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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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メモ27 古記録小屋

 西へ向かう道は、町の中ほどとは空気が違っていた。


 人通りが少ない。店も減る。代わりに、低い石壁と、使われなくなった荷台と、古い倉庫みたいな建物が増える。風が通るたび、乾いた紙と土の匂いが混ざって鼻をかすめた。


「本当にこんな外れにあるのか」  ボイルが言う。 「古い記録小屋」 「小屋じゃないです」  ミアが歩きながら返す。 「今は一応、古記録管理所。名目だけは立派」 「中身は?」  ネスが聞く。 「古い紙の山」


 言い方は雑だったが、どこか気にしている顔だった。


 レオンは西の空を見た。昼はまだ高い。だが、光がまっすぐ落ちる分、影も濃い。道の端に置かれた木箱の隙間、使われていない荷車の下、石壁の向こう。どれも妙に見やすくて、妙に落ち着かない。


 前を行くボイルが足を止めた。


「あれか」


 道の先に、小さな門が見えた。


 古記録管理所は、思っていたよりもずっと地味だった。


 高い建物ではない。石造りの平屋を中心に、木の倉が二つ、低い塀で囲まれているだけだ。看板も小さく、字がかすれている。知らなければ、古い荷倉か、閉じかけた役所の出張所にしか見えない。


 だが門の前には、荷車が一台止まっていた。


 布をかけた木箱が三つ。御者はいない。馬だけが退屈そうに尾を振っている。


「荷だ」  ネスが言う。


 ミアの顔が少し険しくなる。


「昼前に荷が入るなんて聞いてない」 「聞いてないって、お前ここの担当じゃねえだろ」  ボイルが言う。 「担当じゃない。でも古記録管理所に入る荷は、たいがい受付を通るの」 「今回は通ってない?」 「少なくとも私は知らない」


 門は半開きだった。


 ボイルが先に手をかける。

 だが、その時だった。


「開けるな」


 低い声が、中から飛んできた。


 全員が止まる。


 門の影から出てきたのは、セイルだった。


 灰色の服に埃がついている。革鞄は肩にかけたまま。いつも通りの平たい顔だが、目の下だけが少し深い。


「……無事だった」


 思わず漏れた声に、セイルは一度だけこちらを見た。


「今のところは」


 それだけ言って、門の内側へ顎をしゃくる。


「足元を見る」


 レオンはすぐに視線を落とした。


 門の敷石に、細い黒い粉が散っている。紙を焼いた灰ではない。もっと粗い。墨を削ったような粉だ。しかも、内側から外へではなく、外から内へ踏み込まれている。


 ボイルが顔をしかめる。


「何だこれ」 「封印墨」  セイルが答える。 「記録箱の封を開けた時に使う」 「じゃあ」 「誰かが荷を開けている」


 レオンの胸の奥が冷える。


 西へ行く荷。

 古記録管理所。

 道しるべの改竄。

 そして、封を開けた跡。


「中に誰かいるんですか」 「さっきまではいた」  セイルが言う。 「逃げた」 「追わなかったのか」  ネスが問う。 「追うより、残された方を見るべきだと思った」


 その言い方で、レオンは少しだけ安心した。

 追うより、残されたものを見る。

 その判断は、たぶん《記録》に近い。


 門をくぐる。


 中庭は狭い。石畳の上に、紙を入れるための木箱と、縄と、古い樽。平屋の扉は開いていて、中から乾いた紙の匂いが流れてくる。嫌いではない匂いだった。むしろ、妙に落ち着く。


 だが、その匂いに混じって、別のものもある。


 油。

 湿った土。

 そして、少しだけ甘い匂い。


「匂袋」  レオンが小さく言う。


 ミアが目を見開く。 「ここでも?」 「薄いです。でも、あります」 「……気持ち悪いな」  ボイルが言った。 「褒めてないぞ」 「分かってます」


 平屋の中には、木棚が並んでいた。


 巻物。紙束。木板札。封のされた箱。どれも新しいものではない。人が少ないのだろう、整理はされているのに、使い込まれた感じが薄い。静かすぎる場所だった。


 その中央に、箱が一つ開いている。


 封の縄は切られ、蓋がずらされていた。中に入っているはずの紙束は、半分だけ抜かれている。


「どれが抜かれたんですか」  レオンが聞く。


 セイルが箱の内側を見せる。


「西街道沿いの古い納品控え」 「納品控え?」 「誰が、いつ、どこへ、何を運んだかの古い記録だ」 「……それを抜く意味、あるのか」  ボイルが言う。


 セイルは少しだけ黙った。


「薬師組合」 「え?」  ミアが聞き返す。 「ここ十年の西街道納品控えのうち、抜かれているのは薬師組合関係だけだ」


 部屋が静まる。


 レオンは箱の中を見る。

 残った紙束。

 抜かれた隙間。

 ついている札。


 表紙に残る題字は、かすれているが読めた。


 西街道納入控え 薬材・乾燥品


 薬材。


 急ぎ便。

 薬師組合。

 道しるべ。


 点だったものが、少しずつ寄ってくる。


「じゃあ、さっきの道しるべも」  ネスが言う。 「薬師組合関係の荷を遅らせるため?」 「たぶんそうだろう」  セイルが答える。 「少なくとも、偶然ではない」


 レオンは箱の縁に触れた。


 木はまだ少し温かい。

 ついさっきまで、誰かがここにいたのだ。


「他には」 「隣の棚も触られてる」  セイルが指した。


 その棚には、小さな木板札が何枚も並んでいる。場所名と年号を書く札だろう。そのうち二枚だけ、差し込み方が浅い。急いで戻したのか、まっすぐ入っていない。


 レオンはそのうち一枚をそっと引き出す。


 西外れ薬師小屋 納入控え 七年前


 もう一枚は、


 西外れ保護院跡 移送控え 八年前


 保護院跡。


 その文字を見た瞬間、胸の奥が強く鳴った。


「どうした」  セイルが聞く。


 レオンはすぐには答えられなかった。

 保護院。

 村ではぼかされていた言葉。

 家族の件の近くで、何度も気配だけ出てきた場所。


「……それ」  声が少しかすれる。 「前にも、似た言葉を見ました」


 セイルの目が細くなる。


「どこで」 「村の神殿書庫の、薄い帳簿です。全部じゃないけど、保護院って」 「……そうか」


 ミアが二人を見比べる。


「知ってる場所なの?」 「知らない」  レオンは首を振る。 「でも、知らないままじゃない場所です」


 自分でも変な答えだと思った。

 だが、それが一番近かった。


 ボイルが棚の前へ立ち、腕を組む。


「つまり、道しるべ替えて薬の荷を遅らせて、その間にここで薬師組合の古い記録を抜く。そこに保護院跡の札まで混じる」 「雑に見えて、狙いは絞られてる」  ネスが言う。 「嫌な感じだな」 「ええ」  ミアが答える。 「すごく嫌」


 その時、レオンの鼻にまた、かすかに甘い匂いが触れた。


 箱ではない。

 棚でもない。


 もっと低い位置。


「下」


 気づくと、しゃがみ込んでいた。


 床板と棚の隙間。そこに、小さな布片が引っかかっている。灰色の外套の端だ。泥と墨がついていて、匂袋の甘さも薄く移っている。


「これ」  レオンが摘み上げる。


 セイルが受け取り、指先で広げた。

 布の端には、ごく小さく白い粉がついている。


「石灰」  レオンが言う。 「薬箱の湿気取りに使ってたのと同じかもしれません」 「つまり、薬材の荷にも触ってる」  ミアが言う。


 セイルは短くうなずき、布片を革鞄へ入れた。


「これは持っていく」 「どこへ」  ボイルが聞く。


 セイルは一拍置いてから言った。


「まずは、ここの管理人に話を通す。そのあと、薬師組合」 「神殿じゃなく?」  ネスが問う。


「今これを持って神殿へ行けば、消える」  セイルの声は平らだった。 「少なくとも、私はそう思っている」


 レオンは、その言葉を黙って聞いた。


 神殿はまだ遠くない。

 村を出ても、照会の紙は届いた。

 そして今、ここでも記録にまつわる何かが動いている。


 でも、それをすぐ神殿へ渡さないと決める大人が、この町にはいる。


 それだけで、少しだけ息がしやすかった。


 外から、誰かの足音がした。


 全員の視線が扉へ向く。


 入ってきたのは、痩せた老人だった。背は低いが、目だけ妙に鋭い。片手に鍵束、もう片手に紙袋を提げている。中の様子を見るなり、顔色が変わった。


「……誰が開けた」


 かすれた声だった。

 けれど、それだけで空気が張る。


 セイルが一歩前へ出る。


「あなたが管理人ですか」 「そうだ」 「ちょうどいい。聞きたいことがあります」 「わしもだ」


 老人の目が、開いた箱と、ずれた札と、レオンたちの泥のついた靴を順に見ていく。


「その前に」  老人は低く言った。 「ここで何を見た。ひとつも省くな」


 レオンは、息を小さく吸う。


 この人には、順番で話した方がいい。


 そう思った時にはもう、頭の中で見たものが並び始めていた。

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