第四章 疑念、疑惑(1)
■第四章 疑念、疑惑
「はーっはっはっは、あははは、傑作だ、これは傑作だ!」
ルカは、大声を上げて笑っている。
「あの女は! やはり! とんでもないものだ! ははははは!」
彼の目の前には、モニターに、サーベイランスカメラの画像が映っている。
エミリアの貴族は、公的なデータをある程度自由にする権利がある。
とはいえ、それは貴族間の情報戦という側面もあり、単に平民のプライバシーを侵害するという問題にとどまらない。
だから、貴族同士の激しいけん制の結果として、そうした映像を自由に見ることは、並大抵のことではできない。
それでも彼が出来たのは、彼に、人類最高の知能機械『ジーニー』がついているからだ。
それは、単にセキュリティを破るといった論理的な情報戦能力も持つし、あるいは、他の貴族の興味を『直感的に』分析する能力も持つ。
シンプルに言えば、他の貴族が興味を持っていない瞬間を見極め、そこに滑り込むということ。どれだけ情報技術が発達しても必ず残る『人間の認知の隙間』という最大のセキュリティホールを突くことが出来る、そういうことだ。
ジーニーが最も得意とするのは、そうした『人間の認知の上での情報戦』のサポートである。
アリオスティ家にそのジーニーがあることは、ある意味でアリオスティ家の強さの源泉でもあった。
特に、歴史上の様々な偶然と神のいたずらにより、彼の家は宇宙でも希少な『オラクル級ジーニー』を持っている。
一般に上級貴族や王族が持つとされている『パラゴン級ジーニー』とは一線を画する直感能力を持つとされている。
オラクル級は、パラゴン級の推論や予測さえをも『外す』ことが出来るのだ。
パラゴン級が予測した人間の認知の隙間を、その隙間を知ったという事実でさらに隙間に変えてしまう、それがオラクル級であり、『神の知恵』の名は伊達ではない。
だから、彼がジーニーの力で認知の隙間を見つけ出し盗み見をしていることをさらに知ることが出来るものはいないし、安心して娯楽に浸ることが出来るのである。
彼の目の前で繰り広げられているのは、まさに、エレナがマンションに仕掛けられた爆弾に気づき、ディーンを連れて逃げ出したシーンだ。
リーザが目にかけているらしい平民が気になったルカは、時折その動静を聞くのだが、今日はいつになく、ジーニーが強く観察を勧めてきた。
何か面白い物語が始まるのかもしれないと思って見始めた途端に、これだった。
画面の中では、街を走るスポーツカーを追うように、サーベイランスカメラが切り替わっていく。次々に路地を封鎖され、追い込まれるディーンたち。
「やるじゃないか、奴ら。たかが狂信者集団にしておくのは惜しい」
アルコール度の高いグラッパを傾けながら、ルカは口の端を釣り上げる。
やがて画面の中では、二人が、調査局の敷地に追い詰められている。
「おやおや、もう終わりか? つまらんぞ。おいジーニー。あの女に付随するイメージが何か、あっただろう、何だったかな」
「はいルカ様。あの女性には、不死身、不敗、不可触、そういったイメージが強く想起されます」
中性的な声が、ルカに応える。それが、彼が話しかけた、ジーニーである。
「そうだな、なあ、不死身よ、そんなところでおしまいか?」
敷地の中で車を離れ、こそこそと隠れる二人。さすがにそこまではカメラには収められない。
しかし、直後、動きがあった。
ついに追い詰めたと見られる黒づくめの男たちの前に飛び出したエレナは、次々と敵を倒し始める。
「ぶふっ、ふははっ、はーっはっはっ! そうだ、そうだろうな、やっぱりそうだ! 傑作だ! なんだあれは! はははっ」
エレナが二人目を倒した時には、ルカはたまらずに吹き出すように笑っていた。
瞬く間に男たちは地面に伏し倒れ、丁寧に顔面か脇腹に蹴りを入れて抵抗の意思を奪っていくエレナ。
「おい、大変だ、とんでもないものを見つけてしまったぞ、リーザ、いいのか、あんなものを放っておいて?」
誰にともなく言うと、それに呼応するように、リーザが画面内に現れる。まさにルカの言葉に魔力があったかのように。
声までは聞こえないが、どうやらリーザは、一人をとらえ、他のものを見逃してやったようだ。
――そして、エレナも。
「くっくっ、そうかそうか、あくまでそうするか。なんと非合理的な。まあ、いいだろう、あの平民と友人ごっこをしたいというのなら、もうしばらくそうするがいい。いずれ私の力が必要になる。あのエレナとかいう化け物は、リーザ、君の手に負えるものではないぞ」
そして、グラスに残ったグラッパを一息に飲み干した。
「そうだな、久しぶりに血が湧き踊る気持ちだ。十七の時にフレンツォーラ・タイガーを追い込んで仕留めたとき以来だ。ジーニー、狩りをしよう。手伝え」
ルカは、どう猛な笑みを浮かべる。
それはまさしく、画面の中に映っていた黒髪の少女を、獲物と見定めた、狩人の顔だ。
「はいルカ様。いかようにもご指示を」
その後、ルカはグラッパをさらに一杯注ぎ足し、一息に呷ると、低く不気味に笑いながら録画した映像を見返し始めた。
***
翌朝、王立保険組合から多額の災害補償金が振り込まれていることを知ったディーンは、ひとまずどこかのホテルに居を構えることに決めた。
ただ、現実に王女の鋭い興味がエレナに向いていることを考えると、不用意な同居を避けるべきだと考え、エレナの部屋は隣室にしてもらうことにした。
車の中にわずかに持ち出していた荷物と、部屋に燃え残っていたわずかな雑貨をホテルの部屋に持ち込んですっかり住む準備を整えるのに結局一日を要した。
すっかり暗くなって、エレナのいない部屋に一人でいることの違和感を覚えながら、ディーンは一人でベッドに腰掛けている。
あの襲撃者たちは、いったい何者なのか。
リーザは、それを知る必要はないと言う。
あるいは、知ってはならない、と。
ディーンが知ることが不都合なのだろうか。
不都合なのは、誰にとってだ?
僕自身か? 殿下か? そのほかの誰かか?
リーザの言い方では、そこが分からなかった。だから、それ以上推測が進むことはない。
しかし、以前にリーザがほのめかした、貴族同士の争いのようなもの、このヒントはまだ残っている。
例えば、リーザに対抗する貴族、それこそ、第七位の前後付近の王位継承権を持つ極めて高位の貴族が、あの襲撃を指示していたとしたら、どうだろう。
――ディーンがそれを知る。彼はそれを誰かに吹聴できる。
そのとき、不利になるのは当然、その『高位の貴族』だ。それは、リーザにとっては喜ばしいことのはずなのだ。仮に王位に就かなくとも、新王即位に伴って高順位の継承権者がその権利を失うときには、例外なく高い職位や爵位が与えられてきた。そのために、伯爵クラスの貴族が増えすぎつつあるという嫌いもないではないが、この『伝統』は当面は続くだろう。何しろ、伯爵以上の貴族が私有できる大地は、隣接惑星も含めてまだ有り余っているのだから。私有が認められる民の数こそ、まだその上限に達するほどの頭数には足りないが、いずれは余った大地に人は満ちる。これ以上、人間の所有欲を満たすものがあるだろうか。
リーザが真っ当な私欲を持つものなら、対抗貴族の失脚はこれ以上無い好機に違いない。そのために、『友誼』を交わした平民がどうなろうと知ったことではないだろう。
とすれば、やはり、『敵』は、リーザ自身の立場を危うくしうる何者か、ということになる。そのようなものがこの世にいるだろうか?
例えば、彼女の父親である王弟殿下は?
その可能性はありうる。むしろ、その辺りにこそ真実があるのに違いない。それをあえて知ろうとするのは、平民であるディーンにとっては僭越に過ぎるのだろう。
そしてもう一つ、仄かにディーンを悩ませていることもあった。
それは、エレナのこと。
瞬く間に敵を制圧した強さ。
確かに富豪の護身術と考えることもできるが、一方、リーザの考える不安も、全く理解できないでもない。
思えば、エレナは、あまりに完全なタイミングでディーンの前に現れた。
なぜか、あの鉱石が出る座標を知っていた。
もし彼女が、どこかのエージェントか何かであったら、不思議に思うことのいくつかは説明がつくようになる。
多少荒唐無稽と思わないでもないが、もし、あの座標に、あらかじめ、争いの種になる不思議な石を埋めておいたのだとしたら。
もちろん、そんなことが――海底のあんな深度にひとかけらの石ころを埋めておくことが――出来るわけがないことは、プロフェッショナルとして断言できる。
だが、その断言も、あくまでディーンの科学的知識の範疇の話だ。
もしエミリア以外で、とてつもない技術的な革新が起こっていて、そんなことが可能になる技術が実用化されていたら。
その可能性を排除することは、一介の科学者として、出来なかった。
まだいくらでも可能性はある。
まず、エレナが何者なのか、そんなところから、始めてみた方がいいのかもしれない。
こうした考えともつかぬ考えをめぐらせているうちに、ディーンはひどい疲れから眠りに落ちていた。
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