表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/32

メモ17 村に残れない理由

 家へ戻る道は、いつもより長く感じた。


 もう夜だった。

 どの家の窓にも灯りがあり、鍋の匂いもする。犬の鳴き声も、戸を閉める音も聞こえる。昨日までと同じ村の夜だ。


 なのに、レオンにはそのどれもが少し遠かった。


 胸元の紙を、服の上から押さえる。


 祝福の日にもらった証明書。

 まだある。

 奪われてはいない。


 けれど、それを持っているだけで守れるほど、村の中はもう広くなかった。


 実家の戸を開けると、冷えた空気が迎えた。


 誰もいない家の匂いは、昔から少しだけ土に似ている。父が棚へ置きっぱなしにしていた工具箱も、母の針箱も、そのままだ。炉には火がなく、窓の隙間から入る風が、布切れをほんの少し揺らしていた。


 レオンは戸を閉め、ようやく長く息を吐いた。


 集会所では張っていた気が、一気に抜ける。

 床へ座り込みたくなるのをこらえて、まずは窓の閂を確かめた。鍵をかける。次に裏口。水差し。棚の位置。机の上。


 何も変わっていない。

 そう思って、二歩進んで、止まった。


 針箱の向きが違う。


 ほんの少しだけだ。

 蓋の花模様が、いつもより右へずれている。母は几帳面だったから、置く向きはだいたい決まっていた。レオンも無意識に、それを覚えていた。


 胸の奥がひやりとする。


 ゆっくり近づき、針箱を開ける。


 中身は、ある。

 糸巻き。短い針。小さなはさみ。端切れ。


 だが、一番下へ入れていたはずの父の手帳の切れ端が、なくなっていた。


「……っ」


 声にならない息が漏れる。


 引き出しを開ける。

 棚の裏を見る。

 机の下。

 寝台の横。


 何もない。


 針箱だけじゃない。壁際の小箱も、母が布袋をしまっていた籠も、少しずつずれていた。乱暴に荒らしたのではない。見られたと気づかれないように、そっと探された跡だった。


 レオンはその場にしゃがみ込む。


 遅かった。

 もう、探しに来ている。


 今夜、家へ戻れと言われたのは、休ませるためじゃない。

 置いておけば、誰かが取りに来やすいからだ。


 その時、戸が二度叩かれた。


 レオンの肩が跳ねる。


「……誰」 「俺だ」


 トオルの声だった。


 戸を開けると、トオルは息を切らして立っていた。暗い中でも、顔色の悪さが分かる。


「どうした」 「神殿の下働きが、さっき村長のとこ来てた」 「……フェルド?」 「本人じゃない。白い袖のやつ。あれが二人」


 トオルは家の中へ入るなり、声を落とした。


「明日までに結論出せって。そうしないと、村の仕事の紹介と、神殿への出入りを止めるって」 「……」


 村の中で、神殿の機嫌を損ねるのは重い。

 出生、祝福、弔い、仕事の照会。どれも神殿と切れてはやりづらい。


 トオルは唇を噛んだ。


「村長、困ってた。お前をかばいたいとか、そういう顔じゃなかった。村をどうするかって顔だった」 「分かってる」 「分かってるって顔じゃないだろ」


 珍しく、強い言い方だった。


 レオンは答えられなかった。


 トオルは家の中を見回し、それから針箱の開いた蓋に目を留めた。


「……入られたのか」 「父さんの手帳の切れ端がない」 「くそ」


 トオルが、らしくなく悪態をつく。


「やっぱり、ただ家で待ってろって話じゃないじゃないか」 「うん」 「どうする」 「……まだ決めてない」


 そう答えた瞬間、自分で自分に腹が立った。


 決めていないんじゃない。

 もう、ほとんど決まっている。

 村に残れば、証拠は削られる。仕事も外される。名前を持っていても、使う場所がなくなる。


 それでも、口にすると本当に終わる気がして、言えなかった。


 トオルは少し黙ってから、腰の袋を机へ置いた。


「乾パンと干し肉。あと、水入れ」 「いいよ、そんな」 「よくない」


 今度は言い切った。


「俺は村の中じゃ大したことできない。でも、何もしないでいたら、たぶんずっと後悔する」


 その声は震えていた。

 勇ましくなんかない。

 それでも、トオルなりの精いっぱいだった。


 レオンは袋を見下ろす。


 笑いながら「剣技強化がいい」と言っていた祝福の日の顔が、一瞬よぎる。

 あの日から、まだそんなに経っていないのに、遠かった。


「……ありがとう」 「礼を言うな」 「何で」 「余計につらい」


 トオルらしいようで、らしくない言い方だった。


 その時、また戸が鳴った。


 今度は一度だけ。


 トオルとレオンが同時に息を止める。


「俺」


 小さい声だった。

 エドだ。


 戸を開けると、エドは人目を気にするように辺りを見回しながら立っていた。肩に小さな袋を提げている。


「入っていいか」 「うん」


 入るなり、エドは顔をしかめた。


「……何か探られてる」 「分かる?」 「机。籠。足跡までは見えないけど、触られた感じがある」


 レオンは少しだけ笑いそうになって、やめた。


「お前までそういうの分かるようになってどうすんだよ」 「お前と一緒にすんな」


 言い方はいつも通り雑だった。

 けれど、そのあとで袋を差し出す。


「靴紐と、小さい包み布。あと、夜道で使える油布」 「これ……」 「村に残るなら要らない。出るなら要る」


 まっすぐな言い方だった。


 トオルがエドを見る。


「お前、ついてくのか」 「途中まで」 「それ、村で言うとまずいやつだぞ」 「知ってる」


 エドは短く答えた。


「でも、あのままここ置いといたら、明日の朝にはもっとまずい」


 部屋が静かになる。


 外では、どこかの家の戸が閉まる音がした。

 いつもの村の夜が続いている。

 自分たちの話だけが、そこから少し外れていた。


「村長のとこ、もう一回行く」


 レオンが言うと、トオルが顔を上げた。


「今から?」 「明日の朝を待っても、たぶん答えは同じだ。でも、ちゃんと聞きたい」 「何を」 「僕を守れないのか、守らないのか」


 言ってから、自分の声が思ったより静かだと気づいた。

 怒鳴る気力も、もうなかったのかもしれない。


 村長の家の灯りは、まだ消えていなかった。


 戸を叩くと、しばらくして村長本人が出てきた。顔の疲れが、昼よりも深い。


「……レオンか」 「少しだけ、話を」 「今か」 「今です」


 村長はトオルとエドの顔も見て、重く息を吐いた。


「入れ」


 家の中は狭く、干した薬草の匂いがした。

 机の上には紙が広がっている。神殿から来た文だろう。封の切り方が乱暴だった。


 村長は座らず、立ったまま言った。


「何を聞きたい」 「僕は、明日も村にいていいんですか」 「……」 「仕事から外されても、記録に触れなくても、村の中に置いてもらえるんですか」


 村長の喉が動いた。


 長い沈黙のあと、ようやく絞り出すように言う。


「難しい」 「守れないから?」 「守りきれん」


 その一言は、正直だった。

 だから痛かった。


「神殿が強いから?」 「それもある。だが、それだけじゃない」


 村長は机の文を押さえた。


「村の若い者の仕事は神殿の紹介に頼ることがある。葬いも、祝福も、旅の照会もだ。ここで正面から逆らえば、お前ひとりでは済まん」 「僕のせいで?」 「そうなる」


 トオルが歯を食いしばる音がした。

 エドは黙っている。


 レオンは少しだけ俯いて、それから村長を見た。


「じゃあ、僕は出た方がいいんですね」 「……私から言わせるな」 「でも、そういうことですよね」


 村長は目を閉じた。


 しばらくしてから、低く言う。


「明日の朝、正式にはそう言う。今夜のうちに準備しろ」


 その言葉が落ちた瞬間、不思議なくらい胸が静かになった。


 悲しくないわけじゃない。

 悔しくないわけでもない。


 でも、やっと形になったのだ。


 曖昧に追い出されるんじゃない。

 村は自分を守れない。だから、自分で出る。


「分かりました」


 村長はうなずかなかった。

 ただ、机の端から小さな布袋を寄こした。


「旅銭だ。村からは出せん。私個人の分だ」 「……受け取れません」 「受け取れ。でなければ、私が今夜眠れん」


 その言い方に、レオンは断れなかった。


 家を出ると、夜気がいっそう冷たかった。


 トオルは何も言わずに前を向き、エドは小さく息を吐く。


「決まりだな」 「うん」 「明日待つ必要、あるか?」 「……ない」


 レオンは自分の家の方を振り返る。

 あの家に、朝までいる理由がもうほとんど残っていないことが分かった。


 証拠は探られる。

 村長は守れない。

 神殿は明日、もっと綺麗な言葉で切ってくる。


 だったら、切られる前に出た方がいい。


「今夜出よう」


 そう言うと、トオルが目を見開き、エドはすぐにうなずいた。


「その方がいい」 「……気をつけろよ」  トオルの声は掠れていた。


 レオンは胸元の紙を押さえる。


 名前の書かれた紙。

 まだ、ある。


 それを持ったまま、村の外へ出る。

 それだけで、今は十分だった。


 夜の村道は暗かった。

 けれど、立ち止まっている時より、ずっと息がしやすかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ