帰国を望む理由
天曜の言葉を、蓮瑛はすぐには信じられなかった。
力を失ったから、役目を解かれたのだと思っていた。
天候を操れなくなったのも、身体が重くなったのも、すべて自分が神龍の加護に耐えられなかったせいだと。
「私には、本当に力があったのでしょうか」
「ある。貴女の力は失われたわけではない」
天曜は迷わずに答えた。
「貴女が龍の巫女に選ばれた頃、龍華国では長く続いていた日照りが終わった。その後も、貴女は幾度も天候を変えている。皇宮へ入ってから力を使えなくなったというだけで、それまでのすべてが偽りになるわけではない」
蓮瑛は、自分が巫女に選ばれた頃のことを思い出した。
空を覆った雲。乾いた地面に落ちた雨。喜ぶ人々の声。誰かに聞かされた話ではない。すべて、蓮瑛自身が見届けたものだった。
「毒を与えた者は、分かっているのですか?」
「まだ分からない。父も調べを続けている。皇后の命によるものか、別の者が動いていたのかも断定できない」
「香蘭様は、このことをご存じなのでしょうか」
「偽りの神託については知っている。毒については分からない。いずれにせよ、父は真相が明らかになるまで調べを止めないだろう」
龍華国へ戻れば、真実を知ることができるかもしれない。
自分を弱らせた者も、皇宮から追い出した者も、その理由も。だが、真実を知るために戻れば、再び龍の巫女として天候を操ることを求められるのだろうか。
「私は、龍華国へ戻るべきなのでしょうか」
「龍の巫女として戻れとは言わない」
予想していなかった答えだった。
「貴女は、もう十分に龍華国のために尽くした。力が戻ったとしても、それを国のために使う義務があるとは思わない」
「ですが、天候に苦しんでいる人々がいるのではありませんか?」
「それを貴女一人に背負わせるのは間違っている」
天曜は、蓮瑛の逃げ道を塞ごうとはしなかった。
龍華国へ帰らなければならないとも、龍の巫女として責任を果たせとも言わない。それでも彼がここまで来た以上、蓮瑛に何も望んでいないはずはなかった。
「では、なぜ私に戻ってほしいのですか?」
「私が、貴女に戻ってきてほしいからだ」
天曜の答えは、あまりにも率直だった。
「以前の私は、貴女の返事を聞かずに妻として迎えようとした。皇宮から救い出せば、それで貴女も幸せになれると思っていた」
そこで一度、言葉が途切れた。
「だから今度は、貴女自身に願いたい」
天曜は蓮瑛をまっすぐに見た。
「私とともに龍華国へ戻り、私の妻になってほしい」
蓮瑛は答えられなかった。
天曜は、自分を助けようとしてくれた。行方が分からなくなった後も捜し続け、遠い碧砂国まで迎えに来てくれた。
その思いを向けられたことは、蓮瑛にも嬉しかった。
もし皇后に追い出されず、雲水の計画通り天曜の妻になっていたなら、喜んで受け入れていたかもしれない。けれど今の蓮瑛は、龍華国しか知らなかった頃の自分ではなかった。
「すぐに答えなくてよい」
迷いを見抜いたように、天曜が言った。
「貴女が何を選んでも、無理に連れ帰るつもりはない。龍華国へ戻らないと決めたなら、その意思も尊重する」
「それでも、よろしいのですか?」
「よくはない」
思いがけない返事に、蓮瑛は天曜を見た。
「貴女に断られれば、私は傷つくだろう。それでも、私が望む答えを貴女に選ばせるよりはいい」
何も望んでいないように振る舞われるより、その言葉の方が蓮瑛には答えやすかった。
「お時間をいただけますか」
「ああ。貴女が答えを出すまで待つ」
「ありがとうございます」
答えはまだ分からなかった。それでも、誰かに委ねるつもりはなかった。




