表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真珠湾:一九四一  作者: Evan Guo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/50

第三十七章 東京の放送

第三十七章 東京の放送


一九四一年十二月八日、東京の夜明け。


その声は、朝六時ちょうどにラジオから流れ出した。


NHKのアナウンサーが最初に読み上げたのは、「特別重要ニュース、注意してお聴きください」という一言だった。続いて、聴取者が心の準備を整えるための静かな間があり、そして――後に日本人の記憶に深く刻まれる、極めて明瞭な声が、端正な発音で、一語一語区切って告げた。


「大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表:帝国陸海軍、本八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。」


帝国陸海軍は、本日八日未明、西太平洋において米英軍と交戦状態に入った。


それは十二月八日、日本時間の朝。ハワイ現地時間では十二月七日深夜であった。この時差の歪みが、二つの日付を永遠に結びつけることとなる。アメリカ人は「十二月七日」と言い、日本人は「十二月八日」と言う。語っているのは同じ出来事だが、その一日一夜の隔たりが、歴史の記録に常に注釈を要する理由となった。


---


永井荷風はその日、本郷の自宅でその放送を聴いた。


彼は江戸趣味の小説を書く文豪であり、古典を好んで引用し、幼い頃から東京の街には常にさらに古い層が隠れているという感覚を持っていた。戦時下では時代の主流から外れた存在であり、彼の作品は当時の物語と調和せず、彼自身も無理に合わせようとはせず、ただ自分の書くべきものを書き、同じく時流に合わぬ人々と交わり続けていた。


彼の日記は戦後に出版され、その日の記録は後に幾度となく引用された。


「十二月八日、晴。東方の空晴れ渡り、冷ややかなり。…開戦の報を聞く。然し何たる心持も無し。」


空は晴れ、東の空は澄み、やや冷たい。……開戦の報を聞いたが、特別な感情はなかった。


その「特別な感情はなかった」という一文は、麻痺ではなく、すでにこの出来事が起こることを知っていた者が、実際にそれが現実となった時の心境である――驚きでも、喜びでもなく、予想していたが、これほど早く、これほど具体的に訪れるとは思わなかった、という複雑な感覚であった。


---


作家・伊藤整は、その朝、寝床で目を覚まし、傍らのラジオをつけて、その放送を耳にした。


彼は後に日記にその瞬間の心情を記した。その記録は、当時の一般的な知識人の心情を具体的に表している。彼がその報を聞いた時、最初に感じたのは恐怖ではなく、奇妙な安堵――ついにこの出来事が起こり、終わりのない待機と不安の状態が終息した、という感覚だった。今や状況は変わり、どのようなものであれ、少なくとも確定したものとなった。


彼はこう記した。「世界が動いている、という実感を、不思議にも安堵の気持ちを持ちながら受け取った。以前には、日本が何をしようとしているのかも分からずただ重苦しかった。」


その「重苦しさ」は、その一年間に積み重なったものだった。石油、交渉、新聞の言葉が日に日に緊迫し、隣家の子供が去っていく後ろ姿、何か大きな出来事が起こる前から、それが近づいていると感じる普通の人間の重み。


そして、その大きな出来事が起こった。重みは消えないが、形を変えた。宙ぶらりんの「分からない」から、地に足のついた「分かった」へと。


---


東京のいくつかの通りでは、十二月八日の朝、爆竹が鳴らされた。


どこでもではなく、特定の場所で、長く続いた感情がついに出口を見つけた瞬間の表現だった。爆竹を鳴らした人々は、戦争が嬉しかったのではなく、むしろ長く続いた待機の状態が終わったことを喜び、その「終わり」を、日常の祝祭の形で身体が表現したのだった。


だが、他の場所では、その朝は静かだった。老人はラジオを聴き、言葉を発さず、子供たちは普段通りに学校へ向かい、道には変わりがなかった。母親は子供の鞄に弁当が入っているかを確かめていた。その出来事とラジオの放送が、同じ朝に同時に存在し、それぞれが現実だった。


---


東京近郊のある普通の家庭。その朝、中学校教師の田中幸雄――一九四〇年九月二十七日深夜、独りラジオを聴き、「この道は正しいのだろうか」と日記に記したあの人物――もまた、ラジオをつけた。


彼は日記にこう記した。


「十二月八日。開戦した。ハワイ。真珠湾。昨夜の放送、今朝もまた。子供たちは学校へ行く。何を言えばよいのか分からない。ただ、これからは、長くなるだろうと思う。」


「長くなるだろう」――この三文字が、その日の彼の日記の最後の行であった。


その感覚は、正確だった。その朝、彼が想像したよりも、はるかに長かった。


戦争はその冬から始まり、太平洋と東南アジアの密林で燃え続け、一九四五年八月まで続いた。三年八か月。その長さは、十二月八日、東京の朝には到底想像し得ないものだった。たとえ彼が「長くなるだろう」と漠然と感じていたとしても。


なぜなら、彼はその時、想像することを許されておらず、その「長さ」の先に何があるのか、知る術もなかったからである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ