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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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メモ2 役立たずの仕事

 短剣が一本、足りなかった。


 荷車の後ろに積まれた回収品を見た瞬間、レオンはそう確信した。


 討伐を終えたばかりの森の入口で、調査隊の面々は疲れ切っている。牙獣の爪、毛皮、使い残した縄、泥のついた水袋。荷台は散らかり放題で、いちいち数を確かめようとする者はいない。


 けれど、レオンには分かる。


 出発前に自分で積んだ。予備の短剣は三本。柄の巻き革の色も、鞘の傷の位置も覚えている。今見えているのは二本。一本、ない。


「隊長」


 呼ぶと、前を歩いていたガイゼルが肩越しに振り向いた。


「何だ、記録係」 「短剣が一本足りません」 「は?」


 それだけで、空気が面倒そうに止まった。


「今は回収品をまとめてるんだ。数遊びなら後にしろ」 「数遊びじゃなくて、本当に一本ありません。出る時に三本――」 「うるさい」


 ガイゼルは低い声で言葉を叩き切った。


「誰かが使った。それで終わりだ。いちいち止めるな」


 反論を押し潰すための声だった。隊員たちの間に半端な笑いが広がる。


「また始まった」 「ほんと、よく覚えてるよな」 「さすが記録係様だ」


 レオンは口を閉じた。


 祝福から三か月。外れ扱いされた《記録》で、ようやく潜り込めたのがこの調査隊だった。魔物の被害を確かめ、道を見て、荷を運ぶ。隊としては地味だが、村や町を回るぶん、神殿や役所の記録に近づける。


 それが、ここにいる理由だった。


 祝福の日に見た、あの古い帳簿。

 グランツ。

 護送記録。


 あの数文字だけが、ずっと頭から離れない。


 ここで追い出されたら、あの続きを確かめる道まで切れる気がした。だからレオンは、見下した笑いも雑用扱いも飲み込んできた。


「レオン、顔が死んでるぞ」


 荷台の反対側から軽い声が飛ぶ。会計係のロッサムだった。細い目をしていて、いつも口元だけで笑っている男だ。


「一本二本で世界は滅びない」 「滅びはしません。でも、足りないものは足りません」 「まじめだねえ」


 ロッサムは笑いながら毛皮束を持ち上げる。その下から、埋もれていた短剣が一本、ころりと転がった。


 どよめきが起きた。


「え、まじで」 「ほんとにあった」 「何で分かったんだよ」


 レオンは短剣を拾い、泥を拭った。柄の傷は覚えていた通りだ。


「三本、そろいました」


 一瞬だけ、誰も笑わなかった。


 隊員のひとりが、短剣とレオンの顔を見比べる。


「お前、見たのか?」 「見てません。出る前に三本あったのを覚えていただけです」 「……気味が悪いな」


 冗談めかした言い方だった。

 だが、その場の何人かは本気でそう思った顔をしていた。


 レオンはその視線を知っている。

 便利だと笑う顔と、関わりたくないと引く顔は、案外よく似ている。


「最初からきちんと積めば済む話だ」


 ガイゼルが鼻を鳴らす。


「……積んだの、僕です」 「なら埋もれさせたのもお前の責任だろう」


 正しかった方が悪くされる。


 隊員たちは苦笑いで流し、ロッサムは肩をすくめた。


「はいはい、丸く収まった。よかったな」


 よかった、で終わるのはいつも他人だ、とレオンは思う。


 見つけても褒められない。

 正しても感心されない。

 ただ、便利な雑用として片づけられる。


「記録係、次はこっちだ」


 ガイゼルが顎で示したのは、蓋に赤い印のある薬箱だった。村へ届ける傷薬と、応急用の布が入っている。


 レオンは持ち上げかけて、手を止めた。


 軽い。


 朝より、ほんの少しだけ。


「中身が減っています」 「またかよ」


 ガイゼルの苛立ちは隠そうともしない。


 レオンが箱を開けると、小袋は五つだった。朝は六つ入れたはずだ。


「あ、俺です」


 隊員のひとりが手を挙げた。腕に浅い切り傷がある。


「さっき、ちょっとかすった時に」 「報告しろよ」 「悪い悪い」


 場がゆるみ、笑いが起きる。


「ほらな」 「記録係が怖い顔するから、こっちが悪いことした気になる」


 ロッサムが笑って言う。柔らかいのに、なぜかレオンだけが面倒を起こしているように聞こえる言い方だった。


 レオンは箱を閉じた。


 今のは、本当に報告漏れかもしれない。

 でも違和感は残る。


 使っただけなら、どうして小袋の並びまで変わる。どうしてロッサムは、開ける前からそうだと分かったように言えた。


 小さな引っかかりが喉に残る。


 森を出て、夕方には依頼主の村へ戻った。


 今回の仕事は、街道近くに出た牙獣三匹の討伐と、荷馬車の通れる道の確認。派手な功績ではない。けれど、道の安全は村にとって生き死にに近い。


 依頼主の老人は何度も頭を下げ、報酬袋をガイゼルへ渡した。


「これで約束の分です。どうか、また道を見てやってください」


 ガイゼルは堂々と頷き、袋をロッサムへ回す。ロッサムは慣れた手つきで重さを確かめ、帳面に数字を書いた。


 その数字を見た瞬間、レオンの喉が乾いた。


 依頼を受けた日の説明では銀貨八枚。

 そこへ道の確認が増えたから、一枚上乗せするとロッサム自身が言った。

 受け取るはずなのは、銀貨九枚。


 なのに今、帳面に書かれたのは七枚分だった。


 八枚。

 一枚足して九枚。

 今書かれたのは七枚。


 足りないのは、二枚だ。


「ロッサムさん」 「ん?」 「今の、七枚ですか」 「そうだけど」 「でも、最初は八枚で、道の確認の分が――」 「記録係」


 低い声が割り込んだ。


 ガイゼルだった。


 その声が落ちた瞬間、空気が冷える。首筋に冷たい刃を当てられたみたいに、周りの視線が一気に黙った。


「現場を知らない奴が、金の話に口を出すな」


 叱る声じゃない。黙らせる声だった。


 レオンは老人を見た。老人は帽子を握りしめ、目を伏せている。何か言いたいのに、言えない顔だった。


「道の確認が増えた分、追加があるって聞きました」 「細かいなあ、お前は」


 ロッサムが笑う。


 その笑い方が、レオンは嫌だった。馬鹿にしているのに、馬鹿にしていないふりをする笑い方だ。


「村だって苦しいんだ。きっちり取ればいいってもんじゃない」 「じゃあ、どうして最初に――」 「お前、俺が嘘をついてるって言いたいのか?」


 声は軽い。目だけが冷たい。


 その瞬間、隊員たちの視線が一斉にレオンへ集まった。


 空気が変わる。


 ここでこれ以上言えば、話は金額じゃなくなる。空気を乱す面倒な奴として、自分が悪いことにされる。


 何も消えていないのに、消したことにされる。


 祝福の日、名前が一文字抜けた証書を見た時と同じだ、とレオンは思った。


 違うのに、違わないことにされる。

 そのまま残された方が、本当になる。


「……すみません」


 そう言うしかなかった。


 胃の奥がきゅっと縮んだ。悔しいのか、惨めなのか、自分でもうまく分からない。ただ、ここで居場所ごと失うわけにはいかなかった。まだ、確かめたいことがある。


 ガイゼルは興味を失ったように背を向けた。ロッサムはやれやれと肩をすくめ、帳面を閉じる。村人たちも空気を読んで、それ以上何も言わない。


 帰りの荷車は、夕闇の中を軋みながら進んだ。


 レオンは膝の上のメモ板を見下ろす。今日の荷物の数、使った水袋、倒木の場所、牙獣の傷の位置。全部、書いてある。


 でも、さっきの金額だけは、まだ書けていない。


 書けば、形になる。

 書かなければ、ただの気のせいにされる。


「どうした、記録係。また数でも減ったか?」


 前を向いたまま、ガイゼルが言う。笑いが起こる。


 レオンは答えず、板に数字を書いた。


 銀貨九枚のはずが、七枚。


 書いた瞬間、胸の奥が少し重くなった。


 忘れないためだ。

 見なかったことにしないためだ。

 消される前に、自分の中へ残すためだ。


 その時、荷車の奥で箱がまた鳴った。


 赤い印のある薬箱だった。


 揺れた拍子に蓋がほんの少しだけ開く。中の小袋が見えた。五つ並んでいるはずの包みの下に、もう一つ、別の色の袋が隠れている。


 レオンの目が止まる。


 朝にはなかった色だ。


 薬草の緑じゃない。もっと濃い、黒に近い茶色。


「……何だ、あれ」


 誰にも聞こえない声で呟いた瞬間、前にいたロッサムが振り返った。


「何か言ったか?」


 口元は笑っていた。

 でも、目だけは笑っていなかった。


 レオンは首を振る。


「いえ」


 荷車はそのまま、夕闇の中を軋みながら進んでいく。


 薬箱の蓋は、また小さく鳴って閉じた。


 今見えた黒い袋だけが、やけにはっきりと目に残った。

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