メモ20 外れスキルの受付
「だから、これじゃ倉庫が受け取れないって――」
受付の女の声が尖った、その途中で、レオンの足はもう半歩前へ出ていた。
「混ざってます」
言った瞬間、入口の空気が止まる。
並んでいた人間がいっせいにこっちを見た。
机の前で荷札を振っていた男が、露骨に眉をしかめる。
「……何だ、お前」 「荷札です」 レオンは喉の乾きを押し込んだ。 「別の便の札が混ざってます。数が合わないんじゃなくて、束が違う」
受付の女が床へ落ちた札を拾いかけた手を止めた。
茶色い髪を後ろで結んだ、二十歳前後の女だった。顔立ちは整っているが、朝から揉め事続きなのだろう。目元がはっきり疲れている。
「……は?」 「裏の受け印が違いました」 レオンは入口脇の小机を指した。 「表の束は一本線です。今落ちた一枚だけ、二本線でした」
男が鼻で笑う。
「見ただけで分かるかよ」 「分かります」 「何なんだお前」 「仕事を探しに来ました」 「そういうことじゃねえよ」
受付の女が、そこでようやくレオンを正面から見た。
「あなた、今の札、どっちの手で拾った?」 「え?」 「右? 左?」 「右です」 「じゃあ、今見えたのは裏だけ?」 「はい」 「二本線だったのね」 「はい」
女は落ちた札を裏返す。
受け印は、たしかに二本線。
それから小机の束をほどき、上から三枚を裏返した。
一本線。
一本線。
一本線。
並んでいた誰かが小さく「おい」と声を漏らす。
男の顔が止まった。
「……ベルク」 受付の女が低く言う。 「これ、昨日の遅れ便の札でしょ」 「いや、待て。そんなはず――」 「南倉庫行きの束に、西倉庫行きを混ぜたの?」 「わざとじゃねえよ」 「わざとかどうかは聞いてない」
言い切り方に、慣れがあった。
この女は、こういう連中を毎日相手にしているのだろう。
レオンは札を見たまま言う。
「左下の小さい印も違います。一本線の方は南、二本線の方は西です」 「……」
ベルクが札をひったくるように取る。
黙る。
図星なのが、顔だけで分かった。
後ろで誰かが吹き出した。
「またかよ」 「だから朝から揉めてたのか」 「ベルク、お前ほんと雑だな」
さっきまでレオンへ向いていた面倒そうな視線が、今度はベルクへ移る。
ベルクは赤くなった耳を隠すみたいに首をさすった。
「……悪かったよ」 「私じゃなくて倉庫番に言いなさい」 受付の女は言って、二本線の札を突き返す。 「あとで西に走って。今すぐ」 「分かったって」
ベルクはレオンの横を通り過ぎる時だけ、気まずそうに顔をしかめた。
「お前……」 「何ですか」 「最初から言えよ」 「今言いました」 「そういう意味じゃねえ」
言い返しながらも、さっきみたいな見下しはもうなかった。恥をかかされた苛立ちと、助かった事実を認めたくない顔が半分ずつだった。
ベルクが走って消えると、受付の女は机へ肘をついて、短く息を吐いた。
「……助かった」 「どういたしまして」 「でも、勝手に口を出した」 「しました」 「普通は嫌われるわよ」 「慣れてます」 「慣れるものなの」 「あまり慣れたくはなかったです」
その返しに、女の口元が少しだけ動いた。
「名前」 「レオン・グランツです」 「私はミア」
名札を指で叩く。
「で、何をしに来たの。旅人?」 「仕事を探しに」 「住む場所は」 「まだです」 「お金は」 「……あまり」 「そう」
そこでミアは帳面を開き、羽根ペンを取った。
「冒険者登録?」 「できれば」 「できれば、ね」
その言い方だけで、簡単じゃないのが分かった。
「年」 「十五です」 「若い」 「よく言われます」 「戦える?」 「戦えません」 「魔法は」 「使えません」 「採取経験」 「ありません」 「護衛」 「無理です」 「荷運び」 「少しなら」 「少し」
ミアはそこで顔を上げた。
「正直すぎるでしょ」 「嘘をついても、あとで困るので」 「……まあ、それはそう」
羽根ペンの先が止まる。
「スキルは?」 「《記録》です」
一拍。
机の向こうだけじゃない。並んでいた人間の空気まで少しずれた。
「《記録》?」 ミアが聞き返す。 「はい」 「帳面つけるやつ?」 「それだけじゃないです」 「でも、戦闘じゃない」 「はい」 「採取向きでもない」 「たぶん」 「荷札見たのは、それで?」 「たぶん」 「たぶん多いわね」 「分かったのは本当です」 「変なスキル」
後ろから、小さな笑いが漏れた。
「外れじゃん」 「ギルド来るやつか?」 「役所行けよ」
村で聞いたのと似た言葉だった。
けれど、前とは少し違う。
今は、もう一回仕事でひっくり返せるかもしれない場所で聞いている。
エドが横から口を挟んだ。
「こいつ、そういうのだけは本当に分かるんです」 「あなたは?」 ミアが問う。 「エド」 「スキルは」 「まだ分かんねえ。でも護衛見習いくらいなら」 「ふうん」
ミアは二人を見比べて、帳面を閉じた。
「正式登録は無理」 「はい」 思っていたより、落胆は小さかった。
「驚かないのね」 「ちょっとは驚いてます」 「顔に出ない」 「村でだいたい済ませてきました」 「……何それ、重いわね」
ミアは椅子へ背を預けたまま、少し考え込む。
「正式登録は、最低でも護身か採取の実績がいる。ここ辺境だから。死なれたら困るし、役に立たないのを抱える余裕もない」 「はい」 「でも」
レオンは顔を上げた。
「雑務の仮登録ならある」 「雑務」 「荷札整理、倉庫の数確認、採取品の控え、納品書の見比べ。そういうの」 「やります」 「食い気味ね」 「仕事がないと困るので」 「でしょうね」
ミアは引き出しから薄い木札を二枚取り出した。片方へレオン、もう片方へエドと書く。正式印はない。ただの仮札だ。
「仮登録。正式な依頼は勝手に取れない。受付か倉庫を通すこと。日払い。まかないは半額。揉め事は減点」 「減点」 「文字通り。あんた、増えそうだから」 「気をつけます」 「本当?」 「たぶん」 「それやめなさい」
エドが小さく吹き出した。
木札を受け取る。軽い。
ただの札だ。
それでも、村を出てから初めて、自分の名前が“いていい場所”へ置かれた気がした。
その時、ギルドの奥から怒鳴り声が飛んだ。
「ミア! 倉庫番がまた数合わねえって呼んでるぞ!」 「朝から何回目よ……!」
ミアは立ち上がりかけて、レオンを見る。
それから入口脇の小机へ視線をやった。さっきの荷札の束だ。
「……あんた」 「はい」 「暇?」 「仕事を探しに来ました」 「じゃあ仕事」
ミアは束を指した。
「それ、一本線と二本線で分けて。混ざってるの全部」 「できます」 「早いわね」 「見れば分かるので」 「その言い方、ちょっと腹立つけど便利」
そう言い残して、奥へ走る。
レオンは小机の前へ進んだ。
束を持つ。
紙の厚み。印の色。受け印の線。角の擦れ。裏の倉庫印。目の前の情報が、自然に並ぶ。
村では、それを嫌がられた。
ここでは、今のところ仕事になるらしい。
「で?」 エドが腕を組む。 「笑われたか?」 「少し」 「死んだか?」 「死んでない」 「なら平気だろ」
その通りだった。
木札を握る。
正式な証でも何でもない。
でも、ゼロではない。
そして手元の束には、もう一本、明らかに印の違う札が見えている。
どうやらこの町は、入ったばかりのよそ者にも、容赦なく仕事をよこしてくれるらしかった。




