メモ22 最初の依頼
「で、どうする」
倉庫番の大男が腕を組んだまま言った。
「並びが違うのは分かった。じゃあ足りない一箱はどこだ」
レオンは箱をもう一度見た。
青い印の箱が七つ。
そのうち一番端だけ、昨日戻された古い箱。
つまり、今朝入ったはずの八箱のうち一つが、別の場所へ行っている。
「下ろした場所、見せてもらえますか」 「外だ」 「行きます」 「即答だな」 「あるなら、痕が残ってるかもしれないので」
倉庫番は鼻を鳴らした。
「名前は?」 「レオンです」 「俺はドガン」 「よろしくお願いします」 「よろしくするほど暇じゃねえ。見つけたら使う。見つからなきゃ昼までに別仕事回す」
ずいぶん正直な言い方だった。
だが嫌ではなかった。役に立つかどうかだけ見ている顔だ。
ミアが帳面を抱えたまま言う。
「私も行く。あとで帳面直すの、私だから」 「ラドは」 「帳面に埋まってる」 ミアは即答した。 「たぶんもう半分死んでる」 「聞こえてるぞ……」 奥からラドのくぐもった声がした。
倉庫の裏手は、表よりずっと散らかっていた。
荷車の停まる土場。
樽。
縄。
木箱の蓋。
干し草。
足跡。
引きずった跡。
朝からいくつもの荷が出入りしたのだろう。土は踏み荒らされ、分かりやすい痕はほとんど潰れている。
「無理じゃないか」
思わず漏れた声に、エドが横で言う。
「お前がそれ言うと、ちょっと怖いな」 「怖いって何」 「気持ち悪い方がマシ」 「褒めてないよね」 「一回も褒めてない」
ミアが荷下ろし場を見回しながら言う。
「今朝、薬草商の荷車は二台。青印の箱は最初の便で四、次で四。合わせて八」 「それで七しかない」 ドガンが不機嫌そうに続ける。 「しかも戻し箱が一つ混ざってる」 「戻し箱は昨日の南の薬師行きだったのよ」 「じゃあそれが紛れた分、今朝の一箱はどこかにある」 「そういうことです」
レオンはしゃがみ込んだ。
土の上には、箱の角が擦った跡がいくつもある。
古いもの。新しいもの。
乾いた筋。湿った筋。
その中で、一つだけ妙に長い擦れがあった。
荷下ろし場から倉庫の方へ向かわず、横へ逸れている。
しかも途中で浅くなり、その先でぷつりと消えていた。
「ドガンさん」 「何だ」 「今朝、薬草の箱を途中で一回置き直しましたか」 「置き直す?」 「倉庫へ運ぶ前に、横へ寄せた跡がある」 「……いや」
ドガンは眉をひそめる。
「薬草はまっすぐ倉庫だ。雨が降ると面倒だからな」 「じゃあ、別の荷と一緒になった」 「別の荷?」 ミアが聞く。 「何と」 「まだ分かりません」
レオンは擦れの先を見る。
そこには空の手押し車が一台、壁へ立てかけてあった。車輪の片方に、青い葉が一枚貼りついている。薬草箱からこぼれた葉だ。だがその手押し車は、今は樽運び用の縄が巻かれている。
「これ、今朝使いましたか」 レオンが問う。
近くで縄をまとめていた男が振り向いた。
「それ? 朝は使ってねえな」 「本当に?」 ドガンが睨む。 「……いや、待て。朝一でベルクが勝手に使ってた」 「ベルク」
ミアが顔をしかめた。
「またあいつ」 「何運んでた」 「知らねえよ。青い箱じゃなくて、茶色い箱だと思ったけど」 「思った?」 「急いでたんだよ。俺だって全部見てねえ」
ベルク。
入口で荷札を混ぜた、あの男の顔が浮かぶ。
レオンは手押し車へ近づいた。片輪を押す。泥が少しだけ固くこびりついている。薬草の葉。それから、車輪の内側に白い粉がついていた。
「これ……」 「何だ」 エドが覗き込む。
レオンは指先で粉をなぞる。ざらついている。薬草ではない。穀粉でもない。
その時、ミアが言った。
「乾燥石灰」 「石灰?」 「箱の湿気取りに使うやつ。薬草箱の底へ少し入れることがある」 「じゃあ薬草箱を運んだってことか」 ドガンが言う。 「でも、茶色い箱に見えた」 「青印が見えてなかっただけかも」
レオンは立ち上がり、周囲を見回した。
薬草箱は青印。
けれど、印が見えない向きで重ねれば、ただの茶色い箱に見える。
そして擦れ跡は、倉庫ではなく横へ逸れていた。
横。
横にあるのは――
「納品待ちの仮置き場」
ミアとレオンの声が、ほとんど同時に重なった。
荷下ろし場のさらに脇、日よけ屋根の下には、まだ仕分け前の箱や樽が積まれている。革、塩、乾燥肉、鉄具。雑多な荷の中に、茶色い箱がいくつも混じっていた。
レオンはそちらへ走る。
エドとミアもついてくる。
ドガンは「おい、勝手に走るな!」と怒鳴りながら、結局一番早く追い抜いていった。
仮置き場の箱は十二。
そのうち四つが同じ大きさ。
だが、一つだけ底板の厚みが違う。
「これです」
レオンが指した箱を、ドガンが持ち上げる。
重い。
そして底から、かすかに薬草の匂いがした。
「開けるぞ」
釘抜きを差し込み、蓋を持ち上げる。
中には、乾燥薬草の束。
しかも底には白い石灰袋。
ミアが目を閉じる。
「……これじゃない」 「これだな」 ドガンが低く言う。
エドがぽつりと呟く。
「ベルク、またやったな」 「また、なの?」 レオンが聞く。
ミアは深いため息をついた。
「急ぐと、札だけじゃなく荷そのものを雑に扱うのよ。だから時々こうなる」 「時々で済ませるなよ」 ドガンが言う。 「今日はお前が帳面直せ」 「分かってるわよ」
レオンは開いた箱を見下ろす。
見つかった。
盗まれていない。
でも、危なかった。
箱がもう少し遅れて気づかれていたら、薬草は別納品として処理されるところだった。そうなれば、数だけでなく行き先までおかしくなる。
ドガンが箱を閉じながら、レオンを見る。
「お前」 「はい」 「さっき、何で仮置き場だと思った」 「擦れ跡が横へ逸れてたので」 「それだけか」 「手押し車の車輪に葉と石灰がついてました」 「……それだけ見て分かるのか」 「分かることもあります」 「気持ち悪いな」 「今日は三回目です」 エドが言う。 「何が」 「それ言われるの」 「数えるな」
思わず返すと、ミアが吹き出した。
「何よそれ」 「お前が気にしすぎなんだよ」 エドが言う。 「村の時からそうだった」 「村の時は、そう言われたあと大体嫌なことが起きたんだよ」 「ここでは今のところ仕事になってるだろ」 「……それはそう」
ドガンが鼻を鳴らす。
「なら気持ち悪いままで働け」 「継続なんだ」 「役に立つなら何でもいい」
その一言が、妙に胸へ残った。
村では、見えてしまうことそのものが疎まれた。
ここでは、気味悪がられても、仕事になるなら使われる。
まだ正式な冒険者ではない。
でも、ゼロではない。
ミアが帳面を閉じて、レオンへ向き直る。
「はい、一件目終了」 「一件目」 「仮登録の仕事。ちゃんと終わらせた」 「報酬、出るんですか」 「もちろん。日当は少ないけどね」 「少なくても助かります」 「安いわね、ほんと」
そこへ、仮置き場の向こうから誰かが怒鳴った。
「ベルク! またお前か!」
どうやら当人が捕まったらしい。
少し遅れて、「いや今回は違うって!」という情けない声まで聞こえた。
エドがそっちを見て言う。
「違わないだろ」 「たぶん違わない」 「お前、そういう時だけ“たぶん”使うのうまいな」
レオンは小さく笑った。
ミアが顎で入口の方を示す。
「戻るわよ。次がある」 「もう?」 「うちは暇そうな顔してる人間から使うって言ったでしょ」 「今日、何回その理屈を聞くんですか」 「数える?」 「やめときます」
ギルドの表へ戻る道すがら、レオンは自分の木札をそっと握った。
仮登録札。
軽い。
安っぽい。
でも、今日初めて自分で手に入れた仕事の証でもある。
入口の光が近づく。
朝よりも、人の声が少しだけうるさくて、少しだけ気持ちよかった。




