これで今月もなんとか凌げそうですわね。
「当たり前じゃないのさ。気に入ってなかったら、30年も同じ場所で働いちゃいないよ!アタシは、家に居るよりもここにいる時間の方が長かったたんだからさ!アハハハハ!」
野田のナースおばさんは、自虐的にそう話して自分だけで大笑い。しかし、そこに一切の後悔や不満は見当たらない。
依然泣きじゃくっている新人ナースちゃんとは大違いだ。
自分の祖父の代から続く町病院。今は取締役も務める遠藤という男にとって、この場所は家そのもの。依頼した件のみならず、気心知れたベテランナースリーダーまで幽霊になって居着いていた事実は胸に込み上げるものがあったた。
幽霊からすれば、追加の幽霊回収となれば、その分の費用も込み上がる。インテリだが、怖がり。心霊有事中、遠藤の側にいたのは今回サポート役を務めた女性。普段は東北地区を担当する幽霊教会委員だが、今日は栃木県まで出向。警備室にて一部始終をモニタリング。弟分である霊人の合図で、爆音のダンスナンバーを鳴らし、異形化した悪霊の動きを封じる働きをした。
「じゃー、とりあえずのお迎えは完了しましたので。こちらにサインを」
そんな彼女が書類ケースから出した何枚かの用紙の綴り。今回の幽霊退治の契約書と誓約書。おばちゃんナース幽霊分も追加された代金に書き代わっている請求書。それを理事長の思考が停止しているうちに差し出す。実に絶妙なタイミングであった。
病院から帰宅。幽霊と共に。新人ナース幽霊ちゃんと、手を繋いで仲良く歩いて。おばちゃんナースは姉弟子に任せた。この場所の出入り口は分厚いガラス製の自動ドア。隅にはお札が貼られていて、幽霊のみ感知して開く仕組み。生きている人間はその横にある通常の玄関ドアから出入りする。
霊人は北関東ビクトリーズと、まるで野球のユニフォームのように横向きのロゴが入ったエプロン纏う。真っピンクのエプロンだ。
3人分のコーヒーを運ぶ。
真夜中のエントランス。ナースおばさんの声がやたら響いている。
「やだよ、あんた!死んでるなら死んでるって、もっと早く言ってちょうだいよ!!恥ずかしいじゃないのさ!!1人でわー、わー、騒いじゃってさ!」
真っ白で丸みを帯びたコーヒーカップ。その中に注がれた真っ黒なコーヒー。ドラッグストアで購入した大容量のインスタント。とはいえ、昨今の経済事情故、もう安物とは呼べないのかもしれない。
それをひと口、ふた口。ずずずと啜ったナースリーダーおばさんの口に合ったのか、さらに彼女の声色が高くなる。
「まさか自分が死んでるなんて思わないじゃないの。毎日ちゃんと出勤して仕事していたんだからさ。何かおかしいなとは思うことがあったわよ、それは。でも、今日はあの患者さん元気ないなぁぐらいにしか思わないじゃない?それが私自身が死んでたってんだから、笑っちゃうわよねえ!?」
幽霊退治を終えた後の炭酸飲料は異常に美味い。霊人の先代もよくそう言っていた。幽霊の客人にはコーヒーを差し出すが、自分は炭酸1択。氷をたっぷり入れたグラスに注いだコーラを一気飲みした。1、5リットルのペットボトルを傾け、再びグラスに注ぐ。
「私も」
姉弟子も同じものを所望。自分のよりも若干大きいグラスにたっぷりと注いだ霊人。またひと口飲んだ後に、目の前に座るおばさん幽霊の目を見た。
「俺もビックリしましたよ。新人ナースさんのお出迎えに行ったのに、ナースリーダーさんまであの病院に縛霊していたんですから。頼みますよ〜!成仏しといて下さいよ〜」
「あら、ごめんなさいね!でも、あの場所に居たということは、私は未練があったということなのかしらね」
「まあ、人によりますけど。野田さんの場合は、本当にこの病院が好きで。この場所で働くことが生き甲斐だったであろうお人だったんだろうと。ちゃんとお葬式したりしても、ナース魂がいまだ灯り続けていたというパターンでして。いわゆる守護霊のような存在になっていたわけですね」
霊人がそう説明すると、ナースリーダー野田の頬が丸く膨らむ。隣に座る新人ナースの背中を叩いた。
「聞いた?仲川ちゃん!私、守護霊だったんですってね!聞いたことあるわ!いい幽霊ってことよね!?」
野田には悪気は全くなかったのだろうが、コーヒーを提供してくれた青年とバトルを演じた仲川の胸中は穏やかなものではなかった。




