episode10.『神』
「神って、おると思いますか。」
その質問は、あまりにも突然だった。
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夜だった。
一人でいつも考え事をする時に行く
公園のベンチの上
雨上がり。
アスファルトが街灯を映している。
自販機で買った缶コーヒーの湯気が、
冷えた空気に溶けていく。
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隣に座っていたのは、年配の男だった。
白髪。
深い皺。
無口そうな男。
初めて話す相手だった。
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「急にどうしました?」
俺は笑った。
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老人は缶コーヒーを一口飲む。
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「昔な。」
「息子がおった。」
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その声のトーンだけで分かった。
もう、この世にはいない。
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「病気やった。」
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「助けたかった。」
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「何もできへんかった。」
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沈黙…
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「神がおるなら。」
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「何で連れていったんやろな。」
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雨水が一滴、ベンチから落ちる。
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俺は何も答えられなかった。
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「俺はな。」
老人は笑う。
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「若い頃、神様なんか嫌いやった。」
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「でも今は。」
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「おるんやったら、一回だけ会ってみたい。」
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「怒鳴りたい。」
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そう言って笑った。
でも、その笑顔は悲しみに満たされていた。
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そして老人は立ち上がる。
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「家に帰るわ。」
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「兄ちゃん。」
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「後悔だけはするなよ。」
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そう言い残して歩いて行った。
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一人になる。
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「神か…」
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俺は空を見る。
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雨上がりの暗い曇天。
星は出ていない。
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雲だけが流れている。
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「もし神がおるなら。」
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「何してんねん。」
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思わず口に出た。
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「何で苦しむ人を放っとく。」
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「何で悲しむ人がおる。」
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「何で罪の無き子どもが泣く。」
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「何で夢を諦める。」
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「何で…」
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「何で…」
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「何で…」
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いくら考えても答えはない。
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公園の前の大通りを
大型トラックが走り抜けていく。
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ゴォォォ……
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通り過ぎたら
再び公園に静寂が訪れる。
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その静けさの中で、
ふと思った。
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「もし…」
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「神が居ないなら…」
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「誰が最後に手を伸ばす?」
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その瞬間だった。
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忘れかけていた
昔の記憶が一気に蘇る。
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「お前には無理。」
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「夢を見るな。」
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「現実見ろ。」
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「お前なんかには無理だ。」
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全部、
全部、
全部。
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俺は、
ずっと待ってた。
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誰かが来てくれることを。
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誰かが、
「大丈夫。」
って言ってくれることを。
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誰かが、
最後の一人になってくれることを。
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誰かが支えてくれることを…
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でも、
誰も来なかった。
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だから、
俺は一人で立ち上がり続けた。
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そして今。
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新人が再び立った。
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あの時の百円を渡した男も、
笑って歩いていった。
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何人かは、
また前を向いた。
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俺は、
何をした?
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特別なことなんかしてない。
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金も渡してない。
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権力もない。
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奇跡も起こせない。
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魔法も使っていない。
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ただ……
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「もう一回走れ。」
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そう言っただけだった。
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……
……
……
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その時。
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雷が鳴る。
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夜空が一瞬だけ白く光る。
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俺は笑った。
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「そういうことだったのか…」
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神は、
空の上におるんちゃう。
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神って、
奇跡を起こす存在ちゃう。
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神って…
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誰かが絶望した時。
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最後まで手を離さん人間のことや。
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俺は、
ずっと神になりたかった。
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ずっと世界を救いたかった。
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でも違う。
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世界なんか、
こんなちっぽけな人間
一人じゃ救えへん。
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でも…
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目の前の一人ひとりだけなら。
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今日、今、この瞬間に
救えるかもしれん。
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それを
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ただただ、
何十年も続けた人間だけが。
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いつか、
誰かにこう呼ばれる。
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「神。」
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その夜。
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帰宅し、ノートを開く。
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ゆっくり書く。
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神とは…
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少し考える……
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そしてペンを走らせる。
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悲しみも、
苦しみも、
怒りも、
痛みも全て知った上で、
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『それでも希望を捨てない人間。』
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そっとノートを閉じる。
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部屋の電気を消す。
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また暗闇の中で、
一人だけ笑う。
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「まだ…」
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「全然足りへんな…」
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「もっと強くならなあかん。」
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窓の外では、
既に夜明けが始まっていた。
朝日と共に新たな誓いを立てたのだ。
episode11.『破壊神』へ続く……




