また1人の幽霊を救いましたわ!
「仲川あさひ。思ったよりも粘りよる。例のアレ、お願いしますわ」
「使わないで倒したいって言ったのアンタじゃない。患者さん達、みんな起きちゃうけどいいの?」
「そうなったら、みんなでダンスタイムだ!」
「はいはい」
左耳に装着していたワイヤレスイヤホンから女性の声が聞こえなくなる。
代わりに、天井に取り付けられた館内スピーカーから、音楽が流れ始める。深夜の病院には不釣り合いなミュージック。しかしそれが、軽やかで重低音が響く、今1番日本で流行っているダンスナンバーであることは、ファンならすぐに気付く。
この建物にいる1番のそのファンは、今悪霊となってしまっているわけだが。明日には近所中からクレームを申し付ける電話が殺到すること確実な爆音。そのおかげでその音楽を生み出したイケメンダンスグループの大ファンである彼女の精神は霊人の手が届くところに引き戻されようとしていた。
投げつけようとしていた注射器を彼女は全て床に落とす。そして手で悶えるように頭を抱えて蠢く。
「カズキィ⋯⋯ミナトォ⋯⋯シュン⋯⋯ソウマァ⋯⋯」
メンバーの名前を呟きながら、彼女は弱点を露わにした。ブロック塀にぶつけ、割れた頭蓋骨から覗いた脳。それが彼女をこの世に縛り付ける最後。
霊人は飛び上がりながら両手で握ったバットを振り上げる。
「グッ⋯⋯ヤメテォッ!!」
自分に向かってきた霊人に気付いた彼女。咄嗟に振り上げた何本もの腕。その先にあったのは、バスケットボールであった。それを鈍器でも振り下ろすかのように霊人に投げつける。
こちらも咄嗟に危険を感じて避けようとした霊人であったが⋯⋯。
テーン⋯⋯テーン⋯⋯。
避けるまでもなかった。外す方が難しいような距離。もう1回やり直させてあげたくなるような下手っぴぶりであった。
霊人は気を取り直してバットをまた振り上げる。悪霊。その化身となった彼女の弱点目掛けて。
竹刀を振るかのように真上から真下へ。彼女の脳天。割れたその部分に、幽霊屋の大根切りが炸裂する。
グシャッとした感覚とお札が貼られたバットが悪しか霊力を吸い上げる感覚が合わさる。
「ギャアアアァァァッッー!!」
深夜の病院内に響く悪霊の耳を劈くような断末魔。それが聞こえるのは、ほんの数人だけである。
異形の姿となってしまった彼女の体。それを覆っていた霊力が淡い霧の筋となり、霊人が手にするバットに吸い込まれていく。それが10秒程の間で次第に収まっていく。
その結果、彼女は元の新人ナースの姿へと戻ったのだ。
彼女の意識も無事取り戻した。
「⋯⋯あ、あれ。⋯⋯。私、一体今まで⋯⋯」
自分の見慣れた手を腕を体を足元を。果たして自分の身に何が起こったのか分からない皆川あさひ。そんな彼女の前に霊人がやって来る。
まるでサヨナラホームランを放ったかのような清々しい表情。リストバントで額の汗を拭いながらの笑顔。後はお立ち台に上がり、マイクを向けられるだけ。実にやりきった様子だ。
そんな笑顔のまま、そのリストバントの中に隠していたお札を皆川あさひの額に貼る。やや細い縦長のお札だ。少し雑な霊人の文字でお札いっぱいにびっしりと色々書かれている。
何も接着する成分などを貼付してなどいないが、彼女の額に不自然な程にペタリ。
もう剥がれない。あの世に着くまでは。
「あなた、死んで幽霊となっても、ずっとこの病院で勤務していたんですよ!」
「えぇーっ!?」
事の重大さのわりに、皆川あさひは随分と素っ頓狂な声で驚いた。
「実はちょうど1年前に⋯⋯」
「あの歌ですか?」
「うるさい。俺の、俺の話を聞け」
「それも歌です。それにあなたの世代ではないのでは?」
「もういいです。勝手に話します」
「今のは誘ってましたよね?」
そんな風に、お札を貼られた幽霊におちょくられながら、霊人は事の次第を話した。




