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砂漠の王と追放された龍の巫女  作者: 小笠原ゆか


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2/15

国境の砦

龍の巫女を保護したとの知らせを受け、シンシャは翌朝、夜が明けるより早く王都を発った。

国境の砦に到着したのは、昼を過ぎた頃だった。

馬を下りたシンシャを砦の隊長が出迎える。


「蓮瑛殿は?」

「砦の一室でお休みいただいております。ひどく疲れておられますが、命に別状はないと医師が申しております」

「そうか……」


シンシャはひとまず息を吐いた。


中庭には一台の荷車が置かれていた。粗末な造りで、長旅をしたせいか車輪も泥と砂で汚れている。その隣では、痩せた驢馬一頭が水を飲んでいた。


「まさか、供一人連れずにやって来るとは……」

「御者は碧砂国に入る前に、姿を消したそうです。目を覚ました時には、蓮瑛殿と驢馬だけが残されていたと」


国書には龍の巫女を王の妃として遣わすと、あれほど仰々しく書かれていたのに。その実、用意されたのは粗末な荷車と痩せた驢馬一頭だけ。国境を越えるための案内すらつけず、途中で置き去りにしたのか。


「それにしても、随分な強行軍だったようですね」


ランフォンが顎に手を当てながら言った。


「国書に記された日付を考えれば、通常よりかなり早く到着しています。宿場で十分に休ませてもらえなかったのでしょう」


シンシャは、寝台から身体を起こすことさえできなかった蓮瑛を思い出した。


「仮にも一国の王へ嫁がせる娘だぞ」


シンシャの声が低くなる。


「それを、供もつけず、途中で放り出したというのか」

「花嫁を送ったというより、国境の外へ捨てたのですね」

「……否定はできん」


重苦しい沈黙が流れた。

やがてシンシャは隊長へ向き直った。


「蓮瑛殿は眠っているのだな」

「はい」

「なら起こすな。王都へ向かうのは、体調が戻ってからだ」



■■■



荷車が揺れていないことに気がついた。

目を開ければ木目の天井があり、背中には柔らかな寝具の感触がある。

慌てて起き上がろうとすると、鉛のように重たい体のあちこちに痛みが走った。


「あら、お目覚めになりましたか?」


穏やかな女性の声に、蓮瑛は思わず身を起こそうとした。


「も、申し訳――ゴホッ」


頭を下げようとした途端、乾いた喉が痛み、激しく咳き込んだ。


「無理をなさらないでください」


女性は蓮瑛の肩をそっと支え、寝台へ横にならせると、脇に置かれている水差しから木の杯に水を注いだ。


「まずはこちらを。ゆっくりで構いませんよ」

「私などに……」

「喉が渇いていらっしゃるのでしょう?」


当たり前のように差し出された杯を、蓮瑛は恐る恐る受け取った。

冷たい水が喉を潤していく。ひび割れたような痛みが、少しずつ和らいでいく。


「ありがとうございます……」

「どうぞお気になさらないでください」


小さく礼を言うと、女性はほっとしたように微笑んだ。


「私は、この砦の隊長の妻・ユエリーと申します」

「砦……?」

「はい。ここは碧砂国の国境を守る砦です。昨夜、貴女様は門の前で保護されたのですよ」


そこで蓮瑛は、驢馬の姿が見えないことに気がついた。


「あの、私と一緒にいた驢馬は……?」

「ご安心ください。水と餌を与えられて、厩で休んでいますよ」


その言葉に、蓮瑛は胸を撫で下ろした。


「それから、国王陛下もこちらへお越しになりました」

「国王陛下が……?」


国王本人が国境まで迎えに来たというのか。


「すぐにお詫び申し上げなければ……」


青ざめた蓮瑛は寝台から下りようとした。だが、床に足をつけた途端、膝から力が抜けた。


「いけません!まだ起き上がっては……」

「ですが、陛下をお待たせするわけには……」

「陛下がお待ちになるとおっしゃったのです。蓮瑛様が目を覚ますまで、決して起こさぬようにと」


ユエリーは呆然とする蓮瑛を再び寝台に戻した。


「ですから、今は何も心配なさらず、安心してお休みください」


信じられなかった。龍華国でそんな扱いを受けたことなどなかった。

けれど、蓮瑛は優しいユエリーの言葉を否定することもできなかった。


「まずは何かお持ちしましょう。食事をして、その後で、もう一度お医者様に診ていただきましょう」


蓮瑛は小さく首を振った。


「その前に……陛下にお礼だけでも申し上げることはできませんか?」

「お礼、ですか?」

「私を助けてくださり、お待ちくださったと伺いました。せめて一言、お礼を申し上げたくて……」


ユエリーはしばらく蓮瑛を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「分かりました。では、お食事と診察を済ませた後、陛下にお伝えいたします」

「ありがとうございます」

「ただし、蓮瑛様が出向くのではなく、陛下にこちらへお越しいただきます」

「そんな、陛下をお呼びするなど……」

「歩くこともままならない方を、陛下の下まで行かせるわけにはまいりませんから」


それでも恐縮する蓮瑛を残し、ユエリーは食事を用意するために部屋を出て行った。


部屋に静けさが戻る。

蓮瑛は胸の前でそっと両手を重ねた。そして考える。けれど会ったこともない王に、これほど気遣われる理由が、どうしても分からなかった。


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新作短編を公開しました。

『聖女は清貧であれと言われましたが、美味しいものも素敵なものも諦めません』

おいしいものが好きな聖女と、彼女を慕う一途な騎士のお話です。ざまぁ要素もあります。
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