皇后の罪
昨日12時に更新すると予告しておりましたが、投稿を失念していました。お待たせして申し訳ありません。
また、「偽りの神託」の前に「巫女でなくなった娘」を追加しました。先に「偽りの神託」をお読みになった方は、そちらもお読みいただけますと幸いです。
本日は「動かぬ近衛」も続けて更新します。
皇后が蒼天殿へ連れてこられるまで、誰も口を開かなかった。
事情を知らされていなかったのか、皇后は正装を整えていた。蒼天殿の中央まで進み、皇帝へ礼を取る。
「陛下、お召しと伺いました」
皇帝は調書を皇后の前へ投げた。
「蓮瑛へ毒を与えたのは、お前か」
皇后は足元へ落ちた紙を見た。
「毒ではございません。祈祷を妨げる熱を鎮め、心を落ち着かせるための薬でございます」
「その薬を用意した侍医は、長く服せば身体を損なうと承知していたと証言している」
「侍医が分量を誤ったのでございましょう。私が命じたことでは――」
「食事へ混ぜるよう命じられた女官も認めている」
皇后の言葉が途切れた。
証言だけではない。毒を調達した記録も、皇后の側近から渡された金も残っていた。
「雨を止められぬ蓮瑛を打ち据えたことは」
「役目を果たさせるためでございます。龍の巫女でありながら祈りを怠り、国中を長雨で苦しめたのです」
「その裏で、毒を与えながらか」
皇后は答えなかった。
「新たな巫女が選ばれたと、神託が下りました。蓮瑛はもはや龍の巫女ではございません。それゆえ、陛下も碧砂国へ遣るとお決めになったのでしょう」
皇后は雲水と神官長へ責任を向けた。
「偽りの神託を告げた者たちこそ、陛下を欺いたのでございます」
「その件は、別に裁く」
皇帝は皇后の逃げ道を塞いだ。
「私が定めた日より前に、蓮瑛を運び出したのはなぜだ」
「雲水が、蓮瑛を立家へ連れ去ろうとしていたからでございます。陛下の御命令を、先に果たしたまでです」
「私は、粗末な荷車で砂漠へ捨てよと命じた覚えはない」
皇后は言葉を返せなかった。
「私は龍の巫女を、碧砂国王の妃として遣わすと国書に記した。お前は私が定めた日を覆し、花嫁の支度も護衛も与えず、王妃として遣わす者を砂漠へ捨てた」
「ですが、蓮瑛は生きて碧砂国へ着いたのでございましょう」
皇后の声には、なおも自分の罪を認める響きがなかった。
「ならば、殺すつもりなどなかった証ではございませんか」
皇帝の顔から、最後に残っていた迷いが消えた。
「生き延びたのは、お前が命を助けたからではない」
皇后が一歩進もうとすると、近衛がその前を塞いだ。
「陛下、私は陛下と龍華国を守ろうとしたのです。蓮瑛は陛下を惑わせ、雲水はその力を奪おうとしておりました」
「お前が守ろうとしたのは、皇后の座だけだ」
皇后が否定しようとしても、皇帝は言葉を与えなかった。
「皇后の印を取り上げよ」
近衛が皇后の左右へ立った。
「本日をもって皇后の位を剝奪する。宮を封じ、外との連絡を禁じよ。毒害と勅命への背反について罪状を定めた後、死を賜わせる」
皇后は、すぐには反応しなかった。
「陛下。今、何とおっしゃいました」
「連れていけ」
近衛が皇后の腕を取ろうとした。
「触れるな!」
鋭い声に、近衛が一度だけ手を止めた。
「私は皇后です。お前たちが触れてよい身ではありません」
「もう皇后ではない」
皇帝の言葉が、皇后に残されていたものを断ち切った。
「陛下、私はすべて陛下のためにしたのです」
皇后は玉座へ続く段まで進んだ。
「蓮瑛がこの皇宮にいれば、いずれ陛下を惑わせます。雲水はあの娘の力を利用して、立家を王家より上に置こうとしていたのです。私だけが、陛下をお守りしようと――」
「近づくな」
皇帝は皇后が段へ足をかけることを許さなかった。
皇后の声が途切れた。
これまで皇帝の隣に立つことを許されてきた女が、今はその衣へ触れることさえ拒まれている。
「お前は私を欺き、私の命を覆し、龍華国から真の巫女を失わせた。二度と私の前に姿を見せるな」
「お待ちください」
近衛が再び皇后の腕を取った。
皇后はそれを振り払い、段の下へ膝をついた。
「陛下、どうかお許しください。蓮瑛なら、すぐに連れ戻します。碧砂国へ兵を送り、必ず陛下のもとへ――」
「黙れ」
皇帝は、命乞いのために差し出された言葉を聞こうとしなかった。
「私は陛下の妻です。長年、陛下のおそばにお仕えしてきたではありませんか。その私を、あの娘一人のためにお捨てになるのですか」
涙で化粧が崩れ始めた。
皇后は近衛に両腕を取られながらも、玉座へ手を伸ばした。
「嫌です。私は皇后です。あの女よりも、私の方が陛下にふさわしい。蓮瑛など、あの砂漠で死んでいればよかったのです!」
蒼天殿に、皇后の声が響いた。
皇后を擁護する者は、もう一人もいなかった。
皇帝は皇后を見ようともしなかった。
「連れていけ」
近衛が皇后を立たせた。
「陛下! お許しください、陛下!」
引きずられるうちに、皇后の髪から飾りが外れた。金の簪が床へ落ちたが、拾う者はいなかった。
先ほどまで皇后と呼ばれていた女は、皇帝の名を叫びながら蒼天殿から連れ出された。
扉が閉じても、その声はしばらく雨音に混じって聞こえていた。




