ナースおばさんが馴れ馴れしいんですの。
1年前に交通事故に遭ったこと。自分が亡くなってしまったことが分からずに勤務先の病院に幽霊として出没してしまったこと。
いっぱしのブラック企業も真っ青な、365連勤を達成してしまったこと。悪霊となりて、依頼されてやって来た幽霊屋との霊力バトルに敗れてしまったこと。
霊人はそれら全てを話した。バトル前の何も聞き入れずただ怒り狂うだけの状態ではない。幽霊として本人の中にあった違和感。ボヤッとした記憶の断片の隙間。それが霊人の言葉によって埋められていく記憶。
全てを思い出した時。流れ落ちるのは涙だけ。夢半ばで命を落とした事を再度実感。
その場で泣き崩れるしかない彼女を背負い、霊人は病院の1階へと降りていった。
「やったぁ!やってくれたよ!この子は!!」
殊勲のヒーローをまず出迎えたのは、この病院のナースチームのリーダーである野田という女性。55歳。深夜の病院内であることを忘れて、高らかに声を上げながら、霊人の背中を嬉しそうにバシバシと叩く。
その精魂感じるあまりのバシバシ具合に霊人は新人ナースちゃんを背負い直しながら言い放つ。
「痛いなぁ!ナースおばちゃん、あんたもとっくに死んでますよ!!」
「ええっ!!?」
そんな幽霊を1人抜かしても、他に病院関係者が10人程いる。突然爆音でダンスナンバーがスピーカーから流れてきた為、ビックリして病室から出てきた患者達もナースステーションの前で人だかりを作っていた。
まるで誰かをおんぶしているかのような不自然な体勢で階段を降りてきた青年の姿。さらに病院に蔓延っていた少し悲しげで重苦しい雰囲気。それがすっかりなくなっているように感じるのだから、分かる人には分かる。
深夜の病院内で唯一明かりが灯り続けている場所と言っていいナースステーション前。
そこに出来た人だかりの真ん中に居たのは、見るからに高価だと分かるスーツに身を包んだ男。整髪剤できっちりと横分けにされた髪の毛と、ブランドロゴが入った細めである銀縁の四角い眼鏡フレーム。スラッと背も高く端正な顔つき。いかにもデキる男という印象。しかし、その眼鏡の奥の眼光は鋭くも、僅かに揺らめかせていた。
そんな様子のままその男は震える唇を開く。
「いかがでしたでしょうか。幽霊屋さん。首尾の方は」
「これはこれは遠藤様。もちろん、バッチグーですよ。しっかりお迎え完了です」
霊人はナースステーションの真っ白な灯りに照らされた親指を力強くグッと立てながらそう答えた。丑三つ時。幽霊を連れているとは思えない程の笑顔。これ以上ない程に。それを目にして、やっと少しはホッとした様子のスーツの男。霊人は彼に続ける。
「遠藤理事長殿も監視カメラ越しに見ていたでしょう?俺の戦いぶりというやつを」
「私は、霊感など全然ですので。あなたがバットを持って1人で暴れているようにしか見えませんでしたから」
「あら、そうですか。じゃあ、さっきからここに居るお方も?」
「え⋯⋯。誰か居るんですか?」
「1番うるさくしている去年までのナースリーダーのおばちゃんの姿も見えないと?」
そう言って、ふくよかな体型の幽霊と肩を組む霊人。その不自然に自然な彼の所作を目の当たりにして、遠藤理事長と呼ばれた男の顔が青ざめていく。
「な、ナースリーダーって。もしかして、野田さんですか?あの?」
「あの、とはなんだい。あのとは!アンタがこんなにちっちゃい頃からアタシはこの病院に居たんだからね!昔はよく、勉強だって見てあげたじゃないのさ!」
そんな風にわんわんと大声で話すおばさんナース。もちろん理事長にその声は届かない。しかし、ぞっとするものが彼を襲う。
「だって、野田さんは、半年前に大腸がんで亡くなって⋯⋯」
「だから、まだここにいらっしゃったんですよ。余程ここでの仕事が気に入っていたんでしょうね」
霊人がそう言うと、野田という名前であったナースおばさんはさらに彼の肩に回した腕にさらに力を入れた。




