青い砂漠
雨が降った翌日の夕刻、シンシャは蓮瑛を王宮西棟の展望廊へ招いた。
展望廊からは、王都と、その向こうに広がる砂漠を一望できる。壁際には、いくつかの長椅子が置かれていた。
シンシャは蓮瑛と並び、欄干の前に立った。
「昨日、この国を知ってほしいと言っただろう」
「そのために、こちらへお招きくださったのですか?」
「ああ。貴女に見せたいものがある」
雨に洗われた空は澄み、遠くの砂丘までくっきりと見えた。西へ傾いた太陽が、王都の土色の建物と、その先に続く砂漠を黄金色に染めている。
「砂漠なら、こちらへ来る途中にも拝見しました」
「今はまだ、いつもの砂漠だ。もう少し待ってくれ」
蓮瑛は不思議そうにしていたが、言われた通り欄干の向こうを眺めていた。
やがて太陽が地平へ近づき、砂の輝きが薄れていく。
黄金色だった砂丘の陰に、淡い青が差した。その色は砂の起伏に沿って次第に広がり、間もなく、見渡す限りの砂漠が深い青に包まれた。
蓮瑛は、青く染まった砂漠から目を離さなかった。
驚かせることには成功したらしい。シンシャは満足しながら、青く染まった砂漠へ目を向けた。
「これが、碧砂国の名の由来だと言われている」
「国境へたどり着く前にも、青い砂を見ました」
「あの時にも?」
「はい。けれど、あの時は、どこへ向かえばよいのかも分かりませんでした。ただ不思議な景色だと思って眺めていたのです」
蓮瑛は、青い砂漠を見渡した。
「今は、とても美しく見えます」
同じ景色でありながら、何が違うのか。
少なくとも今の蓮瑛には、水も食事もあり、夜を過ごす場所もある。あの夜のように、一人で行き先を探す必要もない。それが理由であればよいと、シンシャは思った。
「まるで、海のようです」
「海?」
「私が育った瑞安は、海に近い町でした。高い場所から眺めると、青い水がどこまでも続いているように見えるのです」
「そうなのか。残念ながら、私は海を見たことがなくてな」
蓮瑛には、海を見たことのない人生が、すぐには想像できなかった。
「一度もですか?」
「ああ。砂漠なら、生まれたときから見飽きるほど眺めてきたが」
海を知らないシンシャに、どう伝えればよいだろう。蓮瑛は故郷の景色を思い浮かべた。
「近くで見る海は、これほど静かではありません。波が寄せては返し、絶えず形を変えます。けれど、こうして遠くまで見渡すと、よく似ています」
砂丘の表面を風が渡り、細かな砂が青い霞となって流れていく。
「それなら、いつか見てみたいものだ」
「では、いつか私がご案内いたします」
思いがけない返事だった。
蓮瑛も口にしてから気づいたらしく、すぐに言葉を重ねた。
「申し訳ございません。差し出がましいことを申しました」
「いや。貴女が案内してくれるのなら心強い」
蓮瑛がどれほど先のことまで考えて答えたのかは分からない。
それでも彼女の語る未来に自分がいたことを、シンシャは嬉しいと思った。
「美しい国ですね」
水は乏しく、砂嵐や飢えに苦しめられることもある。王であるシンシャには、この国の美しさよりも、抱えている問題の方がよく見えていた。だが、蓮瑛の目には美しく映ったらしい。
これを見せたいと思ったのは自分なのに、実際にそう言われると、見慣れた景色まで違って見えた。
「他にも、貴女に見せたい場所がある」
「他にも?」
「市場も、果樹園も、北の岩山も。身体が戻ったら、少しずつ案内しよう」
「よろしいのですか?」
「貴女にこの国を知ってほしいと言ったのは私だ」
「楽しみにしております」
その返事を聞きながら、シンシャは夕闇へ溶けていく砂漠を眺めた。
■■■
「楽しみにしております」
口にしてから、蓮瑛は自分の返事を少し意外に思った。
いつか海を案内すると口にしたことも、取り消したいとは思わなかった。この国で過ごすこれからの日々を、もう思い描き始めていた。
眼下の王都に、一つ、また一つと明かりが灯っていく。
その先に続く日々を、蓮瑛は初めて待ち遠しいと思った。
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