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『俺には無理。』 ― 最後の砦 ―  作者: Alma.


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3/15

episode1. 「俺には無理。」

雨でもない。


もちろん土砂降りでもない。


そして晴れでもない。


空まで中途半端だった。


まるで、今の俺みたいに。


⸻


朝目が覚めても起きる理由がない。


働いていない。


恋人もいない。


趣味もない。


夢もない。


金もない。


予定もない。


スマホを開けば、必ず誰かが成功しているのが

いやでも目に入ってくる。


SNSにはリア充の集合写真。


友人がボーナスで買ったブランド物。


知り合いが納車された高級車。


友人同士の結婚。


友人の子供の誕生報告。


友人の会社での出世。


長年の夢を叶えました。


そんな投稿ばかり。


俺はそんなつまらない情報ばかりしか

出ないスマホの画面を閉じた。


⸻


「……クソが。」


その一言だけが部屋に響く。


無駄に広い一軒家の一室。


漫画やゴミで散らかった部屋。


夜食を買ったコンビニの袋。


タバコの吸い殻。


いつ買ったのかすら

覚えていない飲みかけのペットボトル。


鏡なんて風呂入ってる時も含めて

何週間も見ていない。


見たところで、変わるものなんてない。

もちろん変える気なんてものもない。


⸻


俺は天井を見つめる。


「無理。」


またその言葉が脳裏を過ぎる。


何回目だ。


百回か。


千回か。


もう数えてない。


数える気すら起きない。


⸻


小さい頃は違った。


消防士になりたかった。


レーサーにもなりたかった。


王子様にもなりたかった。


ヒーローにもなりたかった。


警察官にもなりたかった。


大人になるって、好きな時に何でもできるようになることだと思ってた。


でも違った。


周りの友人は落ち着き、定職に就き、

大学に行き、専門学校に行き、

そして恋人ができ、結婚をして、

子供ができ、マイホームを買い……


大人になるって、


何を諦めるかを覚えることだった。


⸻


「現実を見ろ。」


「夢なんか食えへん。」


「普通に生きろ。」


「こんなことは当たり前。」


その”普通”や“当たり前”で、


誰が幸せになった?


俺にはさっぱり分からなかった。


⸻


スマホが鳴る。


友達からのメッセージだった。


「今日遊びに行かへん?」


返信しない。


違う。


返信ができない。


遊ぶ金がない。


みっともない状態で会いたくない。


つまり


今の自分を見られたくなかった。


⸻


窓を開ける。


冷たい風が入ってくる。


街では人が歩いている。


会社へ向かう人。


学校へ向かう学生。


遊びに出かける家族。


友人と楽しそうに話す子供たち。


みんな、どこかへ向かっている。


俺だけが無駄に広い一軒家の1部屋に

止まっていた。


⸻


「俺の人生、終わったな。」


その言葉を口にした瞬間だった。


窓ガラスに映った自分と目が合う。


ボサボサの髪。


死んだ魚みたいな目。


覇気のない顔。


痩せこけた頬


生きているのに、生きていない。


⸻


数秒。


自分を見つめた。


そして。


なぜか笑った。


理由もなく笑った。


「……情けな。」


その笑いは、


自分をバカにする笑いだった。


つまり嘲笑というやつだ。


でも、その奥底で。


今まで一度も聞いたことのない声がした。


⸻


「このままで終わるんか?」


⸻


俺は黙った。


部屋も黙った。


雨も止んだ。


世界が静かになる。


⸻


無意識に鏡の前まで歩く。


震える手で、


数ヶ月ぶりに鏡の前に行き

ホコリが少し被った鏡の中の

モノをまっすぐ見る。


そこには、


世界一弱い男が立っていた。


⸻


俺は鏡の中のそいつに言ってやった。


「今日からお前は無敵や。」


沈黙。


数秒後。


自分で吹き出した。


「ははっ……。」


「無敵?」


「何言うてんねん。」


「アホちゃうか。」


誰よりも自分が信じていなかった。


バカバカしい、それだけだった。


それでも。


その日。


世界一弱い男は、


世界一大きな嘘を自分についた。


⸻


その嘘が、世界を変えることになるとは。


まだ、誰も知らなかった。

episode2.「仮面」に続く。

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