第三章 権力、暴力(5)
「ああ、よかった、ディーン。あなたからの連絡であなたとエレナの声が聞こえたの。そこからはもう大慌てよ。まさかこんな手段に出るなんて……」
衛兵たちを少し下がらせ、リーザは完全に友人としての顔をディーンに見せた。
その顔は、心底胸をなでおろしたという表情だ。
彼女が本気でディーンを心配していたことと、この事件が彼女の指示でないことを示していた。
「つながってたんですか、リーザ。来てくれてありがとう」
ディーンはひとまず礼を言い、それから、
「……それで、あいつらは何者なんです」
本当に知りたいことを問うた。
「……知らないほうがいいわ。あれはその……あなたが知るべきじゃない連中よ」
「だけど、ここまでの目に遭わされて、僕にだって知る権利がある……と思います」
「いいえ、あれはあなたが知るべきじゃない。知れば後悔するわ。ともかく、あいつらはこれからは私が抑えるよう努力してみる。だめかも知れないけれど……困ったら私に言って。本当は、例のサンプルを私が受け取ってしまうのがいいんだけれど」
「――それで、そのあと、どうしてあなたは襲撃の対象にならないの?」
黙っていたエレナが、核心を突くようなことを言う。
「……そういう仕組みだから、としか言いようがないわね」
応えながら、リーザは冷ややかな目線でエレナをにらみつける。
「――エレナ。私はあなたと友人になると言った。身分も明かしているわ。けれど――あなたはそれに応えていない。言っている意味は分かるわね?」
言っている意味は火を見るより明らかだった。不法入国者たるエレナの身の上は、王女の権限を持ってしても明かすことができないのだ。その上、八人の男たちをたちまち叩き伏せてしまう技量。そう、金持ちの娘というよりは、スパイ、エージェント、諜報員――そんなものを想定した方がよほど筋が通る。リーザの不信感はいかほどのものであろう。
「リーザ……これは友人としての僕からのお願いです、彼女の身の上を――少なくともしばらくは――詮索しないであげてください」
ディーンに残された道は、リーザの情に訴えることだけだった。
ディーンにとって、エレナは、彼の知性を刺激する、かけがえのない友人だった。
とてもではないが、そんな後ろ暗い職業のものとは思えない。彼女が時折見せる知性のひらめきはたかがスパイのようなものが持つものではない。むしろ、この戦闘能力は、彼女の高い知性の結果だと、ディーンは感じている。
「そうもいかないわ。戸籍にもそれらしい人物が見つからず名前さえ本名かどうかも分からない、その上、奴らの襲撃を寸前で察知して逃げ出すほどの切れ者、そして、これだけの格闘技の達人。ただ者とは思えない」
そこまでを言い終わったところで、しかし、リーザはため息をつきながら視線をディーンに戻す。
「――でもあなたのお願いというのなら、こっちもしばらくは目を瞑っててあげるわ。――エレナ、何をたくらんでるにしろ、派手なことはしないことね」
再び、エレナをにらみつけながら。
エレナはそれに対して何も感情らしき反応を見せない。
その態度に、リーザのまぶたがぴくりとする。
「……いつかあなたの正体をつかんでやるわ」
その憎々しげな口調は、彼女の支配者一族たる自尊心から来るものだっただろうか、ディーンを独占するエレナへの妬みのようなもののためだろうか。
彼女自身、その答えを得ることなく、二人の前から静かに姿を消した。




