第五章 平衡、平穏(2)
「またあなたですか、ルカ・アリオスティ殿」
リーザの宮を、また、招かざる客が訪れていた。言うまでもなく、ルカ・アリオスティである。
「私のことはルカでよいと、リーザ」
そんな風におどけるが、リーザは顔をこわばらせたままだ。
「私を名で呼ぶのはおやめなさい、ルカ殿」
「何をいまさら言うんだ。私たちは幼馴染であり昔馴染みであり共謀者でもあるではないか」
「共謀? とんだ勘違いを。私はただ、エミリア国民の平和と幸福のために私自身の理想を追っているだけです」
しかし、共謀、と言われて、心にちくりと来るものがどうしてもある。
結局、ルカの思惑通り、エレナの悪魔性を証明し、ディーンを絶望に追い込む、という手段で、石を奪った。
それは、リーザに大いなる未来を約束した。
その罪滅ぼしに、せめて、ディーンとエレナの、平穏な生活を守ってあげたい、と思う。
その警護の手は同時に、彼らが再び鉱石を掘り当ててしまわないかの監視の目も兼ねている。
リーザは、彼らが細々と海底調査を始めていることを知っていた。それはすぐに猊下の知るところとなった。
その状況をしっかりと監視し、問題があれば猊下に報告する、それが、彼らを放っておくことに対して、主教猊下が出した条件だった。
「ふん、だろうな、君にとっては私は共謀者でさえないのかもしれん。実のところ君は、あの悪魔の正体さえ私に隠している。どういうことだ」
「……申しあげたとおりですわ。あれは、一種のロボット。生身の人間を手足として使っているロボットのようなもの。それ以上のことは、私には理解できておりません」
最初にエレナの正体を掴んだ時、リーザは腹立ちまぎれに、ルカにそのように吐き捨てた。あのとき、リンクが切れて何も見ることがかなわなかったルカにとっては、それが全ての情報なのだ。今になって思えば、リーザの言葉はエレナの正体をルカから隠すヴェールとなって作用しているが、今更、改めてエレナの生い立ちについて語るつもりは無い。
「……私もなめられたものだ」
そして、ため息をつき、
「なにより元をただせば、アリオスティ家とメアッツァ家の関係こそ、君の問題解決の糸口だったではないか」
そして、それも事実だ。付き合いの深かったアリオスティ家を経由して、現当主の叔父に当たる主教猊下と誼を結べていたことが、リーザの計画の始まりである。リーザにとって、アリオスティ家に対する不義理は、しづらい。
「なるほど確かに、リーザ、君はあの平民をうまく躍らせたかもしれない。大叔父上――主教猊下のご心配を解くために尽力したかもしれない。だが、そのきっかけはいずれも私だ。猊下のご心配を知らせたのも私。あの悪魔の正体を暴く糸口を見つけたのも私。あの平民が悪魔から引き離されるよう手を打ったのも私。君はその果実を摘んだだけではないか。共謀とは、だいぶひいき目に言わせてもらったつもりだよ」
「……わかりましたわ。では私は伏してあなたに謝礼を述べればよいのですね? この王姪をかしずかせるのがあなたのお望みと」
「意地の悪いことをいうのはやめてくれリーザ。私の気持ちは知っているだろう」
「そうでしたわね、私もこれで自分の血も容貌も過小評価してないつもりですわ。私を共謀関係に落として脅迫し好きなように嬲り甘美を味わい尽くしたい、と、そうおっしゃる」
「リーザ!」
瞬間浮かんだ怒りの表情を、ルカは、慌てて消し、声を平静に保つ。
「……そんなつもりがないことなど、君自身が百も承知だろう。ただ君のためにやっているのだ。君の誇り高い意思と至高の血筋を、この私が守りたいのだ」
「あなたが欲しいのは私の血だけでしょう。そうおっしゃれば、何リットルでも差し上げます」
ルカはそれに対し、再び、複雑な表情を浮かべる。
ルカの思いは、ある意味で、純粋だ。
平民が、容姿や性格に惹かれ恋に落ちるのと同じように、高位貴族の精神構造は、爵位や血筋に惹かれて恋に落ちるように出来ているのだ。
ただ、ルカは、それ以外のものがあまりに欠け落ちているだけで。
「……一度は心を通わせ合った」
絞り出すように、ルカが声を出す。
かつて、幼馴染として、夢を語り合ったこともあったはずだ、と。
「幼いころの話」
リーザはピクリとも表情を変えず、平坦な声で返す。
「私は君を助けると決めていたのだ」
「私は私を助けるすべを知っています」
「どうして分からない。大叔父上はいつでも君を切り捨てられる!」
「ならば私の運命はそれまでなのでしょう」
「そんなことはない、君がどうなっても何を失っても、私は」
「すべてを失っても私には王家の血が流れていますから」
「――第七位だ」
ルカ・アリオスティの誇り高き血が耐えかねて、この言葉を吐いた瞬間。
「出ていきなさい。これ以上、この王女を怒らせたくなくば」
リーザは、静かに、退去を命じた。
***
すべて、リーザのためにやったことだというのに。
下賤な教会の過激派を動かし。
あの平民を追い詰め。
マリアナの悪魔の正体を暴きもしたし、平民を操って遠ざけることもできた。
そうしてリーザは、あの平民から鉱石を受け取り、猊下にそれを献じることまでできた。
すべて、私がおぜん立てしたことではないか。
なのに、あの態度はどうだ。
すでに、正教の後ろ盾を得て私よりよほど上に立った気でいる。
今すぐ私のものになれなどと言ったわけではないではないか。
いずれ隣に立つものとして、私と手を取り合わないかと、それだけではないか。
私の手は借りぬ、だと?
何様のつもりだ。
もう、典礼尚書の地位でも手に入れたつもりか。
伴侶を自由に選べる自由を得たつもりか。
第七位。
何をどうやっても次代の王にはなれぬ身分。
であれば、相応の貴族家に嫁いで高貴な血筋を守ることが義務ではないか。
なぜそんなことも分からぬ。
生まれながらにして至高の血筋を持つものとしての自覚はどこへやったのだ。
それとも、下らぬ身分や役職に固執し、嫁き遅れて子爵にも満たぬ下賤のものの慰み者にでもなる気か。
許せぬ。
手を差し伸べねばならぬ。
今、リーザが手にしている虚飾を、虚飾であると教えてやらねばならぬ。
今、リーザが猊下の信頼を得ているのは、一つに、テゾーロを封じたという過去の功績。一つに、悪魔と悪魔のもたらすものを封じ続けるという未来の功績。
どうする。どうすればいい。
あの悪魔と平民の居所は分かっている。
仲睦まじく暮らしているようだ。虫唾が走る。よくもあんな機械人形と暮らせるものだ。
どうせあの機械人形は、いずれ私への狼藉の咎で裁かれる身なのだ。
ただ今はリーザの庇護があるから手出しできぬだけで。
あの女を告発するか、逃がすか、――殺すか。
告発。
となれば、機械人形は白日の下にさらされ、それを庇護していたリーザの醜聞も広まろう。それを私が支えてやればよい。
逃がす。
管理下に置いてあるとして猊下の信頼を得ていた悪魔が逃げたとなれば、これもリーザの立場を危うくしよう。それを救えるのは私だけだ。
殺す。
これは、あまり良い手ではない。第三者に殺されてはリーザの責任は軽くなる。最後の手段だ。
――いや、リーザに責任を負わせて殺す手もあるか?
考えてみよう。
いずれリーザに降りかかる危難なのだ。それほどに、リーザは危ういバランスの上にいる。私が除いてやらねばならない。
ある日天秤が傾いて、リーザが破滅してしまうくらいなら、いっそ私が――
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