巫女でなくなった娘
帝都へ到着した天曜は、屋敷へ戻る間もなく皇宮へ召し出された。
西方から随行してきた兵を皇宮の門前に待たせ、明慧だけを伴って中へ入る。
降り続く雨が、宮殿の屋根や石畳を濡らしていた。
蒼天殿の近くまで来た時、数人の女官が回廊の向こうから歩いてきた。その中央にいる女を、天曜はすぐには香蘭だと分からなかった。
巫女の白い衣は薄汚れ、頬は痩せていた。二人の女官に支えられ、辛うじて足を運んでいる。
「香蘭」
呼びかけると、香蘭が顔を上げた。
「兄上……」
掠れた声は、雨音に消えかけていた。
天曜が碧砂国へ発った時、香蘭は新たな龍の巫女として皇帝の寵愛を受け、贅を尽くした部屋で暮らしていた。目の前の女に、その頃の面影はほとんど残っていない。
「どうしたのだ、その姿は」
「雨が降るまで、祈れと命じられました」
「いつからだ」
答えたのは、香蘭を支えている女官だった。
「陛下より命じられてから、毎日でございます。夜明けから日暮れまで祭壇へ入り、御声がほとんど出なくなってからも、祈祷を続けるよう命じられておりました」
天曜は、香蘭を許したわけではない。
香蘭は偽りの神託を受け入れ、蓮瑛の功績を自分のものとして褒賞を得た。龍の巫女になれば何を求められるのかも考えず、その名がもたらす栄華だけを欲しがった。
その責任は、いずれ問わなければならない。
だが、このような姿になれと願ったことはなかった。
「蓮瑛も、戻ったのですか」
「いや。蓮瑛殿は碧砂国に残った」
「では、誰が雨を……」
天曜は答えなかった。
「陛下は、蓮瑛が戻ったと思っておられます。だから、私は……」
香蘭の祈りが届いたと認められたのではない。
真の巫女が戻ったと思われ、代わりの巫女には用がなくなっただけだった。
蓮瑛が皇宮に残っていたなら、祭壇の前で声を失っていたのは彼女だったかもしれない。
雨を止められなければ皇后から傷つけられ、雨を降らせられなければ皇帝から祈りを強いられる。神龍に選ばれた娘であっても、この皇宮では人として扱われない。
蓮瑛を追放した者たちを許すことはできない。
それでも、彼女がこの場所から遠く離れていることに、天曜は初めて安堵した。
「どこへ連れていくところだ」
「丞相様のお屋敷へお送りするよう、命じられております」
「医師は」
「屋敷へ呼ぶよう、すでに使いを出しております」
この状態の香蘭を、女官だけに任せるわけにはいかなかった。
「明慧、香蘭についていってくれ。医師が診るまで傍にいろ」
「承知いたしました」
香蘭へ言うべきことは残っていた。
偽りを選んだ責任まで、苦しんだことで消えるわけではない。
だが、それを問うのは今ではなかった。
天曜は香蘭を明慧へ託し、一人で皇帝の待つ宮殿へ向かった。




