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ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


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14/32

メモ14 鞍袋の中

 白い袖が、朝の街道の向こうで揺れた。

 神殿の使いだ。

 その姿が見えた瞬間、ロッサムの口元がわずかに持ち上がる。助けが来た、とでも思ったのだろう。

 けれど、レオンの目はそちらではなく、別の場所へ引かれていた。

 ガイゼルの右手だ。

 さっきまで机の縁に置かれていた手が、今はほんの少しだけ腰の後ろへずれている。剣へ行く手つきじゃない。もっと小さいものを、気づかれないうちに落とす時の動きだった。

 しかも、視線だけは神殿の使いへ向いている。

 わざとだ。

 人の目がそちらへ集まる、その一瞬を待っている。

 頭の中で、見た順が並ぶ。

 白い袖。

 ロッサムの笑み。

 ガイゼルの右肩の沈み。

 腰の後ろへ入る指。

 鞍袋の口の影。

 つながる。

「待って!」

 レオンの声が、狭い詰め所の前へ鋭く走った。

 全員の視線が跳ねる。

 ガイゼルの動きが、そこで半拍だけ遅れた。

「右の鞍袋です!」

 レオンは叫ぶ。

「そこ、今触りました!」

 一瞬の沈黙。

 そのわずかな遅れのあいだに、ガイゼルの指先が袋の口へかかった。だが、先に動いたのは街道番の男だった。

 一歩で間合いを詰め、ガイゼルの手首をひねり上げる。

「……っ!」

 鞍袋の口から、握りつぶしかけた何かが地面へ落ちた。

 葉で包まれた、小さな黒い塊。

 乾いた土の上で転がり、結び目がほどける。

 甘い匂いが、朝の冷えた空気にふっと広がった。

 村の女が息を呑む。

「また……」

 エドの顔から血の気が引いた。

 セイルはすぐにしゃがみ込み、落ちた包みを拾い上げた。葉の折り方、縄の巻き方、湿り方。ひとつずつ、確かめるように指先で触る。

「匂袋ですね」

 低く、はっきり言う。

「しかも新しい。昨夜の残りではありません」

 ガイゼルの顔が、そこで初めてわずかに動いた。

「違う」 「何が違う」  街道番の男が手首をねじったまま問う。

「それは俺のものじゃない」 「では、なぜ捨てようとした」 「捨てるつもりじゃ――」 「袋の口に指が入っていた」

 セイルが淡々と言った。

「落としたのではなく、出そうとしていたように見えました」

 逃げ道を削るみたいな言い方だった。

 ロッサムが、そこでようやく口を挟む。

「いやいや、待ってくださいよ。隊長だって混乱して――」 「お前も動くな」

 街道番の男が低く言う。

 短い声だった。

 だが、それだけでロッサムの足が止まる。

 セイルはそのまま鞍袋へ手を入れた。中を探り、さらにもうひとつ、小さめの葉包みを取り出す。

「二つ目」

 その言葉が落ちた瞬間、場の空気が完全に変わった。

 さっきまでレオンへ向いていた疑いが、今度ははっきりとガイゼルとロッサムへ移る。村人たちの顔から血の気が引き、隊員たちまで口を閉ざした。

「……レオン・グランツ」

 セイルが名を呼ぶ。

「はい」 「お前、今の動きが見えたのか」 「見えたというより……順番が変でした」 「順番?」

 セイルの目が細くなる。

「神殿の使いが見えた時、みんなそっちを見ました。でも、ガイゼルさんだけ、先に右肩が落ちた。剣へ行く時の動きじゃなかった。小さいものを隠す時の動きでした」 「……」

 誰もすぐには言葉を返さなかった。

 その沈黙の中で、エドがぽつりと呟く。

「まただ」

 全員が彼を見る。

 エドは喉を鳴らし、それでも言葉を続けた。

「縄の時もそうだった。こいつ、見たものを順番で拾うんです。だから、変なとこだけ浮く」

 前より、少しだけまっすぐな声だった。

 ガイゼルが低く唸る。

「順番だの何だの、そんな曖昧な――」 「曖昧ではありません」

 セイルが切った。

「だから私は、今こうして物を押さえている」

 その一言で、また静かになる。

 白い袖の神殿使いが、ようやく詰め所の前まで来た。若い下働きらしい男で、息を切らしている。場の空気がおかしいと気づいたのか、戸惑った顔で足を止めた。

「ふ、フェルド神官から伝言です。件の若者は神殿で――」 「あとです」

 セイルは振り返りもせずに言った。

 若い使いは口を開けたまま固まる。

「今は街道番が預かっています」 「し、しかし」 「あとです」

 同じ言葉なのに、今度はもっと冷たかった。

 使いはそれ以上言えず、白い袖のまま立ち尽くす。

 ロッサムの顔が、そこで初めて本当に曇った。

 神殿の名前を出せば空気を戻せる。そう思っていたのだろう。

 戻らなかった。

 村の老婆が、小さく息を吐く。

「やっぱりねえ」 「何がです」  セイルが問う。

 老婆はガイゼルを見たまま言った。

「牙獣が寄るようになってから、妙に都合がよすぎたんだよ。道は荒れるし、薬は減るし、なのに毎回『たまたま』で済まされる」

 薬箱を抱えた女も、怯えた顔のままうなずいた。

「今朝も、あの子ばっかり疑って……」 「疑われて当然でしょう」

 ロッサムが反射で言い返す。

 だが、その声にはもう余裕がなかった。

「荷から金が出て、包みも出て――」 「そのすぐあとで、あんたらの方からも出たじゃないか」  老婆が返す。

 また、ぴしりと空気が鳴る。

 大声ではない。

 けれど、さっきまでロッサムが握っていた“笑って押し切る空気”が、もうほとんど残っていないのが分かった。

 街道番の男が、ガイゼルの手首を離さないまま告げる。

「村へ戻る。そこで正式に聞く」 「神殿でなく?」  若い使いが思わず聞き返した。

「まずは街道番だ」

 その言い方には、動かしようのない硬さがあった。

 セイルは匂袋を革鞄へ入れ、続いて帳面袋、小帳面、縄切れも順にしまう。最後に、地面の土へ転がった銀貨二枚を拾い上げた。

「これも預かります」

 ロッサムが唇を噛む。

 ガイゼルは露骨に眉を寄せた。

 だが、どちらももう押し返せない。

 そこで初めて、レオンは胸の奥の力が少し抜けるのを感じた。

 全部勝ったわけじゃない。

 村へ戻れば、まだ何がどうなるか分からない。

 神殿も黙っていない。

 それでも今、ひとつだけはっきりしていることがある。

 見た順に、残した順に、話したことが、初めて人を動かした。

 街道番の男が、レオンを見る。

「歩けるな」 「……はい」 「なら村まで自分の足で来い。だが勝手に離れるな」 「分かりました」

 拘束は解かれない。

 完全に信用されたわけでもない。

 その中途半端さが、むしろ本物だった。

 甘い匂いの残る朝の空気の中、隊は向きを変える。今度は本当に、村への道だ。

 その時、エドがすれ違いざま、ほんの一瞬だけ小声で言った。

「……さっきの、すごかった」

 聞き返す前に、もう離れている。

 顔も見えない。

 けれど、レオンには十分だった。

 前を向く。

 村へ戻れば、まだ終わらない。

 むしろ、そこからだ。

 そして詰め所の前に残された白い袖の若い使いは、去っていく一行を見ながら、あからさまに困った顔をしていた。

 あの顔は、きっとフェルドへそのまま持ち帰られる。

 そう思った時、レオンの背筋を、別の冷たさが走った。

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