求婚の保留
天曜の言葉が、すぐには理解できなかった。
私の妻として迎える。
聞き間違えようのない言葉が、蓮瑛の中で繰り返された。
「天曜様が、私を……?」
「急な話で驚かせてしまい、申し訳ありません」
それでも、天曜は先ほどの言葉を取り消さなかった。
「ですが、今、この場で思いついて申し上げたことではありません」
「皇帝の許しは得ているのか」
シンシャが尋ねた。
「いいえ。ですが、私は北方へ出征する前、父に、蓮瑛殿を妻として迎えたいと願い出ておりました」
一年前。
蓮瑛が龍の巫女として皇宮に入り、雨を止められないことで疎まれ始めていた頃だった。
「父からは、蓮瑛殿を妻として迎えることを望むのであれば、皇帝陛下に認められるだけの功を挙げるよう命じられました。そのために北方へ赴き、此度の戦功によって将軍に任じられました」
天曜は、蓮瑛との婚姻を認めさせるために、一年を費やしていた。
その事実だけで、戯れや同情からの申し出でないことは十分に分かった。
「帝都へ戻り、皇帝陛下へ願い出ましたが、蓮瑛殿は既に碧砂国王へ下賜した後でした。そうして私には下賜することはできないと退けられました」
「ならば、現状の立将軍には、彼女を妻に迎える許しがないということだな」
「はい。皇帝陛下から許されたのは、蓮瑛殿を訪ねることだけです」
許しを得ていないことまで、天曜は隠そうとしなかった。
「蓮瑛殿が私の申し出を受け入れてくださるのであれば、皇帝陛下に婚姻の許しを願います」
「今度は認められると?」
「此度の戦功であれば、許しを得るに不足はないと考えております」
天曜は、実現する当てもない慰めを口にしているのではなかった。
蓮瑛が帰国を望んだ時、再び誰かの都合で扱われないよう、天曜は妻として迎える道を考えていた。
「ただし、蓮瑛殿のお心を置き去りにして、婚姻を進めるつもりはありません」
妻として迎える。
立家で保護するというだけの話ではない。天曜は、蓮瑛に自分の妻になってほしいと言っているのだ。
「お返事は、今でなくて構いません。急にこのようなことを告げられても、すぐにはお決めになれないでしょう」
「では、蓮瑛殿が望まなければ、連れ帰るつもりはないのだな」
「無論です」
天曜は即答した。
「私は、蓮瑛殿に選んでいただきたいと申し上げているのです。皇帝陛下の命であろうと、私の望みであろうと、ご本人が望まぬ婚姻を押しつけるつもりはございません」
その答えに、蓮瑛は安堵した。だが、自分が何を望むのかを問われることは、思いのほか恐ろしかった。
今、目の前には二つの道がある。
碧砂国に残る道と、天曜の妻として龍華国へ帰る道――つい先ほどまで、考えたこともなかった道だった。
「私は……」
答えようとしても、言葉は続かなかった。
天曜を嫌だと思ったわけではない。妻に迎えたいと言われたことが、迷惑だったわけでもなかった。
龍の巫女として皇宮へ入ることも、役目を解かれて碧砂国へ送られることも、蓮瑛が決めたのではない。命じられるままに生きてきた蓮瑛にとって、自ら行き先を選ぶことは、あまりにも不慣れだった。
「今、お答えいただく必要はありません」
天曜は言った。
「まずは、お身体を治すことをお考えください」
それは、シンシャからも言われた言葉だった。
「ですが、先ほど申し上げたことを撤回するつもりもありません」
「少し、考える時間をいただけますか」
「もちろんです」
天曜はそれ以上、答えを求めなかった。




