028話 人質交渉――そんな理由で?
「2人は無事なんだろうな?」
「素性をご存知なら、危害を加えられるはずがないと分かるでしょう?」
俺の前には交渉がしたいと接触してきた男と、その護衛がいる。
まるで代表者の様な交渉役だが、素顔を晒しているって事は下っ端の可能性も高いだろう。
この男が下りてきた馬車が後ろに控えているが、その中にまだ黒幕が乗ってるのかもしれないな。
「そのわりには攫ったまま返さないな? その場で離せば良かっただろうに」
「比較的穏便な手段でお招きする計画でしたが、何故か通用せずにご友人を庇われましてね。おまけに実行者が顔を見られたからと、お連れする始末です」
「あくまでも彼女は巻き込まれただけだと?」
「左様です。この状況を招いた実行者達は既に制裁を受けております、我々はあなたと話がしたかっただけなのですよ」
誘拐しておいて面の皮の厚い奴だな。
お話はそのまま何かの強制だろうに。
「お前達の状況で、今更そんな話が成り立つとでも思ってるのか? さっさと2人を返せば彼女については目をつぶってやる」
ミュリエルについては別だがな。
一度誘拐を企てた連中を、放置できるはずがない。
とはいえ、レティシアに関しては公にはしたくない。
国に混乱されちゃ、その被害を予想できないからな。
だが、こちらの思惑など全て承知の上とでも言うように、交渉役が嘲笑じみた表情を作る。
「我々としましては既に投資を行っておりまして、引くに引けないのですよ。ですので多少のリスクを負ってでも当初の計画を進めねばならないのです」
「多少で済むのか? 国王が気がつけば……」
「娘を近づけて好意を得た後に、拉致を計画する者がいた――そう我々も報告せざるを得なくなりますな」
何だと? 誘拐の罪をこっちに被せようってのか。
……通るか? フェリシア様には事情を伝えているが、彼女も子供だ。
俺に騙されていたという扱いになる可能性はある。
何より斬り捨てられた伯爵とかいう奴には、謝罪の機会すら与えられなかった。
こちらも主張したとして、最悪この連中もろともに処刑……可能性が無いでもないか。
巻き込む範囲を考えれば、慎重にいかないと……。
「良いだろう、どんな大層な悪巧みか知らないが話だけは聞いてやる」
「さすがは名高い勇者様です。我々の望みはあなたにその名声を誇示して、神竜討伐を請け負って頂きたいのですよ」
神竜討伐⁉
今ここでそんな話が出るのか?
こいつらと依頼を持ちかけたあの子に、繋がりがある?
いや拉致の為だけに王都に店を用意して、この先の砦を使うことができて、後ろにある馬車も安物ではない。
だが依頼に来たあの子、イェリンは野生児と言っても良い格好だった。
この連中の行動から予想できる階層と、あの子がどうしても重ならない。
「何の目的でだ? はっきり言うが俺に神竜討伐なんて不可能だぞ」
「それは残念。ですがあなたには名声がございます、大切なのはそちらなのです」
そう言い、交渉役が馬車の方に視線を向ける。
馬車のドアの横にいた男が何事か中に問いかけ、交渉役に向かって頷いた。
ご意向のお伺いか。
「少々予定外ですが、あなたを計画に参加させても良いと私の上役が申しております。ですので拉致の件については共に口裏を合わせるリスクを取っていただけますか?」
「ふん、参加するのは決定事項なのか」
「主導権は我々にありますので。それにその方があなたもリスクは少ないはずです。無謀な特攻をしろと言っている訳ではありません、我々の協力の下、筋書き通りに討伐に向かったという噂、それが出回ればよろしいのです」
神竜が実際に討伐される必要は無いってことか。
ますます狙いが分からないな?
「それでどんな利益が発生する? あの子の持っていた宝石か? それとも何かの名声でも得ようってのか」
「そうですね、宝石……あれは大層な物でした。誰かが依頼を受けてそれを手に入れ、市場に流せば宝石類の相場に影響が出る。そう考えた者達が既に行動を起こした程です」
「相場……まさか、そんな理由でか?」
あの子の持っていた背負い袋一杯の宝石。
それだけでも結構な量だったが、あれは前金だと言っていた。
本命は神竜の巣穴に貯め込まれた財宝、それを全て持っていって良いと。
勇者の名声を持つ俺が神竜討伐の依頼を受け、実際に行動したと噂を流す。
あるいは大々的に出発の様子を見せれば、事実として人々の口に上るだろう。
勇者の権威は大きい。
神竜といえど、あるいは……そう思う者が必ず出てくる。
そして討伐が成った時に持ち込まれる財宝の量は、前金とは桁違いだろう。
つまり、こいつらの狙いは――。
「相場の乱高下を引き起こして儲ける? たかがそれだけの理由で、こんな事をしたってのか⁉」
「たかがとは……さすがに勇者の名声を得る方は、仰ることが違いますな。予想できる利益は、万に届こうかという人の命を左右する額ですよ?」
噂が出回れば、たしかに相場はすぐに動くだろう。
俺の父さんは、昔商人をやっていたと言っていた。
ダイキボ・アップデートの内容がある程度公表された時は、ジッソウが1ヶ月後であっても公表直後から皆行動を開始するのだと。
実際にそれが起きてから行動したのでは遅いのだ。
そして自ら変動を引き起こすこの連中は、他の者よりもずっと優位に立ち回れるだろう。
「もちろん可能性を上げるために、他にもまことしやかな噂は流します。前金の額が大きいのは実際に倒せる手段があるからだ。勇者が決行に踏み切ったのは勝算があったからだ、などという具合です。世の中が混乱すれば、それだけ大きなチャンスも巡ってきます。あなたが得られる利益も相応の物になりましょう」
「……国王によって混乱しても、チャンスは来るんじゃないか?」
考える時間を稼ぐ為に、思いついた事を適当に口に出す。
それに対して交渉役は苦笑いで返してきた。
「人はある程度の数にまとまっていれば、動きを予想できます。ですが何をするか分からない個人によって、引き起こされる混乱を予想するのは至難の業――」
馬車の方から小さな声が上がり、交渉役が言葉を切る。
何が起こったのか、位置的には交渉役よりは俺の方が視界に入れやすい。
ずっと先の森の中、おそらくは砦の方向に狼煙が上がっている。
何でもない、と話を続ける交渉役だがそっちが知らない能力がこっちにはある。
ミュリエルが逃げ出した!
あの子が自分1人だけで、というのは考えにくい。
まず間違いなくレティも一緒に連れている。
「団長!」
「おうよ!」
「愚かな! この場で始めるおつもりですか⁉ 人質がどうなっても構わないと⁉」
一応は話し合いの場だ。
下馬していた傭兵達だったが、俺の声に一斉に馬に飛び乗る。
ほぼ同時に向こうの馬車が砦の方向に向かって走り出し、護衛のほとんどがそれに続いていく。
こちらの傭兵達を恐れた……訳じゃないだろう。
逃げ出したミュリエル達を確保するつもりだ、足止めに残された連中を排除してこっちが先に2人と合流できれば――!
「増援は間に合いそうにないな、大将! 抜いて追いつくのは厳しいぞ?」
「同数ならこの場は負けないだろう? 向こうは……モイーズに期待する!」
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