将軍の求婚
蓮瑛が面会を望んだことは、その日のうちに早馬で砦へ伝えられた。
シンシャは天曜と明慧の入国を許し、王都までの案内役を遣わした。ただし、龍華国からの正式な使節ではないため、軍装のまま王宮へ入ることは認めず、武具も王宮の門で預けさせることにした。
返事を受け取った天曜も、異を唱えなかった。
二日後の午後、二人は碧砂国の兵に伴われて王都へ到着した。
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天曜が王宮へ到着したとの知らせを受けてから、蓮瑛は落ち着かなかった。
会いたいと答えたことを後悔しているわけではない。それでも、天曜の顔を見れば、龍華国で過ごした日々まで一度に戻ってくるような気がした。
皇宮を追い出され、粗末な荷車で送られたと知れば、天曜はどう思うのだろう。
龍の巫女でなくなったことを、責められるとは思っていない。天曜はそのような人ではなかった。
それでも、失望されることが怖かった。
「蓮瑛様。そろそろ参りましょうか」
メイホアから声を掛けられ、蓮瑛は客間へ向かった。
面会にはシンシャも同席することになっていた。天曜は龍華国の将軍であり、たとえ私的な訪問であっても、他国の王宮で自由に行動させることはできない。
蓮瑛にとっても、シンシャがいてくれることは心強かった。
客間へ入ると、天曜と明慧は既に待っていた。
長い旅を終えたばかりなのだろう。二人とも旅装のままで、衣には落としきれない砂埃が残っていた。
天曜の姿を最後に見たのは、彼が北方へ出征する前だった。以前と変わらないように見える。それでも、日焼けした顔や、以前よりも鋭さを増した眼差しに、戦場で過ごした月日の長さが表れていた。
天曜もまた、蓮瑛を見つめていた。
「蓮瑛殿」
その声を聞いた瞬間、蓮瑛の胸に詰まっていたものが解けた。
「天曜様……」
天曜は蓮瑛の前まで来ると、深く頭を下げた。
「ご無事で、何よりです」
その声に、失望したような響きはなかった。それだけで、蓮瑛は泣きそうになった。
「天曜様も、ご無事でよかったです。北方の戦に赴いていると聞いておりました」
「既に終わりました。しばらくは、北方の部族も国境を越えてはこないでしょう」
「将軍になられたのですね」
「陛下より、そのように命じられました」
天曜は自分の昇進について、それ以上語ろうとはしなかった。幾度も戦功を挙げたことも、龍華国の北辺を守ったことも、彼にとっては果たすべき務めだったのだろう。
「どうして、こちらまで……?」
蓮瑛が尋ねると、天曜はわずかに言葉を選んだ。
「帝都へ戻った時、蓮瑛殿が皇宮を出たと知りました」
だが、実際は蓮瑛が花嫁行列に乗っておらず、行方も分からなくなっていた。
「北方での軍功に対し、陛下から褒賞を与えると言われました。そこで、蓮瑛殿を訪ねる許しを願い出ました」
「褒賞として……私に会うことを?」
「はい」
天曜は当然のことのように答えた。
「貴女の行方が知れないと知った時は、平静ではいられなかった。一刻も早く、無事を確かめたかった」
自分のために、天曜はたった一人の従者を連れて国境まで来た。
何故そこまでしてくれたのか、蓮瑛には分からなかった。けれど、その理由を尋ねることもできなかった。
「申し訳ございません。ご心配をお掛けしてしまって……」
「蓮瑛殿が謝ることではありません」
天曜の声が、わずかに強くなった。
「蓮瑛殿は、皇帝陛下の命に従っただけです。あのような荷車で送り出されたことも、道中で置き去りにされたことも、貴女の責ではない」
蓮瑛は何も答えられなかった。龍華国にいた時、自分の役目を果たせないことを責める者は大勢いた。けれど、自分には責任がないと言ってくれた者はいなかった。
「立将軍」
それまで二人の話を聞いていたシンシャが口を開いた。
「蓮瑛殿は、こちらへ着いた時には立っていることも難しいほど衰弱していた。道中で何があったのか、龍華国では把握していなかったのか?」
「恥ずかしながら、我々は出し抜かれました。私が帝都へ戻った時には、既に蓮瑛殿は送り出された後でした。もっと早く戻ることができていればと、悔やんでおります」
「貴殿が北方を離れれば、代わりに多くの民が犠牲になっていただろう。貴殿一人が負うべき責ではない」
シンシャの言葉に、天曜はしばらく黙っていた。
「蓮瑛殿を保護してくださったこと、龍華国の者として感謝申し上げます」
天曜は、改めてシンシャへ頭を下げた。
二人の間に、張り詰めていたものがわずかに緩んだ。天曜は再び蓮瑛へ向き直った。
「お身体は、もうよろしいのですか」
「はい。まだ長く歩くと疲れてしまいますが、こちらへ来た頃に比べれば、ずいぶんよくなりました」
それでも天曜は、まだ蓮瑛の身体を案じているようだった。安心してもらいたくて、蓮瑛は王宮で受けている待遇について話した。
「陛下が王宮の医師に診せてくださり、まずは身体を治すことだけを考えるようにと、おっしゃってくださいました」
「そうでしたか」
「妃になることも、こちらを出ていくことも、急いで決める必要はないとおっしゃってくださいました。それに、先日、私が雨を降らせた時も、皆様は恵みの雨だと喜んでくださったのです」
龍華国では災いとされた雨を、碧砂国の人々は両手を広げて受け止めてくれた。
「こちらへ来てから、私の力は災いばかりをもたらすものではないのかもしれないと、少しだけ思えるようになりました」
蓮瑛は天曜を安心させるつもりだった。
実際、天曜の表情には安堵が浮かんだ。だが、すぐに別の懸念が生じたらしい。
「妃になることを、急いで決める必要はない……と?」
「はい」
天曜は、今度はシンシャへ問いかけた。
「失礼を承知で、お尋ねしてもよろしいでしょうか。蓮瑛殿は現在、どのような御身分で王宮に滞在しておられるのですか」
「客人として迎えている」
「今後も、客人として?」
「まずは身体を治すことが先だ。その後のことは、蓮瑛殿自身の望みを聞いて決める」
天曜はすぐには答えなかった。
天曜も、シンシャの配慮を疑っているわけではないだろう。先ほども、蓮瑛を保護したことへの感謝を伝えている。
それでも、「客人」という立場に引っかかったらしい。
「陛下の御配慮を疑うつもりはございません。しかし、蓮瑛殿が妃とならず、このまま王宮に留まられるのであれば、いずれ立場が問題になるのではありませんか」
「問題とは?」
「陛下も、いつかは妃を迎えられるでしょう。その時、婚姻を結んでいない若い女性が王宮に暮らしていれば、蓮瑛殿ご本人にそのつもりがなくとも、望まぬ争いに巻き込まれる可能性がございます」
蓮瑛は、かつて自分へ向けられた皇后の目を思い出した。
皇帝と親しく言葉を交わしたことなどない。それでも、若い龍の巫女というだけで疎まれ、後宮へ近づくことさえ嫌われていた。
天曜が案じているのは、同じことがこの王宮でも起きる可能性だった。
「陛下が蓮瑛殿を妃として迎え、蓮瑛殿もそれを望んでおられるのであれば、私が口を挟むことではございません」
天曜は蓮瑛へ向き直った。
「ですが、立場の定まらないまま王宮に留まることに不安があるのなら、龍華国へ戻る道もございます」
「皇宮へ戻れとおっしゃるのですか?」
「いいえ」
天曜は即座に否定した。
「蓮瑛殿を、再びあの皇宮へ戻すつもりはありません」
天曜の視線が、蓮瑛へ戻った。そこに迷いはなかった。
「私の妻として迎えます」




