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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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メモ26 門番の見た朝

 ギルドへ戻ると、ミアは報告を聞く前から顔をしかめていた。


「泥だらけじゃない」 「そっちが行けって言ったんですよ」  ボイルが言う。 「道しるべ、誰かが板だけ入れ替えてた」 「しかも急ぎ便を落とすつもりで」  ネスが続ける。 「薬師組合の荷が、南道のぬかるみに突っ込んでた」


 ミアの目が細くなる。


「……本当に?」 「本当です」  レオンが答える。 「西を指す板だけ、釘の周りが新しかった。泥のつき方も、手で触った跡みたいでした」 「で、御者は?」 「助けました」  エドが言う。 「荷もたぶん間に合う」


 ミアは一度だけ深く息を吐いた。それから帳面を閉じ、机の上を指で二回叩く。


「ボイル、ネス、先にドガンへ報告」 「おう」 「エドは……」 「ついてく」  エドが先に言った。 「どうせまた、こいつ一人だと余計なとこまで拾う」


 ミアは少しだけ考えてから、レオンを見る。


「あなたは私と来て」 「どこへ」 「門番のところ。板が替わってたなら、あいつらが何か見てるかもしれない」


 そう言ってから、机の引き出しを開ける。銅貨を二枚、ぽんと置いた。


「あと、これ。さっきの分」 「もう出るんですか」 「うちはそういうとこだけ早いって言ったでしょ」 「助かります」 「安いわね、ほんと」


 銅貨を受け取り、木札と一緒に握る。

 泥だらけの仕事のあとに、金が返ってくる。それだけで、町の空気が少しだけ自分の方へ傾いた気がした。


 西門の門番は、午前中と同じ二人だった。


 背の高い方がこちらを見るなり、嫌そうに眉をひそめる。


「何だ、また揉め事か」 「揉め事じゃない」  ミアが言う。 「確認よ。西の分かれ道の板、誰がいじったか知らない?」 「知らん」  返事が早すぎた。


 ミアは腕を組む。


「聞き方を変える。今朝、“板が新しくなった”って笑ってた荷車がいたって話があるけど」  門番の顔が、ぴくりと動いた。


 もう片方の、眠そうな顔をした門番が舌打ちする。


「余計なこと言ったな、あいつ」 「知ってるのね」  ミアが低く言う。


 背の高い門番が、露骨に面倒そうな顔になった。


「知ってるってほどじゃねえよ。ただ、朝一で出た荷車の御者がそう言っただけだ」 「どんな荷車」 「薬師組合の印。箱は軽そうだった」 「御者の顔は?」 「知らんよ。いちいち覚えてるか」 「覚えてるかもしれませんよ」  レオンが口を挟む。


 二人の門番が同時にこっちを見た。


「何だ、お前」 「朝の話なら、変わったところだけ聞けば覚えてるかもしれないです」 「……変わったところ?」  眠そうな方が聞き返す。


 レオンは少しだけ間を置く。


「例えば、笑い方とか。馬の色とか。荷車の車輪に泥がついてたかとか。御者が先に板を見たか、門番さんの顔を見てから言ったか、とか」


 門番たちは顔を見合わせた。


 すぐに答えが出なかったところを見ると、まるで覚えていないわけではないのだろう。


 背の高い方が、しぶしぶ口を開く。


「……馬は栗毛だ」 「一頭立て?」 「二頭」 「荷車は」 「荷台が浅い。側板に傷があった」 「御者は」 「若い男。帽子を深くかぶってた」


 眠そうな方が、そこでぽつりと言う。


「笑い方、変だったな」 「何が」  ミアが聞く。


「板が新しくなった、って言うくせに、板そのもの見て笑ったんじゃねえ。こっちの反応見てた」 「反応?」 「俺らが信じるかどうか、試すみたいな顔してた」


 レオンの背中を、小さな冷たさが走る。


 ただ道を間違えた御者ではない。

 知っていて、わざと話した。

 しかも門番がどう受け取るか、確かめるみたいに。


「その前後で、板の近くにいた奴は?」  ミアが問う。


「朝の鐘の少し前に、いた」  今度は背の高い門番が答えた。 「板の下で何かしてる影が見えた」 「何で言わないのよ」 「役所の道直しかと思ったんだよ。腰に金槌下げてたし」 「顔は?」 「よく見えん。外套かぶってた」 「男?」 「たぶんな」


 レオンは門の外の道を見た。


 朝の鐘の前。

 金槌。

 外套。

 板の下で何かしていた影。


 そこへ、眠そうな門番が「あ」と小さく声を上げた。


「そうだ。そいつ、変なこと聞いてた」 「何を」  ミアが身を乗り出す。


「西へ行く荷について」 「薬師組合の荷?」 「いや、もっと変だ。薬師小屋じゃなくて……」


 そこで門番は眉を寄せる。


「古い記録小屋、って言ってた」 「記録小屋?」  レオンが思わず聞き返す。


「西の外れにあるだろ。昔の紙を置いてる小屋。今は古記録管理所とか何とか」  ミアの顔つきが変わった。


 レオンの胸の奥も、ひやりと冷える。


 セイルが向かった先だ。


「何て聞いたんですか」  レオンは一歩前へ出る。 「そのまま。“古い記録小屋へ行く荷は今日あるか”って。そんなもん、門番が知るかよ」


 背の高い門番が吐き捨てるように言う。


「俺は“知らん、役所に聞け”って返した。そしたら、ああそうか、って笑ってた」 「笑ってた」  レオンが繰り返す。 「うんざりする笑い方だった」  眠そうな方が言う。 「人の話なんか最初からどうでもよさそうな」


 ミアがしばらく黙る。


 風が、門の外から乾いた土の匂いを運んでくる。広場のざわめきはここまで届かず、代わりに遠くの荷車の軋みだけが薄く聞こえた。


「……偶然じゃないわね」  ミアが低く言った。 「道しるべを替えたのも、薬師組合の急ぎ便を落としたのも、少なくとも“西へ行くもの”を気にしてる」


 レオンの頭の中で、今までのずれが並ぶ。


 荷札の混ざり。

 薬草箱の入れ替わり。

 採取品の混ぜ物。

 道しるべ。

 そして、古記録管理所。


 まだ全部は繋がらない。

 でも、西へ行くものをずらしたい誰かがいる。


「セイルさん」  口に出した瞬間、ミアがこちらを見る。


「知り合いなの?」 「はい。今、古記録管理所へ行ってるはずです」 「……面倒くさいことになってきたわね」 「最初から面倒でしたよ」  エドが後ろから言う。


 いつの間にかついてきていたらしい。ボイルとネスも一緒だった。報告を済ませて戻ってきたのだろう。ボイルは事情を半分くらい聞いていたような顔で、門の柱へ背を預けた。


「で?」 「西へ行く荷を狙ってる奴がいる」  ミアが言う。 「しかも古記録管理所の荷まで気にしてた」 「記録小屋?」  ネスが眉をひそめる。 「ただの古紙の山じゃないのか」 「表向きはね」  ミアが答える。 「でも“ただの古紙の山”なんか気にする奴は普通いない」


 ボイルが槍の石突きを地面へ軽く打つ。


「追うか」 「今から?」  エドが聞く。 「板替えの犯人を?」 「犯人そのものじゃない」  ネスが言う。 「まず西だろ。古記録管理所に、実際に何か届く予定があるのか確認する」


 ミアは一瞬だけ考え、それからレオンを見る。


「行ける?」 「行きます」 「早い」 「行かない理由がないので」 「その返し、最近ちょっと好きになってきた」 「褒めてます?」 「三割くらいは」


 ボイルがすぐに言った。


「進歩だな」 「誰が」 「お前ら全員」


 門番の二人はもう関わりたくなさそうな顔で黙っている。

 だが、今さら「知らない」で済む話ではないと、向こうも分かっている顔だった。


 レオンは胸の内側の紙を指先で押さえる。


 名前の書かれた証明書。

 神殿の照会。

 そして、古記録管理所へ向けられたずれ。


 追放された村の外で、また記録にまつわる何かが動いている。


 ボイルが先に門をくぐる。


「行くぞ、気持ち悪い方」 「その呼び方、本当に定着させるんですか」 「嫌なら、役に立たない方になるか?」 「それは嫌です」 「じゃあ諦めろ」


 ネスが小さく笑い、エドは「俺はまだ反対だからな」と訳の分からない抵抗をしていた。


 西へ向かう道は、昼の光の中でも少しだけ冷たく見えた。

 そしてレオンは、その先にある古記録管理所の屋根を、まだ見えもしないのに思い浮かべていた。

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