episode.5『孤独』
人は変わる。
変われば変わるほど、
周りも変わる。
⸻
最初に消えたのは、
「笑う人間」だった。
俺を馬鹿にしていた奴らは、
気付けば笑わなくなっていた。
笑えなくなったんだ。
昨日までニートだった男が、
毎日働き、
毎日自分を鍛え、
毎日確実に前へ進んでいる。
その現実だけが、
静かに『奴ら』首を絞めていく。
⸻
次に消えたのは、
友達だった。
⸻
「最近付き合い悪いな。」
「そんな頑張って何になんねん。」
「遊ぼうや。」
「人生楽しめよ。」
⸻
本当は俺も遊びたかった。
本当は一緒に笑いたかった。
何も考えずひたすら酒を飲みたかった。
でも、
俺には時間がなかった。
あえて作らなかった。
⸻
今日サボったら、
昨日の俺に負ける。
昨日の俺に負けたら、
昔の俺に戻る。
それだけは嫌だった。
⸻
少しずつ、
誘いは来なくなった。
LINEも鳴らなくなった。
誕生日も、
誰も祝わなくなった。
⸻
でも、
不思議と寂しくはなかった。
⸻
寂しいという感情よりも
悔しかった。
⸻
「ここで止まったら、
『奴ら』の言う通りになる。」
⸻
それだけは死んでも絶対に嫌だった。
⸻
仕事も変わった。
最初は、
何をやっても遅かった。
上司に怒鳴られる。
仕事で失敗する。
また上司に怒鳴られる。
また失敗する……
⸻
帰り道、
ハンドルを握りながら、
何度も思った。
⸻
「俺には向いてない。」
⸻
その度に、
心の中の誰かが笑う。
⸻
「だから言ったやろ。」
「お前には無理やって。」
⸻
赤信号。
車を止める。
バックミラーを見る。
疲れ切った顔。
眠そうな目。
⸻
でも、
その目だけは、
昔と少し違った。
⸻
諦めていなかった。
いや、諦めきれなかった。
⸻
「……黙れ。」
⸻
そう一人で呟く。
誰に言ったのか、
自分でも分からない。
⸻
仕事が終わる。
家に帰る。
飯を食う。
風呂に入る。
筋トレ。
勉強。
ノートを書く。
寝る。
⸻
毎日同じ。
⸻
でも、
ノートだけは違った。
⸻
そこには、
毎日の失敗が全部書いてある。
⸻
今日失敗したこと。
怒られた理由。
次どうするか。
改善策。
⸻
最後に、
必ず一行だけ書く。
⸻
「俺は無敵。」
⸻
誰にも見せない。
見せられない。
こんな物、
恥ずかしいだけだ。
⸻
でも、
その一冊だけは、
嘘をつかなかった。
⸻
一年。
二年。
三年……
⸻
ある日。
新人が入ってきた。
⸻
俺より年下。
緊張した顔。
オドオドしている。
昔の俺を見ているみたいだった。
⸻
案の定、
先輩に怒鳴られる。
また失敗する。
怒られて落ち込む。
⸻
昼休み。
新人は一人で弁当を食べていた。
⸻
俺は隣に座る。
⸻
「怒られました。」
⸻
「うん。」
⸻
「この仕事向いてないです。」
⸻
「俺も言われた。」
⸻
「辞めようかなって。」
⸻
「俺も毎日思ってた。」
⸻
新人は驚いた顔をする。
⸻
「え?」
⸻
「今の『 』さんがですか?」
⸻
俺は笑う。
⸻
「お前は今の俺しか知らんからや。」
⸻
少し間を置いて、
ゆっくり言う。
⸻
「昔の俺見たら、
お前、自信つくで。」
⸻
新人は笑った。
⸻
その純粋な笑顔を見た瞬間。
⸻
俺は初めて気がついた。
⸻
「これか。」
⸻
誰かが立ち上がる瞬間。
⸻
まだ俺は
誰も救えない
もちろん世界なんか救えない。
神にもなれない。
最強でもない。
⸻
でも、
目の前の一人だけは、
少し前を向いた。
⸻
でも、ただそれだけで
あの日の俺は救われた気がした。
⸻
家に帰る。
ノートを開く。
⸻
いつものように、
最後の一行を書く。
⸻
「俺は無敵。」
⸻
……違う。
⸻
その日は、
初めて言葉を書き換えた。
⸻
「今日、一人立ち上がった。」
⸻
その一文を書いた瞬間。
⸻
俺は気付いた。
⸻
俺が証明したいのは、
俺の強さじゃない。
⸻
人は立ち上がれる。
⸻
その証明だったと言うことを……
episode.6『敵』へ続く……




