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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水


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第六章 勝利、敗北(1)



■第六章 勝利、敗北


 ディーンがさらわれた。


 やっぱり一人にするんじゃなかった。

 エレナの心に次々と後悔が去来する。


 私に、そこまで見通す力があったら。

 私はしょせん半端者なのだろう。

 何もかもを見通せると思い込んでいた。

 でも、人の心は、人の悪意は、全く見えていなかった。

 もっとしっかり目を開けていれば。

 あらゆる兆候を、全身の神経で受け入れていれば。


 ()()()になら、これが分かったはずなのに。

 ディーンとの心地よい生活に甘えてしまった『私』の責任だ。


 路上で奪った二輪車を、全速力で走らせる。

 アリオスティ家の荘園の境を通り抜ける。わめく門番など無視して突貫した。


 遠くに、別荘が見える。その脇に広がる庭園と、続く丘。

 丘の上に、小さなパーゴラのようなものが見える。

 そこに、ディーンを示す『明かり』が見える。

 それは()()()にだけ許された感覚。

 エレナがその力を使うときにだけ見える、虚像。

 あらゆるものが理由や理屈を脱ぎ捨て、真実を見せるとき。

 彼女には、真実は意味無き意味となって聞こえ光無き光となって見える。


 周りに、十人ほどの護衛がいる。

 彼らの武器は――神経銃。それと、ナイフとボウガン。

 このまま走っていけば、全く遮蔽物のない中で神経銃の餌食になる。

 敵はそこまで考えてのこの広い庭園での布陣なのだろう。

 いち早くそれに気づいたエレナは、バイクを飛び降りて、地面の小さなくぼ地に身を伏せる。


 ディーンのそばにいる男が、馬鹿笑いしている声が聞こえた。

 敵の視線の向きを感じながら、そのわずかな認知の隙をついて、茂みから茂みへと、巧みに体を滑らせていく。

 やがて、周囲を警戒している男まであと五歩というところまで近づいたとき――


「ロベルトォッ! 右後ろだ間抜けめっ!」


 馬鹿笑いしていた男が、的確にエレナの位置を目の前の衛兵に教えた。

 振り向いた衛兵は、すぐにエレナを視界にとらえ、神経銃を構える。

 エレナは慌てて左右にステップを踏み、錯覚を誘ってから、前のめりに加速。走り抜けざまに膝裏をかかとで打った。

 男は、ぐっ、という声を上げて膝をつくが、戦闘力を奪うのには程遠い。

 しかし、その一瞬の隙で、エレナはディーンの捕らえられている方に駆ける。

 周りの衛兵たちにも姿が見られており、神経銃が向けられる。しかしその照準は甘い。当たらない。確信をもってさらに加速。

 そうして数十メートルをかけたところで、偶然にも、すぐ前方に、神経銃の着弾を示す蝙蝠の鳴き声のような高い音が、エレナにだけ分かる感覚で聞こえ、慌てて身を伏せる。

 動きを止めてしまうと再び身を伏せるしかない。

 ディーンのいる場所まであと二十歩。

 こうしている間も、十名にも及ぶ衛兵たちは包囲の輪を狭めようとしている。


 全員無力化しなければ、ディーンを連れて逃げるのは難しいだろう。

 どうするか。

 草の陰から周囲をしっかりと観察する。


 再び、虚像が見え始める。

 ――右側の二人、突出しそうだ。まずはあの一角を崩して――


「ロランド! フィオリーノ! 狙われているぞ!」


 瞬間、またあの男からの怒号。

 呼ばれた二人――エレナが狙おうとしていた二人が、足を止める。

 そちらに向けて駆けだそうと膝のばね弾けさせたエレナにとって、それはまさに虚をつかれた形だ。


「終わりだ! 動くな!」


 その男の声に状況を再分析し――確かに、もはや一歩も動けないことを知る。

 直接狙ってもうまくいかないと気づいたのか、エレナの前後左右に、神経銃の照準が漂っている。

 エレナは、ゆっくりと立ち上がり、男に向き直った。


「見事だ。君もどうやら、なにか知覚サポートを使っているようだね? だが、私のオラクル級ジーニーには及ばないようだ。パラゴン級か、もう一つ下のプロキシ級のジーニーと言ったところか」


 男が話す間も、エレナは隙を探し続ける。


 人間は、ずっと同じ姿勢と緊張感を維持することはできない。

 どれだけ気を張っていても、必ず認知の隙間が生じる。

 どのような動きと仕草を見せれば、その認知の隙間を強引にこじ開けることが出来るかを――エレナは『知る』ことが出来る。

 今も、わずかな身振りで、囲んでいる衛兵たちの認知を揺さぶっているのだ。


 神経銃の照準がエレナの想う通りに動く。面白いように。

 その揺さぶりを拡大していけば、エレナ一人が潜り抜ける隙間は簡単に作れる。

 このような窮地、これまで彼女が潜り抜けてきた地獄に比べれば、余りに浅い。


「さて、そのサポート機械の位置も、私のジーニーが割り出そうとしている。まさに、直感でね。事実性確度は――まだ三十五パーセントと言ったところか」


 その言葉に、エレナは一瞬、焦りを見せた。

 確かに、彼が指摘する通りのものは、ある。

 そう簡単に手を出させるつもりは無いが、彼の手のものがどこまで近づいているのか、正直分からない。

 それを知ろうとするなら、目の前の敵から一瞬注意をそらさなければならなくなってしまう。

 ここで彼らをなぎ倒してそれを守りに行くのが間に合うかどうか――


「そちらを突き止めて叩くのが先か、君がここで疲れ果てて倒れるのが先か、――まあいずれにせよ、君はここでおしまいだ。お帰りは、冷凍パックにリボンでもかけてやろうか?」


 エレナの動揺を誘うように、ルカが叫ぶ。

 その程度の挑発に乗るようなエレナではない。ないのだが――


「やめろっ!」


 瞬間、ディーンが大声を上げ、横にいた巨躯の衛兵に体当たりする。

 虚をつかれた衛兵はバランスを崩し、ディーンを囲みから逃がしてしまう。

 衛兵の一人――ディーンに物理的恐怖を与えるためにボウガンを構えていた一人が、とっさに、その切っ先をディーンに向けたのを、エレナは見た。

 エレナは頭が真っ白になり、とっさに懐からそれを――火薬式の拳銃を――取り出し、二度、トリガーを引いた。

 一つの弾丸は、ボウガンの矢を折り、もう一つは、その衛兵の右肩を貫く。


 血しぶきが、ディーンの頬に飛び散った。


挿絵(By みてみん)


***


「どうだ、言った通り来ただろう! はははははっ!」


 ルカ・アリオスティは、笑っている。

 彼にとって恐るべき敵が来たはずなのに、目を輝かせて笑っている。

 それは、狩人の顔。


「さあ、今から、狩りを見せてやろう。平民! リンゼイ! 私に名を呼ばせた貴様に、特等席で見せてやる!」


 そして、いくつかのハンドサインを出すと、衛兵たちは、さっと神経銃を構えて、エレナを迎え撃つ体制に広がる。

 それを見たエレナが、バイクを捨てるのが遠くに見える。


「勘がいい。……いや? あれは、知覚サポートがあるな? ジーニーか? だとしたら少々面倒だな。……ジーニー! 衛兵への臨時リンクを許可する」


『かしこまりました』


 中性的な声色の応答が、ルカの胸元から聞こえてきた。

 ジーニー、究極と言われる知能機械のことを、ディーンも知らないわけではない。

 ブレインインターフェースによる知覚の強化は、あらゆる問題の解決を強力にサポートする。

 それは、無いはずの知恵を脳裏に浮かばせ見えないはずのものの位置を推測し、果ては正確な動作のための筋肉への信号補正といった領域にまで及ぶ。

 ただ疑問に答えるだけの人工知能ではない。


「分かるかね、私は、貴様には想像もできないようなジーニーを持っていてね、そのブレインインターフェースを、ここにいる十二人の衛兵すべてに与えているのだよ。くっく、私の持つオラクル級はね、リーザでさえ――王家でさえ持てない最上級品なのだ。貴様の愛するエレナとやらも、どうやらそういうものを使っているようだが――さて、どの程度のものを使っているか、見てやろうか」


 にやにやと笑いながら、戦況を眺めている。

 ディーンはその瞬間、リーザという救いに思い当たり、とっさに懐からデバイスを取り出した。

 そして画面のロックを解除しリーザの連絡先を――

 そう思ったが、デバイスはブラックアウトしていて、動かない。


「ああ、そうそう、ジーニーは、普通の情報処理機械としてもたいそう優秀でね、平民のデバイスをロックするくらいの不正にも役立つのだ」


 嘲笑うルカを、ディーンは睨み返すことさえできない。

 まるで役者が違う、と思わせられる。


 事態の進行が全く分からないが、見ていると、ルカが叫んで、衛兵にエレナの位置を知らせている。


「ちっ、リンクが弱い連中はあの程度のことも気づかぬのだ、間抜けめ」


 あのエレナの圧倒的な戦闘力も、ジーニーか何かのサポートだったのだとしたら――そしてルカにそれと同等のものがあるのだとしたら――確かに、もはやエレナに抗うすべはなくなってしまう。

 彼女の前に立っているのは、彼女が使っている以上の性能を持ったジーニーで、それが、十三人、ひとつながりで指揮されているのだ。


 思えば、エレナが、何らかの異常な知性を持っていると知っていたではないか。

 そう、彼女はきっと、ジーニーを持っているのだ。

 なぜ、このことに思い当たらなかった。

 そして、なぜ、エレナの天敵ともいえる男の場所に、彼女を引き込んでしまったのか。

 ひたすら、後悔が頭をよぎる。


 思考の堂々巡りをしているうちに、エレナは、囲まれて、立ち止まってしまった。

 余りにあっけなく、勝負は決まっていた。

 ルカがエレナを嘲弄する声が、遠くに聞こえる。


「――君はここでおしまいだ。お帰りは、冷凍パックにリボンでもかけてやろうか?」


 その声をきいたとたん。

 エレナが殺されてしまう、という恐怖が、ディーンの体を駆け巡る。


 エレナが?

 いなくなる?

 ……僕のために?


 ダメだ。

 そんなことは、許せない。

 やっと僕の人生に現れた――


「やめろっ!」


 肺から絞り出された言葉はたったそれだけ。

 そして、言葉にならない思いが、彼の体を動かした。

 横にいた男に体当たりをして抜け出す。

 せめてやつらの敵意をこちらに向けて、エレナのための隙を作らなければ。

 そんな風に思った行動だったが。


 パン、パン。


 ディーンが聞いたことのない、乾いた音が、二回。

 粉々になって吹き飛ぶボウガンの切っ先と、頬の生暖かい感触。

 赤いものをまき散らしながら倒れる、衛兵の一人。


 何が起こったのか理解するまもなく、次の音が聞こえる。


 ――あれは、そう、存在だけは知っている。鉛の弾を撃ち出す、火薬式の、銃だ。ひとたびトリガーを引けば、人の命を奪わずにおけない、過去の時代の残虐な兵器。


 さらに二回音が聞こえ、ディーンをかこっていた三人を含め、合計で四人が倒れている。

 ルカが、あっけにとられた顔で、立ちすくんでいる。


 エレナは、すっ、すっ、とステップを踏んでいる。チリッ、という空気がこすれるような小さな音が断続的に聞こえる。多分あれは、神経銃が着弾していて――あろうことか、それを、避けている。

 そして、しなやかな動きで全員の視線を外したかと思うと、またトリガーを引き、それは、一人の衛兵の手首を撃ち抜いて沈黙させる。

 次の瞬間、ディーンは再びエレナの姿を見失う。

 それは、身をかがめて急加速したことによる錯覚だった。

 気が付くと、エレナは一人の衛兵に肉薄している。

 慌てて神経銃を向けようとするが、その至近距離での神経銃は脅しにもならない。

 弾けるように飛び上がったエレナの右手が握っているのは、銀色に光るナイフ。

 それが二度ひらめき、両手の指を四本、まとめて切り飛ばしている。

 うめく男のバランスを崩して後ろによろけさせ、それを盾にするように踏み出す。

 神経銃が着弾し、よろめいた男は、悲鳴も上げず昏倒するが、その後ろから飛び出したエレナは、既に、射手の目の前にいた。

 振るったナイフはトリガーにかけた指を飛ばし、次いで、鼻から眉にかけて斜めに切り裂いた。流れ出る血潮が男の目を潰す。指と視界を奪われた男は、沈黙する。


挿絵(By みてみん)


 また、エレナの姿が消え、同じことが、もう一人の男の前で起こる。

 右手首、左肩、膝。

 戦意を失わない男に念入りにナイフの切っ先を突き立てていく。

 飛び散る返り血が、エレナを赤く染めていく。


「ルカ様っ!」


 一人の衛兵が、助けを求めるように叫ぶ。


「こっ、殺せっ!」


 ルカから出たのは、無慈悲な言葉だった。

 降伏か撤退かの指示を期待した衛兵は、自らの立場を呪った。

 役立たずの神経銃を捨て、ナイフを構える。

 まだ格闘戦なら、体躯に有利な自分にも勝ち目があるかもしれない。

 どうやらあの火薬式の銃は、弾切れのようだ。ああいうものは、五、六発で弾が切れると聞いたことがある。

 そのように考え、ナイフを振りかざし、エレナにとびかかる。

 エレナはそれを見て、悠々とその衛兵のナイフの腹を、左手で、トン、と軽く逸らした。

 それだけで、ナイフの軌道はずれ、そればかりか、親指を通して手首がねじられ腕の力があらぬ方向に抜け、大きく空振りしてしまう。

 次の瞬間、衛兵の右肩には、エレナが逆手で横ぶりしたナイフが深々と刺さっていた。

 それは、肩から上腕に繋がる腱を的確に断っており、腕が上がらなくなっている。


 衛兵が他人事のようにそれを確かめているうちに、残る三人の衛兵も、似たような運命をたどった。


 全てを終えたエレナは、ゆっくりとルカに顔を向け、歩み始める。

 さくり、さくり、と草を踏む音が近づいてくる。

 やがて東屋の煉瓦に樹脂ソールが乗ったコツリという音に変わり、エレナは、彼女より長身のルカを見下ろすような――物理的に不可能としか思えない――視線を送った。


「はっ、はぁっ、はぁっ、くっ、くるなっ、化け物め!」


 エレナの舞いに気を取られて気付いていなかったが、ルカは恐怖の極みにあった。


 オラクル級ジーニーの指揮の下にあった一騎当千の精鋭たちが、瞬く間に無力化された。

 その返り血を浴びた女が、ゆっくりと近づいてくる。


 コツ、コツという音がやがて終わる。

 エレナは、ルカにナイフが届く位置で、歩みを止めた。


「みんな、無力化した」


 淡々と告げるエレナに、ルカは反論のしようがない。


「あなたはどうすれば戦意を失う?」


 腱や筋肉や指で直接の暴力をふるう連中は、腱や筋肉や指を断たれて、戦う力を失った。

 では、背後から()()()()()()()()をふるっていたお前はどうしてやればよいのか、という問いだった。


「たっ、たすけてくれ、もう手は出さない!」


 尻もちをついて、後ずさりする。


「あなたは嘘をつける。ディーンにも、嘘をついた」


 そう言いながら、エレナは、リボルバー式の拳銃を改めて手に取る。

 シリンダーから薬莢を捨て、ポケットから出した予備の弾丸二発をゆっくりと詰める。

 そして、それをルカの眉間に突き付けた。


 ――意思と意図による暴力をふるうのなら、その意思と意図を刈り取ってあげる。


 誰にも声は聞こえなかったが、エレナは確かに、そう言った。

 誰もが、そう言ったと確信した。


 ルカは、ひっ、と声をたて、両手を上げる。

 股間に温かいものが広がっているが、気にしている余裕がない。


「決して、手を出さない! やめてくれ! 死にたくない!」


 その必死の表情をしばらく見ていたが、やがて、エレナは銃口を下ろした。


「私はいつでもあなたを殺せる。覚えておいて」


 何度も小刻みにうなずくルカを置いて、エレナは、行こう、とディーンに声をかけた。


***


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