクタイピンは良い品だが、高価であるわけではない。
「父のコレクションを譲ってもらったんだろう。
同じようなものが20個はあるんだ。俺も5個くらい持っているし、兄もそれなりに所有しているだろう」
そう言って気がついた。
つまり、それをつけるのはクリスの家族だけだ。
「ま、気軽に使えばいい」
クリスは家族しか使わないようなものを贈る激重感情は言わないことにした。無意識かもしれないのだし。
ゼインはそうですか? と納得がいっていないようだった。
「高価すぎると気になるなら、お返しは領地の歴史本か紋様のあるリボンがいいだろう。リースは伝統を重んじる」
「それでしたら、心当たりがあります」
ほっとしたようなゼインにクリスはちょっとだけ悪い気がした。忙しい時期に妹のことで煩わせるのはやはりまずい気がする。
「リースに少し大人しくしているよう言おうか?」
「気晴らしになるので大丈夫です」
思ったよりきっぱりと言い切られてクリスはそうかと呟く。
ただ、そう言ったゼインのほうがちょっと自分の発言に動揺しているようだった。無意識からの発言のようで、あ、これはそのと言い訳を口にしていた。
これは、長くかかりそうだぞ、妹よ。
クリスは心の中でそう語りかけた。




