幕間 雨が降るまで
香蘭が蒼天殿に籠められて、二日が過ぎていた。
皇帝から下された命は、雨が降るまで祈り続けよ、というものだった。
夜明けから日暮れまで祭壇の前に座り、食事と短い休息を挟んでは祈祷を繰り返す。それでも、空には雲一つ現れない。
神官長が蒼天殿へ入ると、香蘭は祈祷文を前にしたまま黙っていた。
「香蘭様」
「今日はもう無理です」
声が掠れていた。
「水を飲んだら、お続けください」
「昨日もそう言われました」
「陛下の御命令です」
香蘭は祭壇を離れようとした。
「お待ちください」
「部屋へ戻ります。明日また祈ればよいでしょう」
「なりません」
「では、ここで倒れろとおっしゃるのですか」
神官長が答えられずにいるうちに、香蘭は扉へ向かった。
「外には兵がおります」
皇帝は、香蘭が祈りを怠らないよう兵に見張らせていた。蒼天殿を出ても、自室へ戻ることはできない。
「父上を呼んでください」
「丞相は、蓮瑛様の行方を捜しておられます」
「まだ見つからないのですか」
雲水は蓮瑛を引き取るために策を重ねていたが、残されたのは身代わりを乗せた輿だけで、肝心の蓮瑛の行方は分からなくなった。
神官長もまた、雲水なら蓮瑛を皇后から救えると見込んで手を貸した。だが、その見込みは外れた。
「父上は、蓮瑛を連れ戻すつもりなのですか」
「おそらくは」
「見つからなければ、どうなるのですか」
「分かりません」
蓮瑛が見つからない限り、祈祷は明日も、その次の日も続く。神官長にも、それを止める手立てはなかった。
「そんな……」
「ですから、今はお祈りください」
「できないと分かっているでしょう」
「承知しております」
香蘭は祭壇へ戻ろうとしなかった。
「祈る真似をしていればよいという話でした」
長雨さえ止めば、あとは神殿が取り繕う。雲水も神官長も、そう考えていた。
実際に雨が止むと、香蘭は新たな巫女として称えられ、皇帝から褒賞を受けた。香蘭に天候を変える力がないことを知る二人は、あの晴天を蓮瑛の祈りによるものと考えていた。
「雨を降らせろと命じられるとは、誰も考えておりませんでした」
「では、どうするのですか」
「分かりません」
神官長にも、降らない雨を降らせる方法などなかった。
亀甲に、新たな巫女を示す徴は現れなかった。
それでも偽りの神託を告げたのは、蓮瑛を皇后から引き離すためだった。
蓮瑛が傷を負って蒼天殿へ来たことを、神官長は知っている。このまま皇宮に置けば、いずれ神龍に選ばれた巫女の命まで奪われかねなかった。
雲水が蓮瑛の力を手元に置こうとしていることも、香蘭を皇帝の傍らへ送り込むつもりであることも承知していた。それでも、皇后のもとに置くよりはましだと判断した。
その結果、蓮瑛は行方知れずとなり、香蘭は降らせることのできない雨を求められている。
「神官長も、父上に言われたとおりにしたのでしょう」
「ええ」
「それなら、父上にどうにかさせてください。私はもう祈れません」
神官長は、扉の外に控えていた神官へ水を持ってくるよう命じた。
「少しお休みになったら、続きを」
「嫌です」
「では、外の兵にお伝えください。自分は龍の巫女ではないので、雨を降らせることはできないと」
そう告げれば、少なくとも祈り続ける理由はなくなる。
だが香蘭は、自分が龍の巫女ではないとは言わなかった。
やがて運ばれてきた水を飲むと、祭壇へ戻った。
神官長も、それ以上は何も言わなかった。
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