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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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21/32

メモ21 仮登録

 荷札の束を分け終えた時には、入口の前の列が少し短くなっていた。


 一本線。

 二本線。

 一本線。

 二本線。


 印の色、紙の角の擦れ、裏の受け印。見ていけば、手が先に動く。途中からレオンは、自分が呼吸するのと同じくらい自然に札を分けていた。


「……終わった」


 小机の上に二列の束を置く。


 戻ってきたミアがそれを見て、眉を上げた。


「早っ」


 束を持ち上げる。裏返す。表を見る。もう一度裏返す。

 それから、片方の束を軽く机へ打ちつけて揃えた。


「一本線が南、二本線が西。ちゃんと分かれてる」 「見れば分かるので」 「その言い方、やっぱりちょっと腹立つ」 「すみません」 「褒めてるのよ、半分は」


 半分なのか、と思ったが、今は言わないでおいた。


 ミアは奥へ向かって声を張る。


「ラド! 仮登録二人! 台帳!」


 奥の机から、髪をぐしゃぐしゃにした若い男が顔を出した。インクのついた指で紙を押さえたまま、いかにも寝不足そうな顔をしている。


「また増やすのかよ」 「増やさないと私が死ぬ」 「それは分かる」 「分かるなら早く」


 ラドは渋い顔のまま、分厚い帳面を抱えて出てきた。歩き方まで眠そうなのに、帳面だけは落とさない。


「名前」  ミアが羽根ペンを構える。


「レオン・グランツです」 「年」 「十五」 「若いわね……まあ、それは今さらか。で、スキルは」


 少しだけ間ができる。


「《記録》です」


 周りの空気が、ほんの少しだけ揺れた。


 列に並んでいた男が鼻で笑う。別の誰かが「へえ」と面白がるような声を漏らした。村で何度も味わった反応だった。痛くないわけじゃない。ただ、もう前ほどは刺さらない。


「《記録》?」  ミアが聞き返す。 「はい」 「帳面つけるやつ?」 「それだけじゃないです」 「戦える?」 「戦えません」 「魔法は」 「使えません」 「採取経験」 「ありません」 「護衛」 「無理です」 「荷運び」 「少しなら」


 ミアが羽根ペンを止める。


「かなり正直ね」 「嘘をついても、あとで困るので」 「それはそうだけど、もう少し見栄張るのが普通じゃない?」 「見栄を張って受かったあとに困る方が嫌です」 「《記録》持ちらしい答え」


 褒められたのか、面白がられたのか分からない。


 横からエドが口を挟む。


「こいつ、こういうのだけは本当に分かるんです」 「こういうのだけって何よ」 「数とか、並びとか、気持ち悪いとこ」 「あなたは?」 「エド」 「姓は」 「ない」 「スキルは」 「まだはっきりしない。でも力仕事と護衛見習いくらいなら」 「字は?」 「読める時もある」 「読めないのね」 「うるさい」


 そこで、奥にいたラドが小さく笑った。


「いいじゃん。帳面はレオン、力仕事はエドで分ければ回るだろ」 「軽く言うわね」 「軽く言わないと、朝からやってられない」


 ラドは帳面を机へ開き、頁の端を指で押さえる。

 その指の爪に、インクが黒く入り込んでいた。


「正式登録は無理だな」 「はい」  レオンはうなずいた。 「驚かないの?」 「ちょっとは」 「顔に出ない」 「村でだいたい済ませてきました」 「……重いな」


 ラドが言って、今度はちゃんとレオンを見た。


「でも、雑務の仮登録ならある」 「雑務」  レオンが聞き返す。 「荷札整理、納品書の見比べ、倉庫の数確認、採取品の控え。そういうの」 「やります」 「即答だな」 「仕事がないと困るので」


 ミアとラドが一瞬だけ顔を見合わせる。

 その無言のやり取りは短かったが、完全に悪い感じではなかった。


 ミアは引き出しから薄い木札を二枚取り出した。使い込まれて角が丸くなっている。片方にレオン、もう片方にエドと書く。正式印も飾りもない、簡単な仮札だった。


「これ。仮登録札。正式じゃないから、依頼掲示板の仕事は勝手に取れない。受付か倉庫を通すこと。日払い。まかないは半額。揉め事は減点」 「減点」 「文字通り。あんた、増やしそうだから」 「気をつけます」 「本当に?」 「……できるだけ」 「今の方がまだ信用できるわ」


 木札を受け取る。


 軽い。

 ただの木だ。

 それでも、レオンは指先で自分の名前をなぞった。村を出てから初めて、自分の名が「ここにいていい」という形になった気がした。


 その横で、エドが木札をひっくり返している。


「これ、なくしたら?」 「再発行銀貨一枚」 「高っ」 「だから落とさないの」 「俺の方が死活問題だな」 「だったら紐でもつけなさい」 「文字より先にそっちだな」  ラドがぼそっと言う。 「お前、今笑っただろ」 「笑ってない」 「笑った」 「帳面係は笑わない。心が死ぬから」 「さっきから言ってることが物騒なんだよ」


 少しだけ笑いが起きる。


 その時、ギルドの奥から太い怒鳴り声が響いた。


「ミア! 誰か寄こせ! また数が合わねえ!」


 ミアが天井を仰ぐ。


「今日それ何回目よ……!」


「四回目」  ラドが即答した。 「まだ昼前だぞ」 「知ってるから数えないで」


 ミアはレオンを見る。


「ちょうどいい。仮登録一件目」 「もうですか」 「うちは暇そうな人間から使うの」 「暇ではないです」 「じゃあ忙しい顔して来なさい」


 ギルドの奥は、表よりずっと雑然としていた。


 木箱。縄。樽。穀物袋。採取品の籠。人が歩く場所だけ無理やり空けて、あとは全部物で埋めたような空間だ。その真ん中に、腹の出た大男が腕を組んで立っている。灰色の髭、片目の上の古傷、そしてとても短気そうな顔。


「新入りか」 「仮登録です」  ミアが言う。 「入口の荷札の混ざりを見つけた」 「へえ」


 大男の目がレオンへ落ちる。

 値踏みの目だった。


「細っこいな。箱は持てるか」 「重すぎるのは無理です」 「正直で結構。じゃあ数だ」 「数?」 「数だ」


 大男は顎で倉庫の奥をしゃくる。


「乾燥薬草の箱が、帳面じゃ八つ。実物は七つ。だが俺は八つ下ろした。下ろし場の札も八つ。ここへ入れた記録も八つ。なのに今は七つ」 「盗まれた?」 「だったらまだ楽だ。裏口は閉まってる。持ち出した跡もねえ」


 レオンは話を聞きながら、もう箱を見ていた。


 壁際に並ぶ木箱。青い薬草商の印。たしかに見えるのは七つ。けれど、七つとも同じじゃない。一番端の箱だけ、釘が新しい。しかも、他より少しだけ印の位置が高い。


「触っていいですか」 「壊すなよ」  大男が言う。 「壊したら弁償だ」 「はい」


 レオンは一番端の箱に手を置く。


 木の表面は少し湿っていた。けれど、湿り方が他と違う。外から来たばかりの箱なら、朝露と土の名残がもっと均一に残るはずだ。これは、別の場所にしばらくあった箱が、あとでここへ紛れた湿り方に近い。


 その感覚が、前より少しだけはっきりしていた。


 違うところだけが、薄く浮く。


「……おかしい」


 小さく呟くと、大男が片眉を上げる。


「まだ始まったばかりだぞ」 「はい」 「もう分かったのか」 「いえ。まだ全部じゃないです」


 レオンはしゃがみ込み、床板を見る。


 箱を動かした擦れ跡。古い筋。新しい筋。重なり方。七つの箱の下に見える跡は七つ分ではない。


「床が変です」 「床?」  ミアが帳面を抱えたまま近づく。 「箱を引いた跡が、八つあります」 「そんなの見て分かるの?」 「少し光ってます。新しい擦れが残ってる」 「また始まったな」  後ろでエドが言う。 「何が」 「お前の気持ち悪いとこだよ」


 褒めているのか、けなしているのか、やはり分からない。


 レオンは端の箱を指した。


「これ、今朝入った箱じゃないです」 「何でそう思う」  大男が問う。


「印の高さが違います。あと、釘が新しい。でも箱の側面の擦れは古い。昨日か、それより前に別の場所で開け直した箱です」


 ミアが息を止める。


「……待って」  彼女は端の箱へ近づき、釘を見た。印を見た。それから、ゆっくりとうなずく。 「これ、昨日いったん戻した箱だ。南の薬師が受け取りを遅らせて、仮置きした方」 「じゃあ八つ目は」 「別にあるか、途中で入れ替わってる」


 大男の顔が変わった。


 レオンの中で、違和感が形になる。


 箱が一つ消えたんじゃない。

 古い箱が一つ、紛れ込んでいる。


 数が合わないんじゃなくて、

並びが合っていない。


 大男が、初めてまっすぐレオンを見た。


「……お前」 「はい」 「本当に見るだけで分かるのか」 「分かることもあります」 「気持ち悪いな」 「よく言われます」


 すると大男は鼻を鳴らし、ほんの少しだけ口元を上げた。


「そうか。なら今日は気持ち悪いままでいろ」


 ミアが小さく吹き出す。


 それは、今日二度目の「助かった」にかなり近い音だった。

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