天国男のお仕事2
実は最も大切なのは両膝を柔らかく使うこと。ストライクゾーンのやや高いところにバットを置いておくのが基本ではある。そこから高い低いどちらのボールが来たにせよ、手でバットを動かして当てにいくのではない。
膝を使って向かってきたボールに目線を合わせながら当てるのが大切。
ランナーを先の塁を進めるために、バントをする時も、悪霊の飛び道具を打ち払う時もだ。
コツン。
コツン。
コツン。
時速何キロあるのかは定かではない。幽霊が悪の霊力で放った巨大な注射器の速度を測る機械はまだ開発されてはいないだろうから。
その1つ1つを彼は丁寧にバットに当てる。バットの芯のやや先で当たる瞬間に少し手前に引くのだ。そうすると上手く勢いを殺せる。ピッチャーの投げた球も、幽霊が放った注射器も。
霊人は野球少年であった。特段、目を見張る実力があったわけではないが、これだけは上手かったと、自負する部分がある。
看護師の姿をした悪霊は、怒りの赴くままに、お迎えにきた幽霊屋に攻撃を加える。
コツン。
コツン。
コツン。
それを丁寧に対応する霊人。あまりにも見事なバントに思わず足元にホームベースと1塁線、3塁線を表す白いラインを引きたいくらい。
キャッチャーと球審がいれば尚の事良い。
「ドウシテ、ドウシテ!!ワタシハ、カンゴシサンニ、ナリタカッタダケナノニ!!」
コツン。
コツン。
元は皆川あさひという新人ナースだったものは、そんな言葉を吐き出す。
「オカアサンニ、オトウサンニ、コウタロウニ、オレイシタカッタノニ!!」
どういう原理化は分からないが、放つ注射器が無くなった。カルテ、ナースウォッチ、駆血帯、教本、筆記用具。霊人に向かって投げつけられるのは、そういったものに変わった。
コツン。
コツン。
コツン。
それら全ても、霊人は心を込めてお札がビッシリと貼られた木製バットで捉え、あの世へ送っていく。その度に、彼女が送って来た人生、思い出、後悔。そういったものが霊人の心の中に写し出される。
看護師を目指すようになったきっかけ。
幼い頃に、祖母の家で植木用のハサミで指を切ってしまい病院に運ばれた時のこと。
小学6年生の夏。所属していたミニバスケットボールクラブボール部最後の公式戦。初めて試合に出場した時。最初のプレーで転倒し、コートに頭を強打して搬送。
どちらの時も、優しく対応してくれた看護師の言葉や表情が少女あさひの記憶に強く残っていた。
推しイケメンダンスグループのリーダーが幼なじみの看護師と婚約したという噂の影響も正直あるにはある。
それ以外にも、彼女の今まで生きてきた20年分の歴史が霊人の霊力に導かれるように流れ込んできたのだ。
「ウウッ、アタマガ、アタマガイタイヨ⋯⋯」
彼女は苦しみ出す。人生最後となった事故の瞬間を思い出して。看護師としての初出勤の早朝。車に撥ねられ、コンクリート製のブロック塀に頭部を強打した時のこと。ほぼ即死だっただろうという検死結果とはいえ。
死んでしまった故、拭えぬ苦しみがある。
近くの交番から駆けつけた警察官が思わず目を逸らしてしまうくらいの痛ましい姿であった。
霊力で繋がる彼にも、その時と同じ痛みと苦しみが流れ込んでくるのだ。危ないと察知して突っ込んで来た車の方に目を向けた最後の瞬間。それを今、彼女と不思議な力で繋がる霊人も一生忘れることは出来ないだろう。
「仲川あさひさん!俺が、俺が君を無事に天国へ送り届ける!必ずだ!」
「ウルサイ!ウルサイ!コッチへクルナッ!!」
彼女は6本あろうかという腕をしならせ、また注射器を投げつけようとしてくる。
(ちょっと!6本いっぺんというのは無理なんだけど!コッチはバントなんで)
後ろの曲がり角まで下がろうかと彼が考えた瞬間、耳元から声が響いてきた。
「霊人、カッコつけた台詞を吐いたクセに急にヤバそうね」
ハキハキとした女性の声。霊人にとっては聞き慣れた同業者の声だった。




