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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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メモ24 照会の紙

「神殿からの照会だって」


 その一言で、広場のざわめきの質が変わった。


 ただの新しい依頼を見に集まる時の騒ぎじゃない。

 面白がる声と、距離を取る気配と、関わりたくない空気が、一度に混ざる。


 レオンの指先が、銅貨ごと冷えた。


 ミアが真っ先に動く。


「どいて」


 人垣を肩で割って、掲示板の前へ出る。ネスとボイルもついていき、エドは半歩遅れてレオンの横についた。


「お前、行くなよ」 「でも」 「行くな。今は顔出すと面倒が増える」


 それはたぶん正しかった。

 正しいのに、胸の奥が少しだけざらつく。


 人垣の向こうで、ミアが紙を剥がす音がした。


「……何これ」


 苛立った声だった。


 少しして、彼女が紙を持ったまま戻ってくる。さっきまでの忙しい顔とは違う。仕事の苛立ちではなく、もっと冷たくて、はっきりした警戒の顔だった。


「レオン」 「はい」 「これ、あんた宛てというか、あんたのことね」


 紙を差し出される。


 白い紙。神殿の印。短い文。


 照会。レオン・グランツなる《記録》持ちの若者について。身元確認が済むまで、金銭・帳面・公的文書・依頼管理に関わる作業を任せぬこと。神殿照会に従い、所在を報告されたし。


 短いのに、息苦しくなる文だった。


 ボイルが横から覗き込む。


「何やったんだ、お前」 「やってない」 「そう言う奴は大体何かやってる」 「お前は黙ってろ」  エドが言う。


 ネスが紙を見たまま眉をひそめる。


「神殿照会って、こんなふうに広場の掲示板へ貼るもんか?」 「普通は受付へ持ってくる」


 ミアが即答した。


「しかも、ギルド宛ての正式な照会なら、窓口名と受領欄がある。これ、ただ“従え”って書いてるだけじゃない」


 レオンは紙を受け取らず、目だけで追った。


 印。日付。紙の折り目。文の並び。


「……おかしい」


 気づくと呟いていた。


 ミアが目を細める。


「何が」 「日付」 「日付?」 「今日の日付なのに、朝の鐘より前に書いた文じゃないです」


 ミアが紙を見直す。


「何で分かるの」 「墨の乾き方が違う。本文の最後だけ、少し滲みが浅いです。急いで最後を足した」 「……また始まった」  エドが小さく言う。 「何回目」 「五回目くらい」 「数えるなって」


 だが、ミアは笑わなかった。


 彼女は紙を光へ傾ける。たしかに、文末の「所在を報告されたし」だけ、筆圧も墨の濃さも少し違った。


「後から足した?」 「たぶん」 「たぶんじゃなくて?」 「……かなり」 「そこは言い切りなさいよ」


 ラドも帳面を抱えて寄ってきた。


「何だ何だ、今度は神殿かよ」 「レオンに照会」 「仕事が早いな、あっちも」 「感心してる場合じゃない」


 ミアは紙をラドへ見せる。


 ラドは一読して、すぐ顔をしかめた。


「これ、ギルド長の名前がない」 「でしょ」 「正式なら少なくとも“誰に宛てたか”は書く」 「しかも掲示板貼り」 「雑だな」 「雑っていうか、脅し寄りね」


 ボイルが腕を組む。


「じゃあ無視していいのか?」 「そうは言ってない」  ミアが返す。 「神殿の印がある以上、完全に無視はできない。でも、これで今すぐ引き渡しとか、追い出しとか、そこまでの効力はない」


 その言葉に、レオンの肩から少しだけ力が抜けた。


 少しだけ。


 ミアはすぐ続ける。


「ただし、書いてある内容も無視しにくい。金銭、帳面、公的文書、依頼管理。そこは今日は外す」 「……はい」


 分かっていた。

 そうなるだろうと思っていた。


 やっと掴んだ場所が、また半歩遠くなる。


 胸の奥が冷える。

 村を出たばかりなのに、もう届いてきた。神殿は、やっぱり追ってくる。


「じゃあ、もう帰れってことか」  ボイルが言う。 「そこまでは言ってない」  ネスが返す。 「でも帳面と金が駄目なら、受付も倉庫もきついだろ」 「仮登録だしな」  ラドが言う。 「正式でもないのに、面倒だけ増やすのは――」 「待ってください」


 レオンの声が、自分でも意外なほどまっすぐ出た。


 みんなの視線が向く。


「この紙に書いてあるのは、金と帳面と公的文書と依頼管理です」 「そうね」  ミアが言う。 「じゃあ、それ以外ならできます」


 一拍。


 ラドが先に目を瞬かせた。


「それ以外?」 「現場の見落とし探しとか、荷の並び確認とか、道順の食い違いとか、採取品の見比べとか。帳面をつけるのは駄目でも、見るのは駄目って書いてません」 「……屁理屈っぽい」  ミアが言う。 「でも間違ってはない」


 ボイルが笑った。


「おいネス。こいつ、追い詰められると面倒くささ増すぞ」 「最初からだろ」  ネスが言う。 「でも今のは助かる」


 ミアは紙を指で弾く。


「神殿が嫌がってるのは、たぶん“記録を持たせること”よね」 「だと思います」 「なら逆に、記録を残さない形で使う分には、まだ言い逃れできるか」


 レオンは小さく息をつく。


 完全に守られたわけじゃない。

 でも、切られなかった。


 それだけで今は十分大きい。


「よし」


 ミアが紙をたたんで、机の端へ置いた。


「今日のレオンは受付に座らせない。帳面も触らせない。銅貨の受け渡しも私がやる」 「はい」 「でも、現場の確認は使う」 「はい」 「返事がいい時のあんた、ちょっと腹立つ」 「すみません」 「褒めてない」


 ラドが横から言う。


「ちょうどいいのあるぞ」 「何」 「西の外れの道しるべ。昨日から荷運びが二回、変な回り方してる」 「道しるべ?」  ネスが聞き返す。 「道間違いならお前らの担当でしょ」 「だからだよ。俺らが見ても“何か変”で止まってる」


 ボイルが顔をしかめた。


「また数じゃなくて道か」 「数より面倒だろ」 「違う。数は殴れないから腹立つ」 「道しるべも殴るな」


 ミアが即座に切った。


 それから、レオンを見る。


「行ける?」 「行きます」 「早い」 「仕事があるなら」 「そうね」


 ミアは少しだけ笑った。今度は、はっきり分かる笑いだった。


「じゃあ、記録係。帳面の代わりに、町の外で目を使ってきなさい」 「はい」 「ボイル、ネス、エド。ついてって」 「何で俺まで」  エドが言う。 「お前、もうついてるでしょ」 「それはそう」 「返事が早いのよ、あんたら」


 人垣の向こうでは、まだ何人かが照会の紙を気にしている。

 神殿の名は、それだけで人を怯ませる。


 けれど今、レオンの手元には仮登録札があって、仕事があって、行き先がある。


 紙一枚で全部を止められるほど、まだこの町は自分を知らないわけじゃないらしかった。


 ボイルが槍を肩へ乗せる。


「で、気持ち悪い方。道しるべも見れば分かるのか?」 「分かるかもしれません」 「その言い方、やっぱ腹立つな」 「今日は六回目です」  エドが言う。 「誰も頼んでねえぞ、その数え役」 「でも合ってるだろ」 「合ってるのが余計腹立つ」


 ネスが小さく笑って、先に外へ向かう。


 レオンはその背を追いながら、ふと振り返った。


 ミアはもう次の帳面へ目を落としている。ラドは照会の紙を指先でつまみ、「雑だなあ」とまだ嫌そうに見ていた。


 神殿の影は消えない。

 でも、今日の仕事も消えなかった。


 それだけで、少しだけ足が軽くなる。


 そして広場を抜ける時、レオンは気づいた。


 掲示板の横に立つ道案内の木板。

 その矢印の一本だけ、表面の泥のつき方が他と違っていた。


 まだ町を出てもいないのに、もう何かがおかしいらしかった。

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