彼女の居場所
部屋へ戻って間もなく、明慧が人払いをした。
「天曜様。一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「何だ」
「蓮瑛様をお慕いしておられるのですか?」
「何を今さら聞く」
天曜が蓮瑛を妻に迎えるために北方へ赴いたことは、明慧も知っていた。この一年、最も近くで天曜を支えてきたのだから、知らないはずがない。
「妻に迎えたいというお考えは、以前から伺っております。ですが、それが蓮瑛様をお守りするためなのか、一人の女性として恋い慕っておられるからなのかまでは、お聞きしておりません」
「何か違うのか」
「違うでしょう」
明慧は呆れたように答えた。
「先ほどの申し出では、蓮瑛様にも碧砂国王にも、恋情からの求婚だと受け取られたと思いますよ」
「恋情でなければ、妻に望んではならないのか」
「そういうお話ではありません」
「ならば、私にも分からん」
恋い慕う。
そう問われると、天曜にも答えは分からなかった。
天曜が初めて蓮瑛と会ったのは、二年前だった。
龍の巫女に選ばれた蓮瑛を迎えるため、天曜は使節の一人として彼女の暮らす街へ赴いた。
神龍に選ばれたことを喜びながら、蓮瑛は見知らぬ帝都へ向かう不安を誰にも見せなかった。長い道中でも自分の疲れを訴えず、付き従う者や馬のことばかり気遣っていた。
帝都へ到着してからも、蓮瑛は龍の巫女としての務めを果たそうとした。
雨を止められないことで周囲の態度が変わっても、誰かを責めることはなかった。自分に力が足りないのだと思い、身体を損なうまで祈り続けていた。
天曜は、そんな彼女を尊敬していた。
同時に、誰かが止めなければ、自分を責めながら耐え続ける娘だとも知っていた。
「蓮瑛殿には、帰る場所がなかった」
役目を解かれれば、皇宮にはいられない。養家が迎え入れる保証もない。一時的に保護したところで、その後の暮らしが定まらなければ、いずれまた誰かの都合に従わされる。
生涯にわたって蓮瑛を守るには、妻として迎えるのが最も確実だった。
「だから妻に迎えようと思われたのですか」
「ああ」
「後見人では、足りないと?」
「私の立場が変われば、庇護まで変わる。妻ならば、誰にも蓮瑛殿の居場所を奪わせずに済む」
皇后と同じことを繰り返させるつもりはなかった。
「それだけのために、北方で一年も戦われたのですか」
「それだけではない」
天曜は、明慧の言葉を否定した。
「蓮瑛殿は、私が生涯を預けてもよいと思える人だ。妻にするならば、あの人がよいと思った」
「それは、恋情とは違うのですか」
恋情なのかと問われても、天曜にはやはり分からなかった。
だが、同情だけで一年を費やしたわけではない。蓮瑛を守る方法なら、婚姻のほかにもあった。
それでも天曜が望んだのは、蓮瑛を自分の家族にすることだった。
「では、蓮瑛様が碧砂国へ残ることを選ばれたら、どうなさるのですか」
「何もしない」
「連れ帰らないと?」
「蓮瑛殿が望まないならばな」
その答えだけは、初めから決まっていた。
「それで、後悔なさいませんか」
「するだろう」
「それでもですか」
「私が後悔したくないという理由で、蓮瑛殿に望まぬ道を選ばせてどうする」
蓮瑛が碧砂国王と話していた時の顔を、天曜も見ていた。
以前よりも顔色がよく、声にも力が戻っていた。自分の降らせた雨を喜んでもらえたと話す姿は、皇宮にいた頃には見せなかったほど明るかった。
あの笑顔を、一時のものにはしたくなかった。だが、それは初めから身を引く理由にはならない。
「私は、自分が用意できる道を示した。それを選ぶかどうかは、蓮瑛殿が決める」
明慧はしばらく黙ったあと、別のことを尋ねた。
「碧砂国王は、蓮瑛様を妃に望んでおられるのでしょうか」
「本人に聞け」
「天曜様は、どうご覧になりましたか」
「蓮瑛殿を粗末には扱っていない。それ以上のことは知らん」
シンシャが蓮瑛をどう思っているかに、口を挟むつもりはなかった。
だが、王宮へ留めながら立場を与えず、その力だけを求めるのであれば話は別だった。
「蓮瑛殿がここに残るならば、ご本人が安心して暮らせる立場が必要だ」
明慧は、それ以上尋ねなかった。
本日12時に「幕間 香蘭の密告」を更新します。




