王座なき朝
誰も眠らぬまま、夜が明けた。
天曜は蒼天殿を出た後も解放されず、近くの一室に禁軍の監視をつけて留め置かれていた。眠れぬまま朝を迎えると、大将軍から呼び出しが来た。
皇宮の通路では、兵の配置が昨夜までと変わっていた。皇帝と廃后は別々の宮へ移され、皇族の住まいも外との往来を断たれている。皇后の実家にも兵が入り、毒害と蓮瑛の追放に関わった者たちが拘束されたと聞いた。
天曜が通された部屋では、大将軍と数人の文官が、宮門を守る将から報告を受けていた。
「南門には皇弟殿下の御縁者が、東門には別の皇族の御縁者が使者を寄越しております」
「用件は」
「それぞれ、奉じるべき御方について朝廷と話し合いたいと」
文官の前には、両家から差し出された書状が開かれていた。皇統を守るためという名目は同じでも、そこに記された皇族の名は違う。
「一晩で二人か。気が早いな」
「帝都の軍営からも、今後は誰の命令に従うべきかと問い合わせが来ております。西方の兵は、天曜様の御指示があるまで宮門の前を動かぬと」
大将軍が天曜を見た。
「聞いたな。止めろ」
「私は処分を待つ身です」
「その処分を決める朝廷が、今にも割れそうだ。早くしろ」
宮門の前に西方の兵が留まり続ければ、皇族の縁者も兵を集めかねない。天曜は宮門を守る将へ告げた。
「各軍へ伝えろ。現在の持ち場を離れるな。いずれの皇族から命じられても、宮門へ兵を向けてはならない」
「西方の兵には、何と」
「宮門を離れ、城外へ下がれ。新たな命令があるまで兵を動かすな」
将は天曜の言葉を復唱し、伝令を出すために部屋を出た。大将軍の命令として伝え直すことはしなかった。
「それで、私を呼んだ理由は」
「お前に帝位へ就いてもらう」
「できません」
「早いな」
天曜は昨夜、自分も偽りの神託を知りながら黙っていたと皇帝に認めている。
「私は父の企てを知りながら止めませんでした。裁かれる側の人間です」
「その罪は消えん。だが今は、誰なら兵を止められるかという話だ」
「大将軍の命令なら、禁軍は従うでしょう」
大将軍が動かせるのは禁軍だった。宮門を閉じても、地方の兵や皇族を奉じる家まで押さえられるわけではない。
「皇帝を玉座へ戻せば西へ兵を出す。別の皇族を据えれば、選ばれなかった者たちが兵を集める」
「だから、私を選ぶと」
「お前が命じれば、西方の兵は止まる。帝都の各軍も、先ほどの命令を受けた」
兵が従うとしても、天曜は皇族ではない。
「それだけで、帝位に就けるとは思えません」
「ああ。この国で、兵の力だけを頼みに玉座へ就けば、神龍の加護を失ったと言われるだろう」
文官の一人が、市中から届いた報告を読み上げた。
「昨日から降り始めた雨を、天曜殿が連れて帰ったものと申す者が増えております」
「私が降らせた雨ではありません」
「承知しております」
文官は報告の続きを天曜の前へ置いた。
「ですが民は、立将軍の帰還と雨を結びつけております」
「違うと言っても、聞かんだろうな」
天曜は書状に記された二人の皇族の名を見た。どちらかを選べば、選ばれなかった側は黙っていないだろう。
「私が拒めば、どうなります」
「今日中に、どこかが皇族の旗を立てる」
「禁軍で止められますか」
「最初はな」
皇宮の外で兵がぶつかり始めれば、誰が帝位に就くにせよ、昨夜のようには止められない。
「次の皇帝が、蓮瑛殿の返還を求めることもある」
天曜は碧砂国を去る時、蓮瑛が選んだ道を受け入れた。次に帝位へ就く者まで、その道を尊重するとは限らない。
「俺は昨日、出兵を止めた。二度目も止められるとは約束できん」
北方では、勝利と引き換えに多くの兵を失った。帝位を争うためにも、蓮瑛を連れ戻すためにも、再び兵を死なせたくはなかった。
「私が引き受けます」
大将軍は何も言わず、天曜の次の言葉を待った。
「ただし、最初の詔で、皇帝が碧砂国へ送った国書の効力を認めます。蓮瑛殿の返還は求めません。そのために兵を動かすことも禁じます」
「異存はない」
文官の一人が、卓上に開かれていた二家の書状を脇へ寄せ、新しい紙を広げた。




