立天曜
予約投稿の時間を間違えてしまい、本日はいつもと違う時間の更新となりました。
お待ちいただいていた方、申し訳ありません。
次回からは通常どおり朝7時更新です。
翌日、国境の砦から早馬が到着した。
届けられた書状には、龍華国の将軍を名乗る男が、わずか一人の従者を伴って砦を訪れたと記されていた。
「立天曜……」
シンシャはその名に覚えがあった。
龍華国北方へ侵入した遊牧部族を退け、たびたび戦功を挙げた校尉だったはずだ。
「報告では、官符に将軍と記されていたそうです」
「北方での戦功によって昇進したのだろうな」
「凱旋して間もないはずですが、その足で蓮瑛殿を追ってきたのでしょうか」
龍華国から正式な知らせが届くより先に、本人が碧砂国の国境まで来たらしい。
「同行者は一人。将軍府の官印は所持しておりませんが、将軍としての官符と、兵部の官印が押された書状によって身元は確認できたとのことです」
ランフォンが、砦から届いた報告を読み上げる。
「立将軍は蓮瑛殿を追って国境まで来たものの、間に合わなかったと話しております。蓮瑛殿の無事を確かめ、かなうことなら面会を願いたいと」
「面会のほかに、龍華国から何か命を受けているのか?」
「そのような記載はございません。蓮瑛殿が望まれないなら、面会も求めないと明言したそうです」
正式な使者として派遣されたわけではなく、入国を求める国書も携えていない。そのため、天曜は砦から先へ進まず、王都の判断を待っているという。
「随分と物分かりのよい将軍ですね」
「物分かりがよいのではない。自分の立場を弁えているのだろう」
武功を重ねた将軍が国境まで来ながら、身分を振りかざさず、砦の外で武具を預けた。蓮瑛との面会についても、彼女自身の意思を優先すると告げている。
少なくとも、蓮瑛の意思を無視して連れ出そうとしているわけではなさそうだった。
「蓮瑛殿とは、どのような間柄なのでしょうか」
「書状には、軍功への褒賞として面会を許されたとある。それだけでは分からないな」
ただの知人のために、帝都から国境まで馬を駆るだろうか。
胸の内に生じたものが警戒なのか、それ以外の何かなのか、シンシャ自身にも分からなかった。だが、天曜が何を思ってここまで来たにせよ、会うかどうかを決めるのは蓮瑛だった。
「砦には、立将軍とその従者を客人として遇するよう伝えろ。ただし、王都へ通すかどうかは、蓮瑛の返事を聞いてから決める」
「陛下からお伝えになるのですか?」
「ああ」
人を遣わせることもできた。だが、龍華国から将軍が訪ねてきたとだけ聞けば、蓮瑛は自分が連れ戻されるのではないかと怯えるかもしれない。
あるいは、会いたくないと思いながら、相手の立場を慮って断れない可能性もある。
「会いたくないのなら、断ってよい。そのことで立将軍との間に問題が起きないよう、私が取り計らう。それも伝えなければならない」
ランフォンは承知し、砦への返書を用意するために下がった。
シンシャはもう一度、立天曜の名が記された報告へ目を落とした。
蓮瑛を案じ、遠く国境まで追ってきた者。彼の来訪を知った時、蓮瑛はどのような顔をするのだろう。
そう考えた自分に、シンシャはわずかな戸惑いを覚えた。
■■■
夕刻、シンシャが蓮瑛の部屋を訪れた。
突然の訪問に、蓮瑛は何か問題が起きたのかと不安になった。だが、シンシャはすぐには用件を告げず、向かいに座ってから一人の名を口にした。
「立天曜という男を知っているか」
思いがけない名前だった。
「はい。存じております」
「以前から面識があるのか?」
「私が龍の巫女として皇宮へ迎えられた際、使者の一人として来てくださった方です」
見知らぬ者達に囲まれ、住み慣れた家を離れた蓮瑛にとって、皇宮までの旅は不安ばかりだった。その中で天曜は、蓮瑛が疲れていないか、困っていることはないかと気に掛けてくれた。
皇宮へ入った後は、祈祷や潔斎を理由に言葉を交わすことも許されなかった。国家祭祀の折に遠くから姿を見かけるだけだったが、天曜は必ず蓮瑛の方を見た。蓮瑛が雨を止められず、周囲から疎まれるようになってからも、それは変わらなかった。
「皇宮へ入った後も、折に触れて気に掛けていただきました」
「親しかったのか?」
「いいえ。そのような間柄ではございません」
蓮瑛はすぐに否定した。
「天曜様は丞相様のご子息です。私とは、とても釣り合うようなお方ではございませんでした」
「だが、貴女は龍の巫女だったのだろう」
龍の巫女は、龍華国において皇帝にも並ぶほど尊い存在とされている。立場だけを見れば、丞相の息子に劣るはずはない。けれど、蓮瑛自身がそう考えたことはなかった。
「巫女に選ばれる前は、一介の商家の娘に過ぎません。それに、私はお役目も満足に果たせませんでした。天曜様は、私にはもったいない方です」
シンシャは、すぐには何も答えなかった。
自分が何かおかしなことを言ったのだろうかと、蓮瑛は不安になった。だが、シンシャはそれ以上、天曜との間柄を尋ねようとはしなかった。
「その立天曜が、今、国境の砦にいる」
蓮瑛は、告げられた言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「天曜様が……?」
「貴女の無事を確かめるために、龍華国から追ってきたそうだ」
天曜は北方へ出征していたはずだった。騎馬に長けた遊牧部族が国境を侵し、その討伐に向かったと聞いている。
「ですが、天曜様は北方に……」
「既に戦を終えて帝都へ戻ったらしい。こちらへ示した官符には、将軍と記されていたそうだ」
「将軍に……」
蓮瑛が知っている天曜は、まだ校尉だった。北方での戦功によって昇進したのだろう。
凱旋したばかりの彼が、何故、自分を追って国境まで来たのか。蓮瑛には理解できなかった。
「立将軍は、貴女が望むなら面会したいと申し出ている。ただし、望まないなら無理に会うつもりはないそうだ」
「私が、決めてよいのですか?」
「ああ。会いたくないのなら、私から断る。理由を説明する必要もない」
蓮瑛はすぐには答えられなかった。
天曜に会いたくないわけではない。自分の無事を案じ、遠く国境まで追ってきてくれた。その事実を嬉しく思わないはずがなかった。
一方で、龍華国から来た者と会うことには、恐ろしさもあった。再び皇宮へ戻るよう命じられるのではないか。ようやく与えられたこの場所を、失うことになるのではないか。
「天曜様は、私を龍華国へ戻すためにいらしたのでしょうか」
「そのような要求はしていない。無事を確かめたいとだけ話したそうだ。それに、貴女が望まないことを強いるつもりもないと言っている」
それは、蓮瑛の知る天曜の言葉だった。
「お会いしたいです」
ようやく、蓮瑛は答えた。
「天曜様に、私が無事でいることをお伝えしたいです」
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