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魔法と魔人と王女様:プリンセス・リーザ; The Seventh  作者: 月立淳水


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第五章 揺動、出動(5)


 その映像通話は、不意にリーザを襲った。

 発信元は、ルカ・アリオスティ。

 丁寧に添えられた場所は、マリーナロメアからほど近い、アリオスティ家の小さな荘園。

 マリーナロメア。

 ディーンの住む街。

 嫌な予感がよぎる。


『やあリーザ。ようやく舞台が整ったよ。あのエレナという女の正体を暴いて、あの平民を屈服させる準備が。たかが平民に随分手間をかけたがる君のご希望通り、彼が自発的にあの女を追い出して鉱石を君に渡す。それももうすぐだ』


 どこかの部屋からだろう。ルカがニコニコと笑いながら話しかけてくる。


「どういうことですの」


 リーザの言葉には思わずトゲが含まれてしまう。


『言った通りだ。今、あの平民はここに捕らえた。まだ彼は、私を善意の貴族だと信じている。悪の教会に脅された善の貴族だとね」


 そう言ってから、ルカは、上品に声を立てて笑った。


『そして間もなくエレナが来る。そこですっかり転向したあの平民の姿を見たエレナはどうなるだろうね? まあ、直接いたぶってやった方が効果的だろうがね』


「……いたぶれるような相手かどうかを確かめることも、ですわね」


『そうだとも。確かにあれの強さは異常だ、との報告もある。だから少なくとも神経銃で武装している。まあ、神経銃を持ったうちの精鋭十二人には、手も足も出ないだろう。しかし、安心してくれたまえ。一発では仕留めない。手の内をできるだけ暴いてから君に渡そう』


 それを聞いてリーザは、何とも言えないため息をつく。


「……ようやく分かりましたわ。アンティ・テゾーロの使い道についても。彼を揺さぶる悪徳宗教家としてお使いになったのですわね。なんとも……」


 ディーンはだいぶ参っているだろう、という言葉までは継がなかった。


「エレナの正体が分かったら、あとは決して手出しはなきよう」


 リーザは念を押すが、ルカは、鼻で笑う。


『それはあの平民次第だ。信仰に裏切られエレナの正体を知り大貴族の私に頭を下げられ、エレナを裏切るだろうね。そこまでは仕上げておいてやろうではないか。いや、どうだろうか、その辺の愛だの恋だのという平民の戯言は、よく分からん。もしかすると愛に殉じるなどと言い出すかな? まあそれも面白い。指が何本無くなったら目覚めるか、血が何リットル流れたら愛を捨てるものか、一度見てみたいとも思ってたんだ。拒否するならするで、まあ後の楽しみが増える』


 その言に、さすがのリーザも顔色を変える。


「なんということをおっしゃるのです。仮にも国王陛下の臣たる人民をそのように扱うことは許されません!」


『迷惑はかけんよ、きちんと転向させて渡す。それで君の役にも――む、準備できたか。まあ、見ていたまえ』


 リーザの反論も聞かず、ルカはカメラの前を立ち去る。すぐにカメラが切り替わり、庭園の東屋で一人待たされているディーンが映る。


 リーザにとっては、たかが平民。

 覚悟さえ決めれば、いつでも処せる相手と思っていた。

 不安そうな面持ちで座っているディーンを見ていて、それでも、心に引っかかりを感じる。


 直接会話し、ファーストネームで呼ばせ、その隣にいるエレナに――言いようのない敗北感を感じ。

 そのキーになっていたディーンという一人の男に、今まで感じたことのない感情を持っているのは、確かだ。

 まだ、心を通わせ合えるかもしれない――宝石の原石のような。


 ルカがフレームインしてくる。

 気弱な貴族を演じ、ディーンの同情心を盛大に刺激している。

 平民の平穏を祈ることと、平民のために心にもない嘘を重ねることは、なんだか似た作用に思える。

 あそこまで平民のために労力を使うという意味では、リーザとルカは似た者同士なのかもしれない。


 やがて、ルカの高笑いが聞こえてきた。

 驚愕の表情でそれを見つめている、ディーン。


 その光景は、あの日の光景に重なる。

 笑顔で友達を紹介した小さなノーラに浴びせられる熱湯、響き渡る悲鳴、平然と妹を商品扱いする大貴族。


 私は、私はまた、見ているだけなの、リーザ?


 自らに問う。

 ――そうよ、リーザ。それが『王女様』よ。


 違う! 王女様は――エミリアを、宇宙一の国にするんだよ!

 幼いリーザの声が響いてくる。

 宇宙一の……。


 ――そんなの無理よ。

 天井を、その向こうに広がるであろう星空を、見上げる。

 あんなに遠い。あんなに広い。

 ちっぽけな私は、ここで見ているだけ。


”一番最初のカップルは、私が結婚式を挙げてあげるんだ!”


 いつか、小さかったリーザが、恋人たちの海岸を思いついたとき、侍女に語った言葉が、よみがえってくる。

 最初の一人――

 そうだ、どうして最初から、全部を、なんて思ったの?

 最初の一人から始めればいい。


 そして思い出す。

 私自身で私の運命を切り開くと立ち上がったとき、使いのものをやらず、私自身で会いに行った、ディーン。


 目的こそ自らの処し方に関するものであったが、彼に対して、友人となると告げ、ファーストネームで呼び合うようになり、リーザの中でそれは変容していた。

 ただの平民ではない。心を通わせ合えるかもしれない、為政者として接することのできる、最初の人。

 それに選んだのが、ディーン。

 そうだった。

 彼こそ、()()()()()だった。

 それを救うために、今、エレナは死地に入ろうとしている。


 ――負けられない。


 エレナが何者であろうとも、ディーンを救うのは、私だ。

 なぜなら、ディーンは、私の、一人目だから。


 誰もが隣人を信頼し、隣人の信頼を信じている、優しい国、エミリア。

 それは、リーザの理想とする、『宇宙一の国』の在り方の根本ではなかったか。

 だからこそ、猜疑の種を一つずつ優しく摘み取ろうとしたのではなかったか。

 今ディーンは、そこから最も遠い場所にいる。

 貴族を疑い、教会を疑い、自らさえ疑っている――


 それを救えるのは、私だ。


 ルカにも、エレナにも、譲ってやるものか。

 たとえ、血塗れになろうとも。

 たとえ、彼に嫌われることになろうとも、彼にとってのこの国の優しさを、取り戻すのは、私。


「オズヴァルド!」


 通信から流れてくる映像はそのままに、リーザは立ち上がる。

 すぐに、隣室からオズヴァルドが駆けつけてくる。


「何人か、兵を。出ます。このモニターをしっかり見ていて。あの平民を、救出します」


「お言葉ですがここでアリオスティ家ともめ事を起こすことはお勧めいたしません」


「構いません。私が責任を負います」


「かしこまりました!」


 すぐに兵士と移動手段を集めにオズヴァルドが走る。

 リーザはいつものお忍び用のつばの広い帽子をさっと手に取ると、深くかぶり、口をきゅっと結んだ。


挿絵(By みてみん)

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