029話 切り札は最後まで!
「嵐の魔法は森の中じゃ使えなかったけど――」
「いいから何もするな、黙って言われた時に言われた方向へ逃げれば良い」
……むう。
目の前の男の人の物言いに、不満で頬が膨らむ。
「まあ私はどっちでも良いけど、ミュリエルは強いわよ? ここまで私を守ってくれたし。あと、緊急事態だって言っても、レディを助けるのにアレは無いわよアレは」
「レディ……? せめて後5年経ってから言ってくれませんかね、お嬢様」
走っていた私とレティシアを、木の陰から捕まえて口を塞いだのは村に来た傭兵の人だった。
子供嫌いの人で、私の友達からも嫌われてる……名前は、モイーズさん?
モイーズさんはあの時、捕まえた私たちをそのまま木の根っこにある大きな窪みに押し込んで、上から草の生えた布をかけて隠れた。
そして追手をやり過ごしたのは良いけど――私たちに余計な手出しをして邪魔をするな、なんて言ってきた!
「ついて来い、敵がいるせいで迂回しないと味方と合流できん」
「はいはい、分かったわよ」
「む~……」
お父様の能力で、お互いの場所は分かるんだけど、迂回してるせいかどんどん離れて行く。
それは仕方ないけど……。
「やっぱり私も何か――」
「ガキは黙ってろ! そのまま走れ! 前を向け!」
「えっえっ? 何⁉」
モイーズさんが突然走るのを止めて、一瞬で木に背中をピタリとつける。
その手にはいつの間にか抜いた短剣、後ろからは――。
強い言葉に振り返るのを止めて、レティシアと2人で前に向かって走る。
でも一瞬見えたのは、迫ってくる追手!
「追いかけてきたの⁉」
「2人来るのが見えたよ!」
1人で大丈夫なの?
そう思った直後に、後ろから悲鳴が立て続けに2つ上がった。
振り返ると、倒れた2人の追手を確認した後にモイーズさんが私たちを追ってくるのが見える。
「2人もいたのにあっという間? あんた結構凄い……って血出てる!」
「怪我しちゃったの⁉」
「相手も徴兵されたような雑魚じゃなかったんだよ、俺はそもそもスカウトが専門だしな」
追ってきた2人を、あっという間に倒したモイーズさんはきっと強い。
でもその腕には大きな切り傷が出来ていた。
モイーズさんは腰に下げていた袋から革袋を取り出すと、中身を傷口にかける。
この匂いは、お酒?
それから白い布を取り出して、片手で器用に怪我をした腕に巻き付けた。
「ねぇ、やっぱり何か手伝った方が良いんじゃないの?」
「ダメだ、ガキは大人しくしてろ。絶対にロクな事にはならないんだ」
「でも――嵐の魔法はダメだったけど、私本当はまだ強い力を出せ――」
途中まで言いかけた私に、モイーズさんは足を止めて睨みつけてくる。
「お前の力は村で聞いてる、その後にぶっ倒れたって事もだ。まだ本当の力を隠してる? それは切り札って事だろうが。カードで勝つコツを教えてやる、切り札ってのは勝利が見えるまで切るんじゃない」
「だって、モイーズさんだけじゃ無理だよ! 2人が相手でも怪我したのに、もっと大勢来たら死んじゃうかもしれない!」
レティシアも私に賛成するみたいに、頷いてモイーズさんを見る。
それでも、モイーズさんは聞いてくれる気は無さそう……。
顎で先を示して、また歩き始めちゃった。
「全力を出せば、追ってくる人達を全員やっつけられると思うの。だから――」
「なら、なんで今までやらなかった? 自分でもリスクを理解してるんだろう。前の時みてぇにぶっ倒れるのか? 大体その全力ってのは、今まで一度でも使った事があるのか? 不確実な切り札を使って、その後にもう一度敵が来たらどうする」
……全力を出した事なんて、今まで一度も無い。
遺跡で眠りにつく前でも、そんな事はしなかったんだから。
それにリスクがあるのは言われた通り、私にも分かってる。
もう一度魔力を集めて、眠りにつく前の力を取り戻さないといけないけど、今の体になった時みたいに倒れる……ような、気がする。
今の体になった時に少し無茶をしたから、自分の体がどうなるかは私自身にも分からない。
「クソッ時間を潰しすぎた……走るぞ、今度は多い!」
「あ~もう! 全力がダメならホドホドで手伝わせなさいよ! ホドホドで!」
「その程々が状況と相性悪いから、逃げてたんじゃねぇのかよ!」
「ほ、ほんとに一杯いるよ⁉」
振り返ってすぐに肩を押されて、前を向かされる。
でも少しだけ見えた後ろには、5人以上はいる上に――。
「犬だと⁉ 面倒な!」
そう、人の声と一緒に、犬の鳴き声が私たちを追ってきていた。
隣を走るモイーズさんを見上げると、初めてその表情に焦りが見えた。
「ちょっと! どうにか出来るの? ダメならミュリエルに頼りなさい!」
「……切り札については知らんが、コイツが出来る事については父親――雇い主から聞いてる。多人数相手には分が悪いんだよ、まして犬なんぞ相手にできん」
嵐が使えないと、戦えそうな魔法は一方向への空気の噴射だけ。
誰かに向けて使ってる間、他の人には対処出来ないし、走って襲ってくる犬を追い払える気はしない。
今の私は、この森の中で上手く戦う方法を持ってない……悔しさに唇を噛む。
「チッ……仕方ねぇな……。いいか、この方向に真っ直ぐいけば、俺と組んでる別の傭兵と落ち合える。そいつと一緒に雇い主と合流しろ、お前達の勝利は2人揃って合流に成功する事だ。切り札を使うのはその時、いいな? 走れ!」
「モイーズさんは⁉」
「走れってんだろ、このガキ! 俺達傭兵の勝利は仕事の成功なんだよ!」
背中を押されて、転びそうになった所をレティシアに手を引かれて走る。
手をつないだまま走って、後ろを振り返る。
モイーズさんは口元を布で覆って、腰から取り出した瓶の蓋を開けて投げつけていた。
何かの液体みたいだったけど、それに触れてもいないのに犬たちが悲鳴を上げて逃げ散っていく。
「何だこの臭いは⁉」
「1人だ! 先にコイツを――!」
「目が……っ! 何なんだ!」
顔を背ける追手に襲いかかるモイーズさんの雄叫びが背中から聞こえて、徐々に喧騒が遠ざかっていく。
それでも何度も聞いた言葉だけは、しっかりと聞き取れた。
「やっぱりガキに関わるとロクな事がねぇ!」
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