表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハズレスキル《記録》で追放された僕は、消された真実を暴いて成り上がる  作者: ビッグサム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/32

メモ12 表の帳面

 結び目のすぐ裏で、爪の先ほどの金属片が月に光った。


 レオンは、すぐには動かなかった。


 動けば、見張りの目が寄る。

 焦れば、音が出る。


 焚き火の向こうでは、見張りのひとりが膝を抱えたまま舟をこぎかけている。もうひとりは荷車の脇に立っていたが、さっきから三度続けて欠伸を噛み殺していた。


 数えている。


 呼吸の間。

 靴の向き。

 火のはぜる音に紛れる瞬間。


 《記録》がなければ、とっくに諦めていた。


 レオンは左手の指先だけで金属片をつまんだ。薄い。冷たい。釘の欠片か、刃先の折れたものかもしれない。エドが、あの短い間に結び目の裏へ忍ばせたのだろう。


 縄へ当てる。


 きつく締め直された繊維は固く、最初の一度ではほとんど動かない。けれど二度、三度と同じ場所を擦るうちに、ざらりと細い毛羽が立った。


 そのたびに、手首へ食い込む痛みが増す。


 血がにじんでも、音は出さない。

 火がはぜる瞬間だけ、力を入れる。


 見張りのひとりが立ち上がり、荷車の向こうへ小便をしに行った。


 今だ、と胸の奥が言った。


 レオンは一気に刃先を押し込んだ。縄の繊維が一本切れる。もう一本。さらに二本。


 次の瞬間、結び目がわずかに緩んだ。


 息を止める。


 まだ駄目だ。

 今ここで腕を抜けば、縄の形が変わる。


 レオンは手首だけを細くひねり、抜ける寸前のところまで緩めた。逃げるためじゃない。動ける範囲を広げるためだ。


 足裏の下にある紙。

 頭の中に残った記録。

 それだけで朝まで生き延びられるか。


 いいや、とレオンは思った。


 足りない。

 相手が消せない形が、もう一つ要る。


 見張りの足音が戻る。レオンはすぐ元の姿勢へ沈み込み、手首を縄の中へ戻した。遠目には、まだ縛られたままにしか見えないはずだ。


「……寝てるのか、あいつ」  荷車の脇の見張りがぼそりと言う。 「どうでもいい。朝には終わる」


 その言葉が、また胸の奥を冷たく撫でた。


 朝には終わる。


 なら、その前にやるしかない。


 しばらくして、見張りのひとりが火へ薪を足しに寄った。もうひとりもつられて体の向きを変える。視線が一瞬だけ切れた。


 レオンはその隙に手首を抜いた。


 縄はまだ柱へ掛かったままだ。暗がりなら、少し離れた程度では気づかれにくい。


 ゆっくりと体をずらす。靴の中敷きごと紙を引き抜き、懐へ押し込む。それから地面を這うようにして、荷車の影へ移った。


 心臓がうるさい。

 耳の奥で鳴っている。


 けれど、手は止まらなかった。


 ロッサムの帳面袋は、荷台の横木へ引っ掛けたままだ。口は紐で軽く結ばれているだけ。普段から、誰も触れない前提で扱っている。今夜に限って言えば、さらに油断していた。さっきまでガイゼルと話し込み、小さい帳面だけを抜いて満足したのだろう。表の帳面には、もう目が向いていない。


 指先で紐を解く。


 中には帳面が一冊だけ残っていた。大きい方の、表の記録だ。村の名、道の確認、討伐数、荷の受け渡し。見せても困らないことだけが、整った字で並んでいる。


 村のページを開く。

 月明かりだけでも、見当はついた。


 討伐数の行。道の確認。荷の引き渡し。


 その余白へ、懐の紙を差し込みながら、レオンは急いで文字を足す。


 九枚受け取り、七枚渡し、二枚残し。

 匂袋二つ。小屋跡、朝前。


 それから、拾った縄切れを短く裂き、紙へ巻きつける。匂いが残る部分だ。さらに、破られた紙片の九枚を、その紙へ挟み込む。


 断片でもいい。

 残ればいい。

 繋がれば、意味になる。


 帳面を開けば、真っ先に落ちる位置へ差し込む。討伐数のすぐ上。報告を読む手がそこに触れれば、隠しようがない位置だ。


 帳面を閉じ、袋へ戻す。

 紐を結び直す。


 今度は元通りに見せることより、開いた時に必ず出ることだけを優先した。


 その時、荷車の向こうで薪が崩れ、火の粉が高く上がった。


「……何か動いたか?」  見張りの声がした。 「馬じゃないか」 「そうか」


 足音は近づいてこない。


 だが、もう時間はない。


 レオンは帳面袋から手を離し、荷車の下へ体を滑り込ませた。そこなら闇が深い。土の匂いと、荷の古い匂いと、まだかすかに残る甘い匂いが混じっている。


 懐の紙を握りしめた。


 証拠だ。

 今度は、ただ頭の中にあるだけじゃない。


 その瞬間、荷台の上から小さく何かが落ちた。


 布切れかと思った。

 違う。


 裂かれた紙片だった。


 見覚えのある自分の字が、一文字だけ残っている。


 昨日、ガイゼルに破られたはずの紙。

 その切れ端が、毛皮束の隙間から落ちてきたのだ。


 拾い上げる。


 そこに残っていた文字は、たった二つだけだった。


 九枚


 胸の奥で、何かがひとつだけ強く打った。


 全部は残らなかった。

 でも、消えきってもいなかった。


 その二文字が、自分の頭の中の記録と、懐に隠した紙と、表の帳面へ差し込んだ証拠を、ひとつにつなぐ。


 やっと形になった――そう思った瞬間だった。


 荷車の向こうで、靴裏が小石を踏む音がした。


 ひとつ。

 間を置いて、もうひとつ。


 ロッサムの歩幅だ、とレオンは分かった。


 その時、遠くから別の音が重なった。


 馬の蹄だ。


 夜明け前の街道を急ぐ、乾いた速い音。ひとつではない。二騎。


 レオンは息を止めたまま耳を澄ます。


 この道は、牙獣が増えてから朝の巡回が入ることがある。村の老婆が、前の週に街道番が二度見回りに来たと言っていたのを思い出した。


 蹄の音は、まっすぐこちらへ近づいてくる。


 見張りのひとりが立ち上がった。


「誰か来る」 「こんな時間に?」


 火の向こうでガイゼルが顔を上げる。ロッサムの足音も止まった。


 暗い街道の先に、二頭の馬影が浮かぶ。前のひとりは濃紺の外套。後ろのひとりは灰色の服に革鞄を提げている。


 先頭の男が、馬上から声を飛ばした。


「街道番だ。昨夜この先で牙獣の騒ぎがあったと聞いた。通行記録と報告帳を見せろ」


 荷車の横木に掛かった帳面袋だけが、朝前の薄い光の中でやけにはっきり見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ